2011-11-12(Sat)
小説・さやか見参!2(108)
音駒と名乗る青年は、おどおどしているせいか、ひ弱そうに見えた。
しかしその実、しっかりした芯を持っているようにも見えた。
『ご存じかもしれませんが、最近この林に天狗が出るという噂があるんです』
音駒は自分が来た方向を指差した。
『あちらへ行かれるのなら間もなく林を抜けられます。急いだ方がいいですよ』
『そんな所をおめぇはこの時分になんで通っとるんだ?』
『この先に済む病人を診に行くよう師匠から仰せつかったもので。
殊の外、治療に時間がかかってしまいました』
青年の言葉が途切れるのを待っていたかのように頭上で鳥が飛んだ。
その羽音にびくっとしながらも音駒は、
『急いで師匠の所に戻らねばなりませんので、私はここで。道行きご用心下さい』
と頭を下げた。
さやかは
『へぇ』
と会釈しながら通り過ぎる音駒を見た。
不思議な青年だ。
慇懃で物腰の柔らかい若者ならいくらでもいる。
しかし、あの年齢であれほどしっかりとした芯を感じさせる者はそういないだろう。
ただ―
遠ざかっていく背中にさやかは言った。
『この先、1ヶ所だけ枝が途切れて月の見える場所があるけんど、その辺りが何だか騒がしかっただで、ありゃもしかすると天狗が集まっとるのかもしれねぇなぁ』
すると予想通り、遠くから
『ひぃっ』
という悲鳴が聞こえた。
さやかは笑いをこらえながら、
『気をつけなされやぁ』
と、意地悪な声で別れの挨拶をした。
よせばいいのに、ついつい加虐的になってしまう。
悪い癖だと自分でも思う。
再び歩き出したさやかは、音駒の眼差しを思い出した。
年の割に達観した、落ち着いた瞳。
それに比してあの臆病な態度。
あの差はなんだろう。
きっと今頃は天狗の影に怯え、枝が揺れる度に腰を抜かしているに違いない。
(面白い)
さやかは内心、音駒をそう評した。
兄を亡くして十数年―
以来、さやかが他人に興味を示したのは今回が初めてであった。
さやか本人はその事に気付いていないのだが。
やがて、
さやかは林を抜けた。
景色の一面を月明りが照らしている。
さやかはその景色を、何故だか美しく感じていた。
しかしその実、しっかりした芯を持っているようにも見えた。
『ご存じかもしれませんが、最近この林に天狗が出るという噂があるんです』
音駒は自分が来た方向を指差した。
『あちらへ行かれるのなら間もなく林を抜けられます。急いだ方がいいですよ』
『そんな所をおめぇはこの時分になんで通っとるんだ?』
『この先に済む病人を診に行くよう師匠から仰せつかったもので。
殊の外、治療に時間がかかってしまいました』
青年の言葉が途切れるのを待っていたかのように頭上で鳥が飛んだ。
その羽音にびくっとしながらも音駒は、
『急いで師匠の所に戻らねばなりませんので、私はここで。道行きご用心下さい』
と頭を下げた。
さやかは
『へぇ』
と会釈しながら通り過ぎる音駒を見た。
不思議な青年だ。
慇懃で物腰の柔らかい若者ならいくらでもいる。
しかし、あの年齢であれほどしっかりとした芯を感じさせる者はそういないだろう。
ただ―
遠ざかっていく背中にさやかは言った。
『この先、1ヶ所だけ枝が途切れて月の見える場所があるけんど、その辺りが何だか騒がしかっただで、ありゃもしかすると天狗が集まっとるのかもしれねぇなぁ』
すると予想通り、遠くから
『ひぃっ』
という悲鳴が聞こえた。
さやかは笑いをこらえながら、
『気をつけなされやぁ』
と、意地悪な声で別れの挨拶をした。
よせばいいのに、ついつい加虐的になってしまう。
悪い癖だと自分でも思う。
再び歩き出したさやかは、音駒の眼差しを思い出した。
年の割に達観した、落ち着いた瞳。
それに比してあの臆病な態度。
あの差はなんだろう。
きっと今頃は天狗の影に怯え、枝が揺れる度に腰を抜かしているに違いない。
(面白い)
さやかは内心、音駒をそう評した。
兄を亡くして十数年―
以来、さやかが他人に興味を示したのは今回が初めてであった。
さやか本人はその事に気付いていないのだが。
やがて、
さやかは林を抜けた。
景色の一面を月明りが照らしている。
さやかはその景色を、何故だか美しく感じていた。
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