2011-10-01(Sat)
小説・さやか見参!2(99)
当たり前だと思っていた幸せを喪失した時の絶望、
心の拠り所を失った虚無、
世の理不尽に対する憤慨、
無力な己に対する叱責…
たけるを亡くしたその苦しさに、さやかは何度命を絶とうと思ったか。
だが、亡霊に取り憑かれながらもさやかは一線を越えなかった
ぎりぎりの所で自らの生に見切りをつけずに済んだのは、ひとえに
『兄のかたき、イバラキへの復讐』
を誓ったお陰だった。
奴は絶対に殺す。
奴を倒すまでは死んでも死に切れない。
復讐を遂げるまでは生き続けてやる。
この想いこそがさやかにとって唯一の蜘蛛の糸だった。
しかし…
心太郎は、さやかの復讐心を不毛だと諭した。
『復讐を遂げるまで死ねない』という想いは、間違いなく『死』へと向かう想いなのだ。
『かたきを取ったら心置きなく死ねる』と考えつつ復讐を誓えば、願いが成就した暁には命を絶つしかないではないか。
兄が死に、かたきを殺し、己までも命を捨てるとなれば、さやかの復讐とは何と不毛な、何も生み出さない行為であろうか。
幼い心太郎はそれを看破したのである。
あれから心太郎とは会っていない。
気まずくて避けている内に、心太郎は別の任務に出てしまったのである。
さやかの心は揺れていた。
父に訊いてみようか。
山吹の頭領、武双はイバラキの事を、そしてそれを憎む自分をどう思っているのだろうか。
父が自分を正式な跡継ぎと決めたのは、兄の復讐を果たさせる為なのだと思っていた。
しかし最近、武双の思惑は別にあるのではないかと感じる事がある。
色々と訊いてみたかったが、父はそれを許さぬ威圧感を放ちながら、ただ、普段通りの修行をさやかに求めた。
修行はさやかにこう諭す。
『心を動かさぬのが忍び。もし心を動かすものあれば、その全てを断ち切るのが忍び』
さやかの心を動かす兄への愛、悲しみ、
イバラキへの憎しみ、怒り、
それらを真っ向から否定せねば忍びは立ち行かぬのだと、頭領、山吹武双は無言で語っているのだ。
唯一自らの命を現世に繋ぎ止めているもの、
感情、
それを捨てねば山吹流の後継者としては失格なのだろう。
横になったさやかは左半身に虎皮の温もりを感じながら、風に晒された腰の右側に手を当てる。
そこには父から託された巻き物が納められていた。
『奥義の一巻』
とだけ説明されたそれを、山吹の分家へ届けるよう命を受けたのである。
心の拠り所を失った虚無、
世の理不尽に対する憤慨、
無力な己に対する叱責…
たけるを亡くしたその苦しさに、さやかは何度命を絶とうと思ったか。
だが、亡霊に取り憑かれながらもさやかは一線を越えなかった
ぎりぎりの所で自らの生に見切りをつけずに済んだのは、ひとえに
『兄のかたき、イバラキへの復讐』
を誓ったお陰だった。
奴は絶対に殺す。
奴を倒すまでは死んでも死に切れない。
復讐を遂げるまでは生き続けてやる。
この想いこそがさやかにとって唯一の蜘蛛の糸だった。
しかし…
心太郎は、さやかの復讐心を不毛だと諭した。
『復讐を遂げるまで死ねない』という想いは、間違いなく『死』へと向かう想いなのだ。
『かたきを取ったら心置きなく死ねる』と考えつつ復讐を誓えば、願いが成就した暁には命を絶つしかないではないか。
兄が死に、かたきを殺し、己までも命を捨てるとなれば、さやかの復讐とは何と不毛な、何も生み出さない行為であろうか。
幼い心太郎はそれを看破したのである。
あれから心太郎とは会っていない。
気まずくて避けている内に、心太郎は別の任務に出てしまったのである。
さやかの心は揺れていた。
父に訊いてみようか。
山吹の頭領、武双はイバラキの事を、そしてそれを憎む自分をどう思っているのだろうか。
父が自分を正式な跡継ぎと決めたのは、兄の復讐を果たさせる為なのだと思っていた。
しかし最近、武双の思惑は別にあるのではないかと感じる事がある。
色々と訊いてみたかったが、父はそれを許さぬ威圧感を放ちながら、ただ、普段通りの修行をさやかに求めた。
修行はさやかにこう諭す。
『心を動かさぬのが忍び。もし心を動かすものあれば、その全てを断ち切るのが忍び』
さやかの心を動かす兄への愛、悲しみ、
イバラキへの憎しみ、怒り、
それらを真っ向から否定せねば忍びは立ち行かぬのだと、頭領、山吹武双は無言で語っているのだ。
唯一自らの命を現世に繋ぎ止めているもの、
感情、
それを捨てねば山吹流の後継者としては失格なのだろう。
横になったさやかは左半身に虎皮の温もりを感じながら、風に晒された腰の右側に手を当てる。
そこには父から託された巻き物が納められていた。
『奥義の一巻』
とだけ説明されたそれを、山吹の分家へ届けるよう命を受けたのである。
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