2011-04-22(Fri)
小説・さやか見参!2(90)
しんとした山中に大勢の楽しげな声が響いている。
いかな忍びとて、任務のなければ普通の男達なのだ。
そんな事を考えながらも天空は背後から近付く気配を感じていた。
それは先ほどからゆっくりとこちらへ向かい、すでに十間ほどの距離まで来ている。
武術に秀でた天空はもとより気配や殺気に敏感であったが、幻龍に与し忍術を学ぶ事でそれをさらに鋭敏にしていた。
七間。
今では殺気の有る無しのみならず、相手が男か女か、どのような者か、はっきりとまではいかないが、何となく分かるようになっている。
背後から来るのは男だ。
しかもかなりの手練れである。
この男と戦えばどうなるか…
天空とて『勝つ』と言い切れない腕を持った男のようである。
殺気は感じられない。
あと五間。
天空は振り向く事もせず、身構える事もなく、ただ眼前の風景を眺めていた。
出発を前にした下忍達が浮かれて騒いでいる。
酒でも入れば手のつけようもなくなるだろう。
四間。
ようやく天空が振り返った。
三間。
『やっぱりイバラキ様でしたか』
天空の読み通りだった。
幻龍イバラキが三間の距離にいる。
旅装束のイバラキは大きめの道中合羽を羽織り、顔を覆面でぐるぐる巻きにしていた。
布の隙間からのぞく眼と口元がにやりと笑う。
イバラキはそのまま数歩進んで天空の隣りに並んだ。
イバラキほどの術者ならば気配を完全に消す事など造作もないはずだが、何故か天空に対しイバラキが気配を隠す事はなかった。
『邪衆院、浮かぬ顔をしておるな』
二人は並んで下忍達を眺めている。
天空は、微笑んでいるとも無表情ともいえるような顔で黙っている。
風が吹いた。
海から吹く冷たい風だ。
それを受けてイバラキの合羽が膨らむ。
天空のむきだしの腕を冷風が撫でる。
『ずいぶん少なくなってしまいました』
天空がつぶやいた。
『気にするな。おぬしのせいではない』
少なくなったとは、幻龍の忍びの人数の事なのである。
この山で一角衆の二人と戦った際、数十名の忍びが命を落とした。
大勢が死して後、天空は悠々と姿をあらわし断と封を撃退せしめたのだ。
最初から自分が出ていれば誰も死なずに済んだものを…
黙っている天空に
『おぬしのせいではないぞ』
と、イバラキが改めて言った。
『一角衆の力量をおぬしに見ておいてほしかったからな。まぁ腕前については予想がついていたが念には念だ』
『しかし…』
死んでいった下忍の多くは天空が武術の手ほどきをした者達だ。
おそらくは情が移っているのだろう。
生まれついての忍びなら下忍の命などに心動くものではないが、むべなるかな、天空は忍びならぬ武術家なのである。
イバラキは天空に向き直った。
『邪衆院、下忍どもが身をなげうつ事でおぬしの勝利は盤石になった。
我ら忍びにおいては、弱き者が強き者の為に命を捨てるなど当然の事なのだ』
天空もイバラキに向き直る。
『それなら』
角のない柔らかい言葉だ。
『俺もいつか、イバラキ様の為に命を捨てる日が来るかもしれませんね』
それを聞いてイバラキはおかしそうに笑った。
『忍びになる気もないであろうに』
天空も笑う。
『まぁ…確かに』
ひとしきり笑った後でイバラキは愉快そうに遠くを見た。
『それにな、邪衆院、拙者は“弱き者が強き者の為に”と言ったのだぞ。なれば』
改めて天空に向き直る。
『拙者がおぬしの盾となり死ぬる事があるやもしれんではないか』
天空はその言葉に虚を突かれた。
イバラキは、自分よりも天空の方が上かもしれぬと言ったのだ。
本心なのか戯言なのかも分からず、気の利いた返事も思い付かなかった天空は、
『ご謙遜』
と無難に答えた。
いかな忍びとて、任務のなければ普通の男達なのだ。
そんな事を考えながらも天空は背後から近付く気配を感じていた。
それは先ほどからゆっくりとこちらへ向かい、すでに十間ほどの距離まで来ている。
武術に秀でた天空はもとより気配や殺気に敏感であったが、幻龍に与し忍術を学ぶ事でそれをさらに鋭敏にしていた。
七間。
今では殺気の有る無しのみならず、相手が男か女か、どのような者か、はっきりとまではいかないが、何となく分かるようになっている。
背後から来るのは男だ。
しかもかなりの手練れである。
この男と戦えばどうなるか…
天空とて『勝つ』と言い切れない腕を持った男のようである。
殺気は感じられない。
あと五間。
天空は振り向く事もせず、身構える事もなく、ただ眼前の風景を眺めていた。
出発を前にした下忍達が浮かれて騒いでいる。
酒でも入れば手のつけようもなくなるだろう。
四間。
ようやく天空が振り返った。
三間。
『やっぱりイバラキ様でしたか』
天空の読み通りだった。
幻龍イバラキが三間の距離にいる。
旅装束のイバラキは大きめの道中合羽を羽織り、顔を覆面でぐるぐる巻きにしていた。
布の隙間からのぞく眼と口元がにやりと笑う。
イバラキはそのまま数歩進んで天空の隣りに並んだ。
イバラキほどの術者ならば気配を完全に消す事など造作もないはずだが、何故か天空に対しイバラキが気配を隠す事はなかった。
『邪衆院、浮かぬ顔をしておるな』
二人は並んで下忍達を眺めている。
天空は、微笑んでいるとも無表情ともいえるような顔で黙っている。
風が吹いた。
海から吹く冷たい風だ。
それを受けてイバラキの合羽が膨らむ。
天空のむきだしの腕を冷風が撫でる。
『ずいぶん少なくなってしまいました』
天空がつぶやいた。
『気にするな。おぬしのせいではない』
少なくなったとは、幻龍の忍びの人数の事なのである。
この山で一角衆の二人と戦った際、数十名の忍びが命を落とした。
大勢が死して後、天空は悠々と姿をあらわし断と封を撃退せしめたのだ。
最初から自分が出ていれば誰も死なずに済んだものを…
黙っている天空に
『おぬしのせいではないぞ』
と、イバラキが改めて言った。
『一角衆の力量をおぬしに見ておいてほしかったからな。まぁ腕前については予想がついていたが念には念だ』
『しかし…』
死んでいった下忍の多くは天空が武術の手ほどきをした者達だ。
おそらくは情が移っているのだろう。
生まれついての忍びなら下忍の命などに心動くものではないが、むべなるかな、天空は忍びならぬ武術家なのである。
イバラキは天空に向き直った。
『邪衆院、下忍どもが身をなげうつ事でおぬしの勝利は盤石になった。
我ら忍びにおいては、弱き者が強き者の為に命を捨てるなど当然の事なのだ』
天空もイバラキに向き直る。
『それなら』
角のない柔らかい言葉だ。
『俺もいつか、イバラキ様の為に命を捨てる日が来るかもしれませんね』
それを聞いてイバラキはおかしそうに笑った。
『忍びになる気もないであろうに』
天空も笑う。
『まぁ…確かに』
ひとしきり笑った後でイバラキは愉快そうに遠くを見た。
『それにな、邪衆院、拙者は“弱き者が強き者の為に”と言ったのだぞ。なれば』
改めて天空に向き直る。
『拙者がおぬしの盾となり死ぬる事があるやもしれんではないか』
天空はその言葉に虚を突かれた。
イバラキは、自分よりも天空の方が上かもしれぬと言ったのだ。
本心なのか戯言なのかも分からず、気の利いた返事も思い付かなかった天空は、
『ご謙遜』
と無難に答えた。
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