2011-03-24(Thu)
小説・さやか見参!2(83)
さやかは痛む身体をひきずって崖を降りた。
いつもなら何という事もない動きのはずなのに思ったように動かない。
イバラキから受けた攻撃がこんなに効いていたなんて…
戦闘中の脳内麻薬を失った今、さやかは己の身体の痛みと正面から向き合わなければならなかった。
足がかりになる岩を探してはそこへ飛び降りるのだが、身体が重い、動きが遅い、足がもつれる、息が苦しい…
普段のさやかからは考えられぬほど不様な姿をさらし、何度も転落しそうになりながらもどうにか崖を降りきった。
着地した瞬間さやかは崩れ落ち、荒く呼吸をしながらしばらく動く事が出来なかった。
だがへたばっている場合ではない。
『心太郎!!』
息を詰まらせながら必死に叫ぶ。
『心太郎!!』
どこに落ちた?
この岩場に落ちれば無事では済むまい。
だがさやかは必死に探した。
探さずにはいられなかった。
もしや海に落ちたのか。
波にさらわれたのかもしれぬ。
さやかは背負った刀を下ろして海に飛び込もうとした。
その時―
『あれ?…さやか殿…?』
すでに飛び込む体勢になっていたさやかはびくっと止まって振り返った。
背後の岩場の隙間に横になった心太郎が虚ろな眼でさやかを見ている。
『心太郎!!』
さやかが駆け寄る。
『あれ…?おいら、どうしたっシュ…?』
上半身を起こそうとする心太郎を支える
『心太郎!あんた大丈夫なの!?』
全身を見るが大きな怪我はないようだ。
あの高さから落ちたというのに。
『心太郎…あんた、どうして無事なの…?』
もはや安心よりも疑問が先に立つ。
『あ、そうか…おいら崖から落ちて…気付いたらここで横になってたっシュ…』
『えーっ!?気付いたら、って…何かあったんじゃないの!?』
『何かって言われても…』
困った顔で首をかしげた心太郎は何かを思い出したように
『あっ』
と言った。
『なに?何か思い出した?』
『崖を落ちて気を失う直前に、黒ずくめの忍者を見た気がするっシュ…』
『黒ずくめの忍者?』
誰だろう?
心当たりはない。
手裏剣を放ってさやかを助けてくれたのはその忍者だろうか。
『どんな?』
『分かんないっシュ…全身黒くて…とにかく黒かったっシュ』
『黒い事しか分からないじゃないの!もういいわよ!』
『ごめんっシュ…』
うなだれる心太郎を見て、さやかの心にようやく安堵が生まれた。
『でも…』
でも無事で良かった、と言いたかった。
心太郎は言葉の続きを待ってさやかを見る。
その無邪気な表情を見たら優しい言葉をかけてやるのが癪に思えた。
『でも今回の一件で、あんたの弱さがよ~く分かったわ。三流だとは知ってたけど、やっぱり全っ然役に立たないのね。呆れたわ。通り越して悲しいわ』
『うぅ…』
心太郎が涙をためた。
『鬼の正体も分かった事だし、さっさと里に帰るわよ』
『…はいっシュ…』
下唇を突き出して泣くのを我慢してる心太郎の姿にさやかは意地悪に笑った。
『…と思ったけど、何だか疲れちゃった。私は少し休むから、あんたはその辺で遊んでらっしゃい。里に戻ったら海なんてなかなか拝めないわよ』
『…そんな気分じゃないっシュ…』
落ち込んでいる、というか、自分が落ち込ませた心太郎に向かってさやかは声を張った。
『師匠が遊べと言ったらぐずぐず言わずに遊ぶ!行けっ!』
『は、はいっシュ!』
珍しく発された命令に慌てて海へ向かう心太郎。
すでに朝日が昇っている。
先ほどまでとは打って変わった美しい海。
水面に顔を出した岩の上を跳ねるように渡っていた弟子が急に師匠を呼ぶ。
『さ、さ、さやか殿~!ちょっとこっちに来るっシュ!』
『なによ!どうしたのよ!』
『い、いいから!いいから早く来るっシュ!』
『もう、私は疲れたから休むって言ったのよ』
そう言いながらもゆっくり立ち上がって声の方へ向かう。
『どうしたのよ。なに?』
『魚か何かが水の中を泳いでるっシュ!』
『そりゃ魚なら水の中を泳ぐに決まってるでしょ』
『でも』
『魚じゃないの?』
『いや、魚っシュ』
『驚く意味が分かんない…』
そう言いながら心太郎と同じ岩に飛び乗る。
『どれ?』
『あ、あれっシュ!』
心太郎が水中を覗き込む。
『どれよ?』
その背中に張り付くように、さやかも水中を覗いた。
『ほら、あれ…』
と言いかけて
『んぎゃっ!』
と心太郎が声を上げた。
『な!な!何かおいらの背中に~!』
ばたばたと暴れる心太郎を見てさやかがにま~っと笑った。
『びっくりした?蟹よ、蟹』
さやかが襟元から小さな蟹を放り込んだのだ。
『ひ、ひどいっシュ!早く取ってっシュ!』
『潰しちゃ駄目よ、心太郎!無駄な殺生をしないのが山吹の掟だからね!』
『取ってっシュ!早く蟹を取ってっシュ~!』
半泣きで大暴れする弟子が足を滑らせ海に落ちる姿を見て、
さやかは楽しそうに笑った。
いつもなら何という事もない動きのはずなのに思ったように動かない。
イバラキから受けた攻撃がこんなに効いていたなんて…
戦闘中の脳内麻薬を失った今、さやかは己の身体の痛みと正面から向き合わなければならなかった。
足がかりになる岩を探してはそこへ飛び降りるのだが、身体が重い、動きが遅い、足がもつれる、息が苦しい…
普段のさやかからは考えられぬほど不様な姿をさらし、何度も転落しそうになりながらもどうにか崖を降りきった。
着地した瞬間さやかは崩れ落ち、荒く呼吸をしながらしばらく動く事が出来なかった。
だがへたばっている場合ではない。
『心太郎!!』
息を詰まらせながら必死に叫ぶ。
『心太郎!!』
どこに落ちた?
この岩場に落ちれば無事では済むまい。
だがさやかは必死に探した。
探さずにはいられなかった。
もしや海に落ちたのか。
波にさらわれたのかもしれぬ。
さやかは背負った刀を下ろして海に飛び込もうとした。
その時―
『あれ?…さやか殿…?』
すでに飛び込む体勢になっていたさやかはびくっと止まって振り返った。
背後の岩場の隙間に横になった心太郎が虚ろな眼でさやかを見ている。
『心太郎!!』
さやかが駆け寄る。
『あれ…?おいら、どうしたっシュ…?』
上半身を起こそうとする心太郎を支える
『心太郎!あんた大丈夫なの!?』
全身を見るが大きな怪我はないようだ。
あの高さから落ちたというのに。
『心太郎…あんた、どうして無事なの…?』
もはや安心よりも疑問が先に立つ。
『あ、そうか…おいら崖から落ちて…気付いたらここで横になってたっシュ…』
『えーっ!?気付いたら、って…何かあったんじゃないの!?』
『何かって言われても…』
困った顔で首をかしげた心太郎は何かを思い出したように
『あっ』
と言った。
『なに?何か思い出した?』
『崖を落ちて気を失う直前に、黒ずくめの忍者を見た気がするっシュ…』
『黒ずくめの忍者?』
誰だろう?
心当たりはない。
手裏剣を放ってさやかを助けてくれたのはその忍者だろうか。
『どんな?』
『分かんないっシュ…全身黒くて…とにかく黒かったっシュ』
『黒い事しか分からないじゃないの!もういいわよ!』
『ごめんっシュ…』
うなだれる心太郎を見て、さやかの心にようやく安堵が生まれた。
『でも…』
でも無事で良かった、と言いたかった。
心太郎は言葉の続きを待ってさやかを見る。
その無邪気な表情を見たら優しい言葉をかけてやるのが癪に思えた。
『でも今回の一件で、あんたの弱さがよ~く分かったわ。三流だとは知ってたけど、やっぱり全っ然役に立たないのね。呆れたわ。通り越して悲しいわ』
『うぅ…』
心太郎が涙をためた。
『鬼の正体も分かった事だし、さっさと里に帰るわよ』
『…はいっシュ…』
下唇を突き出して泣くのを我慢してる心太郎の姿にさやかは意地悪に笑った。
『…と思ったけど、何だか疲れちゃった。私は少し休むから、あんたはその辺で遊んでらっしゃい。里に戻ったら海なんてなかなか拝めないわよ』
『…そんな気分じゃないっシュ…』
落ち込んでいる、というか、自分が落ち込ませた心太郎に向かってさやかは声を張った。
『師匠が遊べと言ったらぐずぐず言わずに遊ぶ!行けっ!』
『は、はいっシュ!』
珍しく発された命令に慌てて海へ向かう心太郎。
すでに朝日が昇っている。
先ほどまでとは打って変わった美しい海。
水面に顔を出した岩の上を跳ねるように渡っていた弟子が急に師匠を呼ぶ。
『さ、さ、さやか殿~!ちょっとこっちに来るっシュ!』
『なによ!どうしたのよ!』
『い、いいから!いいから早く来るっシュ!』
『もう、私は疲れたから休むって言ったのよ』
そう言いながらもゆっくり立ち上がって声の方へ向かう。
『どうしたのよ。なに?』
『魚か何かが水の中を泳いでるっシュ!』
『そりゃ魚なら水の中を泳ぐに決まってるでしょ』
『でも』
『魚じゃないの?』
『いや、魚っシュ』
『驚く意味が分かんない…』
そう言いながら心太郎と同じ岩に飛び乗る。
『どれ?』
『あ、あれっシュ!』
心太郎が水中を覗き込む。
『どれよ?』
その背中に張り付くように、さやかも水中を覗いた。
『ほら、あれ…』
と言いかけて
『んぎゃっ!』
と心太郎が声を上げた。
『な!な!何かおいらの背中に~!』
ばたばたと暴れる心太郎を見てさやかがにま~っと笑った。
『びっくりした?蟹よ、蟹』
さやかが襟元から小さな蟹を放り込んだのだ。
『ひ、ひどいっシュ!早く取ってっシュ!』
『潰しちゃ駄目よ、心太郎!無駄な殺生をしないのが山吹の掟だからね!』
『取ってっシュ!早く蟹を取ってっシュ~!』
半泣きで大暴れする弟子が足を滑らせ海に落ちる姿を見て、
さやかは楽しそうに笑った。
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