2011-03-01(Tue)
小説・さやか見参!2(77)
まるで想いを交わす恋人同士の空気から一転、さやかとイバラキはお互いに向かって走り出した。
さやかの電光の様な打ち込みをイバラキは鈍く光る義手で跳ね返す。
さやかが距離を取った。
その隙にイバラキも刀を抜く。
鍔に山吹紋が刻まれた
かつて兄妹のものだった刀が敵として向かい合っている。
イバラキがジリジリと沼の方に進んだ。
さやかも同じ方向に動く。
ゆっくりと一歩、二歩、
少しずつ歩みは速くなり、やがて二人は向き合ったまま沼の上に走り出していた。
本来ならば全てを呑み込むはずの底無し沼に足跡すら残さない忍びの術を心太郎はただ呆然と見ているしかない。
二人の因縁に果たして自分が関わって良いものか考えていたのだ。
山吹の忍びとしては共にイバラキを討つのが正しいと思う。
しかしさやかはそれを望んでいない気がする。
『おいら…おいらどうしたらいいっシュ…?』
寂然たる山中に甲高い剣戟だけが響いた。
『始まったわね』
さやかとイバラキの戦いの地から離れた高い岩場で艶のある女の声がする。
『ほんとかよ。こんな場所からよく分かるな』
応えたのは呆れたような感心したような男の声だ。
皓々とした月が、すらりとした髪の長い女と、両腕を枕にして仰向けに寝転がった小柄な男を照らしている。
『あんただって気を感じる事ぐらい出来るでしょ?』
『あぁ、無理無理、俺にはあんな遠くの気は読めねぇよ』
男は小馬鹿にしたような口調でへらへらと答える。
二人が動く度に派手な装束がきらきらと月光を反射した。
『だん、それはあんたにやる気がないからでしょ?』
『やる気なら満ち溢れてるぜ。心配すんなよ、おふう』
断と封。
二人は一角衆の忍びだ。
かつて術を用いて山吹の配下を操りイバラキを追い込んだのは断と呼ばれる小柄な男だった。
つまり、
かつてのくちなわが十二組を裏切り幻龍イバラキとなったのは、
イバラキが山吹たけるの命を奪い、現在さやかと敵対しているのは、
間違いなくこの者達が元凶なのである。
あれから十年。
いまだ一角衆は幻龍イバラキの動向を窺っていたらしい。
なにやらの因縁があるのかもしれぬが、それは今は分からない。
『どうする?おふう』
『どうするったって行くしかないでしょ。頭領の命令なんだから』
『しかし屈辱だよなぁ。「どちらかだけでいいから片付けて来い」なんて。山吹も幻龍も揃って始末しろって言ってほしかったぜ』
一角衆の頭領は断と封に
『もしも山吹さやかと幻龍イバラキが邂逅を果たしたならばどちらか片方を討つべし』
との命を下していたのだ。
さやかとイバラキ、
この二人が揃う事が一角衆頭領にとってどんな災厄をもたらすというのだろうか?
断と封も分からぬままだが、頭領の命令に疑問を持つ事などない。
『なぁおふう、どっちかっつったらどっちを殺りたい?』
断が上半身を起こして訊いた。
『あんたは山吹の娘を殺りたいんでしょ?』
『よく分かるな』
『三十年近く組んでるのよ。そのぐらい分かるわ。あんたは可愛い女の子をいたぶるのが大好きな変態だものね』
『確かに。外れちゃいねぇ』
変態呼ばわりされて断は笑っている。
『私は…どちらかと言うとイバラキと殺り合ってみたいかな。女同士なんて気が乗らないし、それに…』
『それに?』
断の問い掛けに封は妖しい笑みを浮かべて
『あーゆー周りが見えなくなってる馬鹿正直な男はけっこう面白いのよ』
と答えた。
断は欠伸をして面倒そうに立ち上がる。
『その面白さは俺にゃあ分かんねぇな。…ま、何にしてもよ』
にやり。
『その前に少し遊べるぜ』
封も笑う。
『そうね。楽しめるといいけど』
言葉が終わらぬ内に、突如現われた壁が二人を取り囲んだ。
断は『やれやれ』といった顔でぐるりと周囲を見る。
二人を取り巻いた壁の正体はイバラキの配下、数十名の忍び達であった。
手に手に刀をかまえる敵を前に封は
『あら、たくさんいるわね』
と舌なめずりをしてつぶやいた。
さやかの電光の様な打ち込みをイバラキは鈍く光る義手で跳ね返す。
さやかが距離を取った。
その隙にイバラキも刀を抜く。
鍔に山吹紋が刻まれた
かつて兄妹のものだった刀が敵として向かい合っている。
イバラキがジリジリと沼の方に進んだ。
さやかも同じ方向に動く。
ゆっくりと一歩、二歩、
少しずつ歩みは速くなり、やがて二人は向き合ったまま沼の上に走り出していた。
本来ならば全てを呑み込むはずの底無し沼に足跡すら残さない忍びの術を心太郎はただ呆然と見ているしかない。
二人の因縁に果たして自分が関わって良いものか考えていたのだ。
山吹の忍びとしては共にイバラキを討つのが正しいと思う。
しかしさやかはそれを望んでいない気がする。
『おいら…おいらどうしたらいいっシュ…?』
寂然たる山中に甲高い剣戟だけが響いた。
『始まったわね』
さやかとイバラキの戦いの地から離れた高い岩場で艶のある女の声がする。
『ほんとかよ。こんな場所からよく分かるな』
応えたのは呆れたような感心したような男の声だ。
皓々とした月が、すらりとした髪の長い女と、両腕を枕にして仰向けに寝転がった小柄な男を照らしている。
『あんただって気を感じる事ぐらい出来るでしょ?』
『あぁ、無理無理、俺にはあんな遠くの気は読めねぇよ』
男は小馬鹿にしたような口調でへらへらと答える。
二人が動く度に派手な装束がきらきらと月光を反射した。
『だん、それはあんたにやる気がないからでしょ?』
『やる気なら満ち溢れてるぜ。心配すんなよ、おふう』
断と封。
二人は一角衆の忍びだ。
かつて術を用いて山吹の配下を操りイバラキを追い込んだのは断と呼ばれる小柄な男だった。
つまり、
かつてのくちなわが十二組を裏切り幻龍イバラキとなったのは、
イバラキが山吹たけるの命を奪い、現在さやかと敵対しているのは、
間違いなくこの者達が元凶なのである。
あれから十年。
いまだ一角衆は幻龍イバラキの動向を窺っていたらしい。
なにやらの因縁があるのかもしれぬが、それは今は分からない。
『どうする?おふう』
『どうするったって行くしかないでしょ。頭領の命令なんだから』
『しかし屈辱だよなぁ。「どちらかだけでいいから片付けて来い」なんて。山吹も幻龍も揃って始末しろって言ってほしかったぜ』
一角衆の頭領は断と封に
『もしも山吹さやかと幻龍イバラキが邂逅を果たしたならばどちらか片方を討つべし』
との命を下していたのだ。
さやかとイバラキ、
この二人が揃う事が一角衆頭領にとってどんな災厄をもたらすというのだろうか?
断と封も分からぬままだが、頭領の命令に疑問を持つ事などない。
『なぁおふう、どっちかっつったらどっちを殺りたい?』
断が上半身を起こして訊いた。
『あんたは山吹の娘を殺りたいんでしょ?』
『よく分かるな』
『三十年近く組んでるのよ。そのぐらい分かるわ。あんたは可愛い女の子をいたぶるのが大好きな変態だものね』
『確かに。外れちゃいねぇ』
変態呼ばわりされて断は笑っている。
『私は…どちらかと言うとイバラキと殺り合ってみたいかな。女同士なんて気が乗らないし、それに…』
『それに?』
断の問い掛けに封は妖しい笑みを浮かべて
『あーゆー周りが見えなくなってる馬鹿正直な男はけっこう面白いのよ』
と答えた。
断は欠伸をして面倒そうに立ち上がる。
『その面白さは俺にゃあ分かんねぇな。…ま、何にしてもよ』
にやり。
『その前に少し遊べるぜ』
封も笑う。
『そうね。楽しめるといいけど』
言葉が終わらぬ内に、突如現われた壁が二人を取り囲んだ。
断は『やれやれ』といった顔でぐるりと周囲を見る。
二人を取り巻いた壁の正体はイバラキの配下、数十名の忍び達であった。
手に手に刀をかまえる敵を前に封は
『あら、たくさんいるわね』
と舌なめずりをしてつぶやいた。
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