2011-02-28(Mon)
小説・さやか見参!2(76)
『こ、こいつが…』
心太郎がおののいている。
十二組を裏切った男、
山吹たけるのかたき、
さやかの宿敵、
幻龍イバラキ。
今まで何度もさやかからその名を聞かされてきた。
そして、幾度も繰り返し語られた過去は心太郎の中で物語と化し、イバラキという忍者はあたかも伝説上の怪物のように認識されていた。
それが―
実在していた。
当たり前なのだがそれでも不可思議な感覚だ。
これまで架空の悪役に過ぎなかった登場人物が現実に立っている。
まさか巷で噂されている高陵山の鬼がこの男だったとは―
『さやか、よく拙者だと気付いたな』
イバラキが口を開いた。
『そんなの、最初っから分かってたわよ』
さやかは斜めにあごを上げ、得意げな顔でイバラキを見下した。
見下されたイバラキは―
にやりと笑う。
さやかが強がる時の表情など熟知しているのだ。
さやかは虚勢を見抜かれて顔を赤くした。
取り繕うように声を張る。
『…と言いたい所だけど、気付いたのは今日よ』
『で、あろうな。昨夜は拙者と気付いた様子はなかった』
『嫌な奴』
心太郎は二人の会話を不思議な気持ちで聞いていた。
十年ぶりに出会った宿敵とこんなに普通に言葉を交わす事が出来るものなのか?
お互い、必ず殺すと誓った相手だというのに―
『なるほど~。この山に潜んでたのは、その腕を造る為だったのね』
『ほう。よく分かるな』
『この辺りには鉱床があるみたいだから。海のそばだし。いい鋼が採れるんでしょ?』
そう。
イバラキの左腕は、
山吹武双に斬り落とされた腕は鋼の義手になっていたのだ。
そして山吹たけるに大火傷を負わされた顔面にも鋼の仮面が着けられていた。
月明りを反射する仮面と義手だけが闇に浮かび、『暗闇の生首と左腕』という鬼神の噂になったのだろう。
噂になったという事は誰かに見られたという事だ。
イバラキともあろう忍びが人の気配に気付かず目撃を許すなどありえない。
あえて見せたのだ。
何故?
鬼が出るという噂が流れればこの山に近付く者はいなくなる。
高陵山を根城として活動する為の計略だったのだろう。
『この山に眠る鉱石は特殊でな。硬さと柔らかさを併せ持つ鋼を造る事が出来るのだ。それなくしてこの腕を完成させる事は出来なかった』
心太郎はそれを聞いて、はっと思い至る事があった。
『…あ、それじゃ山の麓にあった製鉄所は…』
『小僧、察しがいいな。さよう。この腕はそこで造った物だ』
イバラキは心太郎に腕を見せた。
なるほど、
蛇が絡み付いているように見えたのは金属製の管だったか。
それは金属でありながら。イバラキの動きに合わせて柔軟にうごめいている。
これを造る為に特殊な鋼が必要だったのだろう。
『製鉄に一年、製作に三年、繋ぐのに一年、そして自在に動かせるようになるのに五年もかかった…』
話しながらイバラキは自分の左手を見た。
握ったり開いたりを何度か繰り返して独り言のようにつぶやく。
『ここに至るまでの痛みたるや、何度も死ぬが楽と思うたわ…』
さしものイバラキと言えど、義手を使いこなす為には血の滲む努力が必要だったらしい。
『この腕を造り上げ、そして使いこなせるようになるまでは隠密裏に動かねばならなかった。あえて鬼の噂を流させたのは人を寄せ付けぬ為よ』
やはりそうだったか。
『陽のある内は地下に籠り腕と神経の接続を調整し、そして夜更け毎に動きの感覚を取り戻す為の修行を繰り返す、そんな五年間だった…』
心太郎にはよく見えぬが、おそらくイバラキは昔を懐かしむような遠い目をしている。
『そして…ようやく動きを取り戻した時、おぬしが来た』
イバラキはさやかをちらと見た。
『この十年、おぬしを…いや、おぬし達山吹への恨みを忘れた事はない』
呪詛を吐く悪の忍者は何故か、
嬉しそうに思えた。
そして
『私もよ。あなたの事を忘れた日はないわ』
そう答えるさやかもまた何故か
嬉しそうだった。
幼きゆえ、いまだ色恋を知らぬ心太郎ではあったが、子供ながらに
『これではまるで、恋人同士の邂逅ではないか』
という思いをぬぐえなかった。
心太郎がおののいている。
十二組を裏切った男、
山吹たけるのかたき、
さやかの宿敵、
幻龍イバラキ。
今まで何度もさやかからその名を聞かされてきた。
そして、幾度も繰り返し語られた過去は心太郎の中で物語と化し、イバラキという忍者はあたかも伝説上の怪物のように認識されていた。
それが―
実在していた。
当たり前なのだがそれでも不可思議な感覚だ。
これまで架空の悪役に過ぎなかった登場人物が現実に立っている。
まさか巷で噂されている高陵山の鬼がこの男だったとは―
『さやか、よく拙者だと気付いたな』
イバラキが口を開いた。
『そんなの、最初っから分かってたわよ』
さやかは斜めにあごを上げ、得意げな顔でイバラキを見下した。
見下されたイバラキは―
にやりと笑う。
さやかが強がる時の表情など熟知しているのだ。
さやかは虚勢を見抜かれて顔を赤くした。
取り繕うように声を張る。
『…と言いたい所だけど、気付いたのは今日よ』
『で、あろうな。昨夜は拙者と気付いた様子はなかった』
『嫌な奴』
心太郎は二人の会話を不思議な気持ちで聞いていた。
十年ぶりに出会った宿敵とこんなに普通に言葉を交わす事が出来るものなのか?
お互い、必ず殺すと誓った相手だというのに―
『なるほど~。この山に潜んでたのは、その腕を造る為だったのね』
『ほう。よく分かるな』
『この辺りには鉱床があるみたいだから。海のそばだし。いい鋼が採れるんでしょ?』
そう。
イバラキの左腕は、
山吹武双に斬り落とされた腕は鋼の義手になっていたのだ。
そして山吹たけるに大火傷を負わされた顔面にも鋼の仮面が着けられていた。
月明りを反射する仮面と義手だけが闇に浮かび、『暗闇の生首と左腕』という鬼神の噂になったのだろう。
噂になったという事は誰かに見られたという事だ。
イバラキともあろう忍びが人の気配に気付かず目撃を許すなどありえない。
あえて見せたのだ。
何故?
鬼が出るという噂が流れればこの山に近付く者はいなくなる。
高陵山を根城として活動する為の計略だったのだろう。
『この山に眠る鉱石は特殊でな。硬さと柔らかさを併せ持つ鋼を造る事が出来るのだ。それなくしてこの腕を完成させる事は出来なかった』
心太郎はそれを聞いて、はっと思い至る事があった。
『…あ、それじゃ山の麓にあった製鉄所は…』
『小僧、察しがいいな。さよう。この腕はそこで造った物だ』
イバラキは心太郎に腕を見せた。
なるほど、
蛇が絡み付いているように見えたのは金属製の管だったか。
それは金属でありながら。イバラキの動きに合わせて柔軟にうごめいている。
これを造る為に特殊な鋼が必要だったのだろう。
『製鉄に一年、製作に三年、繋ぐのに一年、そして自在に動かせるようになるのに五年もかかった…』
話しながらイバラキは自分の左手を見た。
握ったり開いたりを何度か繰り返して独り言のようにつぶやく。
『ここに至るまでの痛みたるや、何度も死ぬが楽と思うたわ…』
さしものイバラキと言えど、義手を使いこなす為には血の滲む努力が必要だったらしい。
『この腕を造り上げ、そして使いこなせるようになるまでは隠密裏に動かねばならなかった。あえて鬼の噂を流させたのは人を寄せ付けぬ為よ』
やはりそうだったか。
『陽のある内は地下に籠り腕と神経の接続を調整し、そして夜更け毎に動きの感覚を取り戻す為の修行を繰り返す、そんな五年間だった…』
心太郎にはよく見えぬが、おそらくイバラキは昔を懐かしむような遠い目をしている。
『そして…ようやく動きを取り戻した時、おぬしが来た』
イバラキはさやかをちらと見た。
『この十年、おぬしを…いや、おぬし達山吹への恨みを忘れた事はない』
呪詛を吐く悪の忍者は何故か、
嬉しそうに思えた。
そして
『私もよ。あなたの事を忘れた日はないわ』
そう答えるさやかもまた何故か
嬉しそうだった。
幼きゆえ、いまだ色恋を知らぬ心太郎ではあったが、子供ながらに
『これではまるで、恋人同士の邂逅ではないか』
という思いをぬぐえなかった。
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