2011-01-31(Mon)
小説・さやか見参!2(73)
さやかと心太郎はお互いの目を見て黙っていた。
何か言いたいが言葉にならない心太郎。
それを見つめるさやかは穏やかな表情だ。
『心太郎、そろそろ準備するわよ』
そう言われて心太郎は我に返った。
『…あ、ハイっシュ…』
洞窟の外は夜の深さで満ちている。
二人が話し始めてからけっこうな時間が経っているらしい。
さやかはいつものように髪を左右で結び始めた。
『私だって本当は死にたくないわよ。生きていたいわよ。…でも、生きていこうと思ったら、死ぬ事を選ぶしかなくなっちゃうのよ。…って言ったって分かんないよね』
口調は軽い。
普段通りのさやかである。
『死ぬほど辛い事があったらさ、生きていけないじゃん?だから生きていく為にその辛い事をなくそうとするでしょ?…そしたらね、その死ぬほど辛い事っていうのが、自分が生きてる事だったりするのよ』
心太郎は頭巾を巻きながら黙って聞いている。
さやかも頭巾を巻く。
『そしたらさ、生きる為には死ぬしかない、みたいな変な事になっちゃう。…おかしいよね』
『なんだか…難しいっシュね…』
『でも安心して。私はまだまだ死なない。お兄ちゃんのかたきを討つまでは死にたくないから』
そう言って鉢金を付ける。
『それにね、お兄ちゃんと約束したんだ。最後まで戦って死ぬんだって。話した事あるよね?』
確かに心太郎は何度もその話をさやかから聞いている。
何かを変えようとする者が、最後の最後まで精一杯に戦い続けたなら、命を落とすまで戦ったなら、たとえわずかでも必ず何かが変わるはず、という話だ。
これは山吹たけるの信念であり、さやかはそれを受け継ぐ約束をしたのだという。
『だからね、私は戦って死にたいの。お兄ちゃんのかたきを倒したら、戦って死ぬって決めてるの』
明るい口調でそういいながら刀を背負うさやかに心太郎は言った。
『それは…さやか殿、間違ってるっシュ』
『え?』
『たける殿は、世界を変える為に戦って死ねって言ったはずっシュ。でもさやか殿は死ぬ為に戦おうとしてるっシュ。それじゃ目的と手段が入れ替わってしまってるじゃないっシュか』
心太郎は珍しく憮然とした表情で言った。
憤っているらしい。
『さやか殿にはたける殿の気持ちなんて伝わってないっシュね。そんなんで戦ったって世の中は何も変わらないし誰も喜ばないっシュ』
『心太郎…』
『たける殿を失って、死ぬほど辛い気持ちは分かるっシュ。それで死にたくなっても仕方ないっシュ。でも、そのせいでたける殿の気持ちを見失うなんて本末転倒っシュ』
心太郎は顔を背けたまま刀を背負った。そして
『なんだかたける殿が可哀想っシュ』
と吐き捨てると洞窟を出て行った。
『心太郎!待って!』
さやかは追いかけようとしたが足が動かなかった。
心太郎の言う事はもっともだ。
さやかだって理解している。
だがやはり、死にたい気持ちと死にたくない気持ちの狭間で自分を見失っているのだ。
十年。
たけるが死んで十年、その境界で耐え続けてきた。
さやかはすでに『生きていく』という事が分からなくなっている。
今、そしてこれからをどうしていいか分からないまま十年、自分を騙しながら必死に生きてきたのだ。
さやかは暗い洞窟でぺたんと崩れ落ち、
『…助けて…心太郎、助けて…』
と涙を流した。
底の見えない暗闇でもがいている十五才の少女、
これが本当のさやかの姿だった。
何か言いたいが言葉にならない心太郎。
それを見つめるさやかは穏やかな表情だ。
『心太郎、そろそろ準備するわよ』
そう言われて心太郎は我に返った。
『…あ、ハイっシュ…』
洞窟の外は夜の深さで満ちている。
二人が話し始めてからけっこうな時間が経っているらしい。
さやかはいつものように髪を左右で結び始めた。
『私だって本当は死にたくないわよ。生きていたいわよ。…でも、生きていこうと思ったら、死ぬ事を選ぶしかなくなっちゃうのよ。…って言ったって分かんないよね』
口調は軽い。
普段通りのさやかである。
『死ぬほど辛い事があったらさ、生きていけないじゃん?だから生きていく為にその辛い事をなくそうとするでしょ?…そしたらね、その死ぬほど辛い事っていうのが、自分が生きてる事だったりするのよ』
心太郎は頭巾を巻きながら黙って聞いている。
さやかも頭巾を巻く。
『そしたらさ、生きる為には死ぬしかない、みたいな変な事になっちゃう。…おかしいよね』
『なんだか…難しいっシュね…』
『でも安心して。私はまだまだ死なない。お兄ちゃんのかたきを討つまでは死にたくないから』
そう言って鉢金を付ける。
『それにね、お兄ちゃんと約束したんだ。最後まで戦って死ぬんだって。話した事あるよね?』
確かに心太郎は何度もその話をさやかから聞いている。
何かを変えようとする者が、最後の最後まで精一杯に戦い続けたなら、命を落とすまで戦ったなら、たとえわずかでも必ず何かが変わるはず、という話だ。
これは山吹たけるの信念であり、さやかはそれを受け継ぐ約束をしたのだという。
『だからね、私は戦って死にたいの。お兄ちゃんのかたきを倒したら、戦って死ぬって決めてるの』
明るい口調でそういいながら刀を背負うさやかに心太郎は言った。
『それは…さやか殿、間違ってるっシュ』
『え?』
『たける殿は、世界を変える為に戦って死ねって言ったはずっシュ。でもさやか殿は死ぬ為に戦おうとしてるっシュ。それじゃ目的と手段が入れ替わってしまってるじゃないっシュか』
心太郎は珍しく憮然とした表情で言った。
憤っているらしい。
『さやか殿にはたける殿の気持ちなんて伝わってないっシュね。そんなんで戦ったって世の中は何も変わらないし誰も喜ばないっシュ』
『心太郎…』
『たける殿を失って、死ぬほど辛い気持ちは分かるっシュ。それで死にたくなっても仕方ないっシュ。でも、そのせいでたける殿の気持ちを見失うなんて本末転倒っシュ』
心太郎は顔を背けたまま刀を背負った。そして
『なんだかたける殿が可哀想っシュ』
と吐き捨てると洞窟を出て行った。
『心太郎!待って!』
さやかは追いかけようとしたが足が動かなかった。
心太郎の言う事はもっともだ。
さやかだって理解している。
だがやはり、死にたい気持ちと死にたくない気持ちの狭間で自分を見失っているのだ。
十年。
たけるが死んで十年、その境界で耐え続けてきた。
さやかはすでに『生きていく』という事が分からなくなっている。
今、そしてこれからをどうしていいか分からないまま十年、自分を騙しながら必死に生きてきたのだ。
さやかは暗い洞窟でぺたんと崩れ落ち、
『…助けて…心太郎、助けて…』
と涙を流した。
底の見えない暗闇でもがいている十五才の少女、
これが本当のさやかの姿だった。
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