2011-01-30(Sun)
小説・さやか見参!2(72)
さやかの告白に心太郎は動揺した。
実の所、心太郎も薄々そんな気はしていたのである。
しかし実際にその言葉を聞くと心が揺れた。
『死にたいって…
死にたがる忍者なんて聞いた事ないっシュよ』
わざと明るく言ってみる。
冗談で済むならそれに越した事はない。
しかし、さやかは落ち着いた声でまっすぐに答えた。
『死にたいわよ。ずっと。お兄ちゃんが死んでから十年、死にたいと思わなかった日はないわ』
『さやか殿…』
『目を閉じるとね、お兄ちゃんの顔が浮かぶの。
真剣に修行してる時の顔、泣いてる私をなぐさめてくれてる顔、楽しそうに笑ってる顔…
色んな顔が浮かんでね、目をつむってるのが辛いの』
心太郎は何と言うべきか分からず、ただ悲愴な表情で黙っている。
『そしてね、お兄ちゃんの声が耳元で聞こえるの。…さやか、って。
さやかは偉いな、さやか頑張ってるな、って、優しい声が聞こえるのよ』
さやかは知らないが、かつて兄、たけるはこれと全く同じ事を親友の雷牙に語っていた。
もしもさやかが命を落としたならば、その顔や声、想い出に取り憑かれてまともに生きてはいけないだろう、と。
『ねぇ心太郎、私の頭の中はお兄ちゃんでいっぱいなのに、そのお兄ちゃんはもういないの。私は…どうしたらいいと思う?』
心太郎はさやかの脆い心中を目の当たりにして言葉に詰まった。
『あ…おいらは…何て言っていいか分からないけど…でも…
でも、死んじゃいけないと思うっシュ…』
『どうして?』
『どうしてって…』
『生きているのが辛くても死んじゃいけないの?どうして?』
『だって…
さやか殿が死んだら、頭領だって、十二組のみんなだって、…おいらだって悲しむっシュ』
『私は…みんなを悲しませない為に生きていくの…?
…私にとって、お兄ちゃんの存在が世界の全てだった。
でも…
お兄ちゃんが死んで、私の心は死んでしまった。生きる世界もなくなってしまった。
…心も世界も失って、それでもみんなの為に生きていかなくちゃならないの!?』
『みんなの為って言うか…
人が命を授かって生まれてきたのはそれだけで奇跡、って聞いた事があるっシュ。だから、生まれてきたなら頑張って生きるべきって』
何とかさやかを納得させようと心太郎は必死で言葉を探している。
だがその言葉も今のさやかには簡単にかき消されてしまう。
さやかは上半身を起こして、涙をいっぱいに溜めた瞳で心太郎を睨んだ。
『せっかく生まれたんだから苦しくても生きろって事?!生きる事は義務じゃない!私の権利よ!生きる権利があるんなら死ぬ権利だってあるはずだわ!』
心太郎も身体を起こし、さやかを睨み返す。
『分かんないっシュ!おいら何て言うべきか分かんないけど、ただ悲しいっシュ!悲しくて悔しいっシュ!』
二人はしばし厳しい視線を交わしていたが、不意にさやかの表情が穏やかになった。
『…ねぇ心太郎、あんたは今、何の為に生きてるの?』
意外な質問に心太郎の怒気が萎えた。
『えっ?…おいら…』
少しだけ考えてから
『おいら、さやか殿を守る為に生きてるっシュ』
と、きっぱり言った。
『そう。ありがと。…ねぇ、もし私を守りきれなかったらどうする?』
『え?…どういう事っシュか…?』
『あんたが熱出して寝てる間に私が敵に教われて殺されてたら、心太郎はどうした?』
心太郎はさやかの瞳を見た。
穏やかに見えるが、それは深い虚無に支配されている。
『私だって無敵じゃないからさ。私より強い敵が何人も現われたら絶対敵わない。あんたが寝てる間に私が教われて、傷つけられて嬲り尽くされて、それで殺されちゃったら、あんた平気?』
『…そんなの…平気なわけないっシュよ!例え話でもそんなの聞きたくないっシュ!』
心太郎の言葉を遮ってさやかが淡々と語る。
『私はその間、苦しくて悔しくて、ずっとあんたを呼んでるの。心太郎!心太郎助けて!って。…でもあんたはここで熱にうなされてんの。その間に私は、心太郎…、心太郎…って助けを求めながら死んじゃうの』
『…もうやめてっシュ…』
『目が覚めて私を探しに出たあんたは無残に殺されてる私を見つけるの。頭領はきっと、
心太郎、おまえの責任ではない。あれの修行が足りなかったのだ
って言うと思う。誰もあんたを責めない。
ねぇ、そしたらあんたは平気な顔して生きていける?…自分の力じゃ助けられなかったかもしれない、でも、助けられたかもしれない。私がどうやって、どんな気持ちで死んだのか、もう知る事が出来ない。それでも平気で?』
『平気じゃないっシュってば!!』
心太郎が怒鳴った。
―残響―
二人を包む闇がかすかに震えた。
実の所、心太郎も薄々そんな気はしていたのである。
しかし実際にその言葉を聞くと心が揺れた。
『死にたいって…
死にたがる忍者なんて聞いた事ないっシュよ』
わざと明るく言ってみる。
冗談で済むならそれに越した事はない。
しかし、さやかは落ち着いた声でまっすぐに答えた。
『死にたいわよ。ずっと。お兄ちゃんが死んでから十年、死にたいと思わなかった日はないわ』
『さやか殿…』
『目を閉じるとね、お兄ちゃんの顔が浮かぶの。
真剣に修行してる時の顔、泣いてる私をなぐさめてくれてる顔、楽しそうに笑ってる顔…
色んな顔が浮かんでね、目をつむってるのが辛いの』
心太郎は何と言うべきか分からず、ただ悲愴な表情で黙っている。
『そしてね、お兄ちゃんの声が耳元で聞こえるの。…さやか、って。
さやかは偉いな、さやか頑張ってるな、って、優しい声が聞こえるのよ』
さやかは知らないが、かつて兄、たけるはこれと全く同じ事を親友の雷牙に語っていた。
もしもさやかが命を落としたならば、その顔や声、想い出に取り憑かれてまともに生きてはいけないだろう、と。
『ねぇ心太郎、私の頭の中はお兄ちゃんでいっぱいなのに、そのお兄ちゃんはもういないの。私は…どうしたらいいと思う?』
心太郎はさやかの脆い心中を目の当たりにして言葉に詰まった。
『あ…おいらは…何て言っていいか分からないけど…でも…
でも、死んじゃいけないと思うっシュ…』
『どうして?』
『どうしてって…』
『生きているのが辛くても死んじゃいけないの?どうして?』
『だって…
さやか殿が死んだら、頭領だって、十二組のみんなだって、…おいらだって悲しむっシュ』
『私は…みんなを悲しませない為に生きていくの…?
…私にとって、お兄ちゃんの存在が世界の全てだった。
でも…
お兄ちゃんが死んで、私の心は死んでしまった。生きる世界もなくなってしまった。
…心も世界も失って、それでもみんなの為に生きていかなくちゃならないの!?』
『みんなの為って言うか…
人が命を授かって生まれてきたのはそれだけで奇跡、って聞いた事があるっシュ。だから、生まれてきたなら頑張って生きるべきって』
何とかさやかを納得させようと心太郎は必死で言葉を探している。
だがその言葉も今のさやかには簡単にかき消されてしまう。
さやかは上半身を起こして、涙をいっぱいに溜めた瞳で心太郎を睨んだ。
『せっかく生まれたんだから苦しくても生きろって事?!生きる事は義務じゃない!私の権利よ!生きる権利があるんなら死ぬ権利だってあるはずだわ!』
心太郎も身体を起こし、さやかを睨み返す。
『分かんないっシュ!おいら何て言うべきか分かんないけど、ただ悲しいっシュ!悲しくて悔しいっシュ!』
二人はしばし厳しい視線を交わしていたが、不意にさやかの表情が穏やかになった。
『…ねぇ心太郎、あんたは今、何の為に生きてるの?』
意外な質問に心太郎の怒気が萎えた。
『えっ?…おいら…』
少しだけ考えてから
『おいら、さやか殿を守る為に生きてるっシュ』
と、きっぱり言った。
『そう。ありがと。…ねぇ、もし私を守りきれなかったらどうする?』
『え?…どういう事っシュか…?』
『あんたが熱出して寝てる間に私が敵に教われて殺されてたら、心太郎はどうした?』
心太郎はさやかの瞳を見た。
穏やかに見えるが、それは深い虚無に支配されている。
『私だって無敵じゃないからさ。私より強い敵が何人も現われたら絶対敵わない。あんたが寝てる間に私が教われて、傷つけられて嬲り尽くされて、それで殺されちゃったら、あんた平気?』
『…そんなの…平気なわけないっシュよ!例え話でもそんなの聞きたくないっシュ!』
心太郎の言葉を遮ってさやかが淡々と語る。
『私はその間、苦しくて悔しくて、ずっとあんたを呼んでるの。心太郎!心太郎助けて!って。…でもあんたはここで熱にうなされてんの。その間に私は、心太郎…、心太郎…って助けを求めながら死んじゃうの』
『…もうやめてっシュ…』
『目が覚めて私を探しに出たあんたは無残に殺されてる私を見つけるの。頭領はきっと、
心太郎、おまえの責任ではない。あれの修行が足りなかったのだ
って言うと思う。誰もあんたを責めない。
ねぇ、そしたらあんたは平気な顔して生きていける?…自分の力じゃ助けられなかったかもしれない、でも、助けられたかもしれない。私がどうやって、どんな気持ちで死んだのか、もう知る事が出来ない。それでも平気で?』
『平気じゃないっシュってば!!』
心太郎が怒鳴った。
―残響―
二人を包む闇がかすかに震えた。
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