2011-01-28(Fri)
小説・さやか見参!2(71)
心太郎が目を覚ますと、隣にはさやかが眠っていた。
沼の向こうを調べて、心太郎が寝ている間に戻ってきたのだろう。
黙って出かけたのは心太郎が足手まといだからか、それともさやかの優しさか。
心太郎は洞窟の外を見た。
向かい合う岩壁しか見えないが、どうやら日が暮れたばかりのようだ。
祠に向かうまでまだ時間がある。
そう思いながら視線をさやかに移す。
さやかは相変わらず心太郎に忍び装束の背中を向けて寝息を立てていた。
暗闇では分かりにくいが、桜の隙間から青空が覗いているような、そんな色合いの忍び装束だ。
鍔に山吹紋が入った刀を手元に置いている。
『さやか殿…』
心太郎はさやかの長い髪を見ながら小さく声をかけた。
忍びとして動く際に着けている頭巾と鉢金をはずすとさやかの印象は変わる。
普段左右で結んでいる髪をほどくと更に印象が変わる。
凄腕のくのいちであるはずのさやかが、急に弱さや脆さを持つ女の子に見えるのだ。
『さやか殿…』
心太郎はもう一度声をかけた。
さやかは背中を向けたままで小さく答える。
『なに?何かあったの?』
『何もないっシュけど…』
『もう…何もないなら起こさないでくれる?』
『ごめんっシュ…でも…』
『でも、何よ』
『さやか殿はどうせ寝てないっシュから…』
少しだけ沈黙が流れた。
『…あぁ、さっきね、眠れなかったから少し祠の周りを調べてきたのよ』
『さっきだけの話じゃないっシュ…おいら…気付いてたっシュ…』
『…なによ?』
『おいらがさやか殿の弟子に付いて六年…おいら…さやか殿がまともに寝てる所なんて見た事ないっシュ…』
『…そんなの…あんたが寝てばっかりいるからでしょ?』
『そうかもしれないっシュけど…でも、六年も生活を共にしていて眠ってる姿を見た事ないなんて…眠った気配も感じないなんて、そんなのおかしいっシュよ…』
さやかの声が少しだけ大きくなる。
『あんたみたいな三流に私の気配が読めるわけないでしょ?』
『おいら…三流でも山吹の忍者っシュからね…。さやか殿はおいらを見くびってるから気配の消し方が甘くなってるっシュよ』
心太郎はいつもと変わらぬ口調だったが、正当な非難を受けた気がしてさやかは少し罪悪感を覚えた。
『…えぇ…そうよ。…あんたの言う通りよ。…私はあんたと出会ってからの六年…いいえ、この十年間、まともに眠った事なんてないわ』
先ほどの罪悪感ゆえか、珍しくさやかが本心を話した。
『うとうとしたりは時々あるけどね。それでも嫌な夢を見てすぐに目が覚めたりしちゃうし…』
『どれだけ眠らない修行を積んでても…それでも二週間ぐらいが限界だって言われてるのに…十年は無茶っシュよ…』
『仕方ないじゃない。…眠れないのよ…』
『ずっと?』
『ずっとよ。…もしかしたら、心が眠る事を拒否してるのかもしれないけど…』
『そんな…いくらさやか殿でもそれじゃ弱ってしまうっシュよ…』
『そうね。本当はもう弱り切ってるのかもしれない』
『無理してでも寝ないと死んじゃうっシュよ…』
『うん…』
短い返事の後、さやかはしばらく黙った。
そして、
『私は死にたいの。本当はね』
とつぶやいた。
沼の向こうを調べて、心太郎が寝ている間に戻ってきたのだろう。
黙って出かけたのは心太郎が足手まといだからか、それともさやかの優しさか。
心太郎は洞窟の外を見た。
向かい合う岩壁しか見えないが、どうやら日が暮れたばかりのようだ。
祠に向かうまでまだ時間がある。
そう思いながら視線をさやかに移す。
さやかは相変わらず心太郎に忍び装束の背中を向けて寝息を立てていた。
暗闇では分かりにくいが、桜の隙間から青空が覗いているような、そんな色合いの忍び装束だ。
鍔に山吹紋が入った刀を手元に置いている。
『さやか殿…』
心太郎はさやかの長い髪を見ながら小さく声をかけた。
忍びとして動く際に着けている頭巾と鉢金をはずすとさやかの印象は変わる。
普段左右で結んでいる髪をほどくと更に印象が変わる。
凄腕のくのいちであるはずのさやかが、急に弱さや脆さを持つ女の子に見えるのだ。
『さやか殿…』
心太郎はもう一度声をかけた。
さやかは背中を向けたままで小さく答える。
『なに?何かあったの?』
『何もないっシュけど…』
『もう…何もないなら起こさないでくれる?』
『ごめんっシュ…でも…』
『でも、何よ』
『さやか殿はどうせ寝てないっシュから…』
少しだけ沈黙が流れた。
『…あぁ、さっきね、眠れなかったから少し祠の周りを調べてきたのよ』
『さっきだけの話じゃないっシュ…おいら…気付いてたっシュ…』
『…なによ?』
『おいらがさやか殿の弟子に付いて六年…おいら…さやか殿がまともに寝てる所なんて見た事ないっシュ…』
『…そんなの…あんたが寝てばっかりいるからでしょ?』
『そうかもしれないっシュけど…でも、六年も生活を共にしていて眠ってる姿を見た事ないなんて…眠った気配も感じないなんて、そんなのおかしいっシュよ…』
さやかの声が少しだけ大きくなる。
『あんたみたいな三流に私の気配が読めるわけないでしょ?』
『おいら…三流でも山吹の忍者っシュからね…。さやか殿はおいらを見くびってるから気配の消し方が甘くなってるっシュよ』
心太郎はいつもと変わらぬ口調だったが、正当な非難を受けた気がしてさやかは少し罪悪感を覚えた。
『…えぇ…そうよ。…あんたの言う通りよ。…私はあんたと出会ってからの六年…いいえ、この十年間、まともに眠った事なんてないわ』
先ほどの罪悪感ゆえか、珍しくさやかが本心を話した。
『うとうとしたりは時々あるけどね。それでも嫌な夢を見てすぐに目が覚めたりしちゃうし…』
『どれだけ眠らない修行を積んでても…それでも二週間ぐらいが限界だって言われてるのに…十年は無茶っシュよ…』
『仕方ないじゃない。…眠れないのよ…』
『ずっと?』
『ずっとよ。…もしかしたら、心が眠る事を拒否してるのかもしれないけど…』
『そんな…いくらさやか殿でもそれじゃ弱ってしまうっシュよ…』
『そうね。本当はもう弱り切ってるのかもしれない』
『無理してでも寝ないと死んじゃうっシュよ…』
『うん…』
短い返事の後、さやかはしばらく黙った。
そして、
『私は死にたいの。本当はね』
とつぶやいた。
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