2011-01-25(Tue)
小説・さやか見参!2(69)
暗い山中をさやかと心太郎は音もなく走っている。
二人は万が一に備えて忍び装束に着替え、刀を背負っていた。
走りながら心太郎が辺りの様子をうかがう。
『静かっシュね…山吹の里とは大違いっシュ…』
『獣の声がしないのよ。ここは山吹と違って獣が生きる為の草木がないから』
じっさい高陵山にはまばらに樹々があるばかりで、それもほとんどは枯れかけていた。
心太郎の黒い装束はもちろんだが、さやかの桜色の装束も、この朽ちた世界では闇に染まっている。
祠に着いた。
心太郎は荒れた祠を見るとさやかの腕を掴んだ。
『この祠、ぼろぼろで怖いっシュ…いかにも鬼を祠ってるって感じっシュ…』
『昼間に見たら普通だったわよ』
さやかはそう言って冷たく手を払った。
『底なし沼はこっちよ』
さやかは進もうとしたが、心太郎は動かなかった。
『どうしたの?』
『さやか殿…明かり…点けてもいいっシュか?』
『はぁ!?そんなものなくたって見えるでしょ!?まさか見えな…』
心太郎は慌てて遮った。
『違うっシュ違うっシュ!ちゃんと見えてるっシュよ!でも明るい方が安心出来るって言うか気持ちの問題って言うか…』
『弱虫!あんたそれでも男なの?それでも忍者なの?それでも山吹の血が流れてんの!?それでも私の弟子なの!?
…もう…
勝手にすれば!?』
心太郎は半べそで明かりを灯した。
持ち手の付いた小さな皿に、蝋だか油だか分からぬ物がどろりと塗りつけてある。
石を打つと芯に火が移り、辺りを照らし出した。
先ほどの会話から分かるように、明かりなどなくても忍びならば周囲を見る事が出来る。
実際明かりを灯したところで見える景色は変わらない。
だが心太郎は何故か暗闇が怖かったのだ。
鬼の伝説を聞き、その祠を前にしているせいかもしれない。
桜色の装束が浮かび上がると心太郎はほっとした声を出した。
『やっぱり、さやか殿が見えると安心するっシュ』
『あんた…私を守るんじゃないの…?全然役に立たないじゃない。…父上はどうしてあんたみたいな駄目駄目三流忍者をお供に付けたのかしら…』
さやかは道中、何度もこの『何故』を繰り返していた。
『おいら頭領に呼ばれて直々に命じられたっシュよ。』
心太郎は山吹武双の声色を真似た。
『すまぬがさやかの為に命を張ってくれまいか。あやつを守れるのはおまえしかおらん。心太郎、頼むぞ』
言い終わった瞬間、心太郎は頭をぽかりと叩かれた。
『痛っ』
『嘘ついてんじゃないわよ。なんで父上があんたなんかに頼るのよ』
『嘘じゃないっシュよ!本当にそう言われたっシュ!』
『しかも私を守れるのがあんたしかいないですって?はんっ!悪い冗談だわ!』
吐き捨てるようにそう言って沼に進もうとしたさやかは急に足を止めた。
『…さやか殿…?どうしたっシュ?』
『何かいる…!』
『えぇっ!?』
二人は闇を凝視する。
全ての音が闇に吸収されてしまったかのような静寂。
長く、重たい時間が流れた。
気配を感じる事が出来ない心太郎は、さやかと闇を交互に見ていたが、突然
『あっ!』
と声をあげた。
沼の上に突如炎が、
鬼火のような青白い炎が浮かんだのだ。
そしてその炎は揺らぎながら、
ぎらぎらとした何かを照らし出した。
さやかがつぶやく。
『あれが…』
心太郎が裏返った声を出す。
『お、鬼ぃっ!?』
炎を照り返すそれは、人々が噂していた通りのものだった。
真っ赤な眼を持った四本角の生首。
宙に浮かぶ左腕にはたくさんの蛇のようなものが絡み付き、やはり炎を反射させて光っていた。
『噂は本当だったっシュ…鬼の首と腕が…出たっシュ…』
震えて動けない心太郎には見向きもせず、さやかは鬼に向かって駆けた。
『さやか殿!?』
己の重量を消して泥の表面を走る。
その軽さは足跡すら残らないほどだ。
しかし―
さやかがそこに辿り着く前に、炎と共に鬼は姿を消した。
辺りを見渡したが何者かがいた様子はない。
宙に現われ宙に消えたとしか思えなかった。
さやかは沼の上に立ち尽くした。
その表情は険しい。
『…心太郎!』
『は、はいっシュ!』
『明日の夜、もう一度ここに来るわよ』
二人は万が一に備えて忍び装束に着替え、刀を背負っていた。
走りながら心太郎が辺りの様子をうかがう。
『静かっシュね…山吹の里とは大違いっシュ…』
『獣の声がしないのよ。ここは山吹と違って獣が生きる為の草木がないから』
じっさい高陵山にはまばらに樹々があるばかりで、それもほとんどは枯れかけていた。
心太郎の黒い装束はもちろんだが、さやかの桜色の装束も、この朽ちた世界では闇に染まっている。
祠に着いた。
心太郎は荒れた祠を見るとさやかの腕を掴んだ。
『この祠、ぼろぼろで怖いっシュ…いかにも鬼を祠ってるって感じっシュ…』
『昼間に見たら普通だったわよ』
さやかはそう言って冷たく手を払った。
『底なし沼はこっちよ』
さやかは進もうとしたが、心太郎は動かなかった。
『どうしたの?』
『さやか殿…明かり…点けてもいいっシュか?』
『はぁ!?そんなものなくたって見えるでしょ!?まさか見えな…』
心太郎は慌てて遮った。
『違うっシュ違うっシュ!ちゃんと見えてるっシュよ!でも明るい方が安心出来るって言うか気持ちの問題って言うか…』
『弱虫!あんたそれでも男なの?それでも忍者なの?それでも山吹の血が流れてんの!?それでも私の弟子なの!?
…もう…
勝手にすれば!?』
心太郎は半べそで明かりを灯した。
持ち手の付いた小さな皿に、蝋だか油だか分からぬ物がどろりと塗りつけてある。
石を打つと芯に火が移り、辺りを照らし出した。
先ほどの会話から分かるように、明かりなどなくても忍びならば周囲を見る事が出来る。
実際明かりを灯したところで見える景色は変わらない。
だが心太郎は何故か暗闇が怖かったのだ。
鬼の伝説を聞き、その祠を前にしているせいかもしれない。
桜色の装束が浮かび上がると心太郎はほっとした声を出した。
『やっぱり、さやか殿が見えると安心するっシュ』
『あんた…私を守るんじゃないの…?全然役に立たないじゃない。…父上はどうしてあんたみたいな駄目駄目三流忍者をお供に付けたのかしら…』
さやかは道中、何度もこの『何故』を繰り返していた。
『おいら頭領に呼ばれて直々に命じられたっシュよ。』
心太郎は山吹武双の声色を真似た。
『すまぬがさやかの為に命を張ってくれまいか。あやつを守れるのはおまえしかおらん。心太郎、頼むぞ』
言い終わった瞬間、心太郎は頭をぽかりと叩かれた。
『痛っ』
『嘘ついてんじゃないわよ。なんで父上があんたなんかに頼るのよ』
『嘘じゃないっシュよ!本当にそう言われたっシュ!』
『しかも私を守れるのがあんたしかいないですって?はんっ!悪い冗談だわ!』
吐き捨てるようにそう言って沼に進もうとしたさやかは急に足を止めた。
『…さやか殿…?どうしたっシュ?』
『何かいる…!』
『えぇっ!?』
二人は闇を凝視する。
全ての音が闇に吸収されてしまったかのような静寂。
長く、重たい時間が流れた。
気配を感じる事が出来ない心太郎は、さやかと闇を交互に見ていたが、突然
『あっ!』
と声をあげた。
沼の上に突如炎が、
鬼火のような青白い炎が浮かんだのだ。
そしてその炎は揺らぎながら、
ぎらぎらとした何かを照らし出した。
さやかがつぶやく。
『あれが…』
心太郎が裏返った声を出す。
『お、鬼ぃっ!?』
炎を照り返すそれは、人々が噂していた通りのものだった。
真っ赤な眼を持った四本角の生首。
宙に浮かぶ左腕にはたくさんの蛇のようなものが絡み付き、やはり炎を反射させて光っていた。
『噂は本当だったっシュ…鬼の首と腕が…出たっシュ…』
震えて動けない心太郎には見向きもせず、さやかは鬼に向かって駆けた。
『さやか殿!?』
己の重量を消して泥の表面を走る。
その軽さは足跡すら残らないほどだ。
しかし―
さやかがそこに辿り着く前に、炎と共に鬼は姿を消した。
辺りを見渡したが何者かがいた様子はない。
宙に現われ宙に消えたとしか思えなかった。
さやかは沼の上に立ち尽くした。
その表情は険しい。
『…心太郎!』
『は、はいっシュ!』
『明日の夜、もう一度ここに来るわよ』
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