2011-01-23(Sun)
小説・さやか見参!2(67)
高くなった太陽が少しずつ西に向かい始めた。
緑の少ない高陵山では陽の光を遮るものは少ない。
岩ばかりの殺風景に、日光を浴びた桜色の着物が映える。
山吹さやかは岩の上を跳ねるように山頂に向かっていた。
おそらく祠に続くと思われる道を、
道とも呼べないような、岩壁に挟まれた狭い隙間ではあるのだが、
それを発見したのだ。
どうやらこの山に人の気配はない。
ならば忍びの能力を駆使しても差し支えはあるまい。
さやかは風のように走り、獣のように跳ねた。
そしてようやく、鬼を祠ったと言われる祠に到着したのである。
場所さえ知れればさやかには何という事もなかったが、里の者達がここまで来るのは大変な重労働であったろう。
山を登り、岩を登り、道なき道を進まなければならないのだ。
神か鬼かは分からぬが、敬虔な信仰の対象だった、という事である。
それが今では、祠は荒れ、御神体も正体が分からぬほどに朽ちている。
麓の村に若者の姿はなく、さやかと心太郎は、やっとの思いで農作業に勤しむ年寄りばかりを見かけた。
あの老人達にここへ足を運べというのは酷だ。
鬼神が祠られなくなったのも時代の流れやもしれない。
さやかは祠にかかった砂や石をきれいに払い、そして手を合わせた。
ここに伝説通り鬼が祠られているとして―
さやかは鬼に同情していた。
ただの伝説だとは分かっている。
それでも、
鬼が一体何をしたと言うのか。
1人の娘を必死に愛しただけだ。
娘がそれを拒み、山の神にすがったのは仕方ない。
しかし、なぜ山の神が気を持たせるような条件を出したのか、それがさやかには分からない。
例え無理難題だったとしても、それを成せば娘をくれてやると言われれば鬼が必死になるのは分かりきった事ではないか。
事実、鬼はその条件を呑み、力の限り屋敷を築いたのだ。
神の予想を上回るほどの努力で。
おそらく鬼は、その屋敷で娘と睦まじく暮らす未来を夢見ていたに違いない。
どんなにつらくとも、それが心の支えになっていたはずだ。
しかし神はそれを裏切った。
自らが約束した条件にも関わらず、卑怯な手段で鬼を騙したのだ。
これが神の所業だろうか。
人さえ守れば鬼などどう扱ってもいいのか。
鬼に何の非がある?
鬼である事が非だと言うなら、生まれた事が大罪なのか。
鬼は、人を愛する事も許されぬのか。
鬼とはまるで―
感情を持つ事を許されぬ我々忍者のようではないか。
さやかは目を閉じ、手を合わせたままつぶやいた。
『山の神もその娘も、祟られて当然よ』
鬼などは存在せぬと分かっている。
だが、鬼と呼ばれ忌み嫌われる者はいるのだ。
さやかは、自分もその中にいるのだと認識していた。
鬼神を哀れむ気持ちは眷属に対する想いである。
その想いに鬼神が応えるように強い風が吹き、薄い雲が太陽を遮った。
緑の少ない高陵山では陽の光を遮るものは少ない。
岩ばかりの殺風景に、日光を浴びた桜色の着物が映える。
山吹さやかは岩の上を跳ねるように山頂に向かっていた。
おそらく祠に続くと思われる道を、
道とも呼べないような、岩壁に挟まれた狭い隙間ではあるのだが、
それを発見したのだ。
どうやらこの山に人の気配はない。
ならば忍びの能力を駆使しても差し支えはあるまい。
さやかは風のように走り、獣のように跳ねた。
そしてようやく、鬼を祠ったと言われる祠に到着したのである。
場所さえ知れればさやかには何という事もなかったが、里の者達がここまで来るのは大変な重労働であったろう。
山を登り、岩を登り、道なき道を進まなければならないのだ。
神か鬼かは分からぬが、敬虔な信仰の対象だった、という事である。
それが今では、祠は荒れ、御神体も正体が分からぬほどに朽ちている。
麓の村に若者の姿はなく、さやかと心太郎は、やっとの思いで農作業に勤しむ年寄りばかりを見かけた。
あの老人達にここへ足を運べというのは酷だ。
鬼神が祠られなくなったのも時代の流れやもしれない。
さやかは祠にかかった砂や石をきれいに払い、そして手を合わせた。
ここに伝説通り鬼が祠られているとして―
さやかは鬼に同情していた。
ただの伝説だとは分かっている。
それでも、
鬼が一体何をしたと言うのか。
1人の娘を必死に愛しただけだ。
娘がそれを拒み、山の神にすがったのは仕方ない。
しかし、なぜ山の神が気を持たせるような条件を出したのか、それがさやかには分からない。
例え無理難題だったとしても、それを成せば娘をくれてやると言われれば鬼が必死になるのは分かりきった事ではないか。
事実、鬼はその条件を呑み、力の限り屋敷を築いたのだ。
神の予想を上回るほどの努力で。
おそらく鬼は、その屋敷で娘と睦まじく暮らす未来を夢見ていたに違いない。
どんなにつらくとも、それが心の支えになっていたはずだ。
しかし神はそれを裏切った。
自らが約束した条件にも関わらず、卑怯な手段で鬼を騙したのだ。
これが神の所業だろうか。
人さえ守れば鬼などどう扱ってもいいのか。
鬼に何の非がある?
鬼である事が非だと言うなら、生まれた事が大罪なのか。
鬼は、人を愛する事も許されぬのか。
鬼とはまるで―
感情を持つ事を許されぬ我々忍者のようではないか。
さやかは目を閉じ、手を合わせたままつぶやいた。
『山の神もその娘も、祟られて当然よ』
鬼などは存在せぬと分かっている。
だが、鬼と呼ばれ忌み嫌われる者はいるのだ。
さやかは、自分もその中にいるのだと認識していた。
鬼神を哀れむ気持ちは眷属に対する想いである。
その想いに鬼神が応えるように強い風が吹き、薄い雲が太陽を遮った。
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