2011-01-18(Tue)
小説・さやか見参!2(63)
さやかと心太郎は山中を歩いてみたが、特に怪しいものを見つける事が出来ないまま日暮れを迎えた。
鬼が噂通り夜更けにしか出ないのならば、日が暮れたこれからの時間が佳境とも言える。
しかしこの日の二人は休息を余儀なくされた。
長旅の疲れからか心太郎が熱を出して寝込んでしまったのだ。
『もうっ!心太郎の馬鹿!役立たず!これぐらいで熱出すなんて修行が足りない証拠よ!』
『さやか殿…ごめんっシュ…本当にごめんっシュ…』
心太郎は苦しそうにぐったりしている。
『ごめんじゃないわよ!…同じ山吹流の忍者として情けないわ…』
とにかくどこかで休ませなければ。
さやかは山を登る途中に、岩肌がえぐれて小さな洞窟のようになっている所を見つけていた。
『ここならもし雨が降ってもしのげそうね』
そう考えて、その洞窟を捜索の拠点にしようと考えていたのだ。
さやかは心太郎を背負って歩いた。
『なんで私があんたを背負わなきゃいけないのよ…』
『さやか殿…ごめんっシュ…こんなんじゃ、またさやか殿に嫌われてしまうっシュね…』
さやかの背中で熱に浮かされた心太郎がつぶやく。
『心配しないで。これ以上嫌いになりようがないわ。今でも大っ嫌いなんだから』
悪態を突いてみるが返事はなく、ただ荒い呼吸が聞こえてくる。
よほどの熱が出ているのだろう。
さやかは背中に伝わる体温でそれを感じていた。
必要ないと思ったが丸薬を持ってきていて良かった。
普通の山なら薬草もあるだろうが、岩ばかりの高陵山ではそれは望めない。
『…寒いっシュ…』
心太郎が震えた。
洞窟に着くとさやかはまず心太郎に丸薬を飲ませ、虎の毛皮を敷いてその上に寝かせた。
『雷牙のおかげで助かったわ…』
雷牙とは虎組の若き頭領で、たける亡き後さやかの兄のような存在である。
海に面した高陵山で潮風が障るといけないからと虎の毛皮を二枚持たせてくれたのである。
汗だくで震えている心太郎に、さやかはもう一枚の毛皮をかけた。
『里に帰ったら雷牙に御礼すんのよ!』
やはり反応はない。
それから心太郎は眠ったりうなされて目を覚ましたりを何度か繰り返した。
その度にさやかが水を飲ませてくれたり濡れた手拭いを額にあてたりしてくれていた。
何度目かに目を覚ました時、心太郎は山中が闇の静寂に包まれているのを感じた。
かなり夜も更けたらしい。
さやかは心太郎が目を開いた事に気付くと、顔を近付けていくぶん柔らかい口調でささやいた。
『心太郎、私ちょっとこの辺り調べてくる。この時間なら鬼が出てくるかもしれないしね』
立ち上がろうとするさやかの手を心太郎が掴んだ。
『な、なによ』
『…駄目っシュ…鬼が出てさやか殿に万一の事があったら…おいら頭領に顔向け出来ないっシュ…』
苦しそうにそう言うと心太郎は目を閉じた。
『はぁ!?今のこの状況の方がよっぽど顔向け出来ないんじゃないの!?』
『…おいら…命に換えてもさやか殿を守るって…頭領に約束したっシュ…』
目を閉じたまま独り言のようにつぶやく心太郎にさやかは本気で呆れた。
『あんたねぇ…私より弱っちいあんたが、どうやって私を守るって言うのよ』
さやかは自分を掴む手をほどこうとしたが、心太郎はそれを拒み離さなかった。
『心太郎…!』
心太郎は閉じていた目をわずかに開いて、紅潮したうつろな表情でさやかを見た。
『…さやか殿がいないと寂しいっシュ…』
さやかは心太郎のすがるような瞳をしばらく見返して、
『役立たずの三流忍者!』
と毒づいて腰をおろした。
それを見ると安心したように心太郎は眠りについた。
『私を守りたいのか守られたいのか分かんないじゃない…』
さやかはため息をついて、地面に横になった。
二人の手はしっかりと握られている。
さやかは岩肌の冷たさを感じながら、兄・たけるが添い寝してくれた時の事を思い出していた。
あの時、やはり自分も熱を出していなかったか。
繋がれた兄の手にどれだけ安心したか。
さやかの母は、さやかが生まれて間もなく失踪している。
当然記憶はない。
それを寂しいと思った事もあるが、自分には母代わりの兄が、そして厳しくも優しい父がいた。
しかし心太郎はわずか三歳で叔父の元から預けられてきたのだ。
父も母も遠くにあり、その中で6年も修行を続けているのだ。
心太郎にとって、かろうじて肉親と呼べるさやかは母代わりなのかもしれない。
少しだけ強く心太郎の手を握り返したさやかは、時折うなされる少年忍者に幼き自分を照らし合わせて、
『私は…たける兄ちゃんみたいになれるのかな…』
と、少し曇った表情をした。
鬼が噂通り夜更けにしか出ないのならば、日が暮れたこれからの時間が佳境とも言える。
しかしこの日の二人は休息を余儀なくされた。
長旅の疲れからか心太郎が熱を出して寝込んでしまったのだ。
『もうっ!心太郎の馬鹿!役立たず!これぐらいで熱出すなんて修行が足りない証拠よ!』
『さやか殿…ごめんっシュ…本当にごめんっシュ…』
心太郎は苦しそうにぐったりしている。
『ごめんじゃないわよ!…同じ山吹流の忍者として情けないわ…』
とにかくどこかで休ませなければ。
さやかは山を登る途中に、岩肌がえぐれて小さな洞窟のようになっている所を見つけていた。
『ここならもし雨が降ってもしのげそうね』
そう考えて、その洞窟を捜索の拠点にしようと考えていたのだ。
さやかは心太郎を背負って歩いた。
『なんで私があんたを背負わなきゃいけないのよ…』
『さやか殿…ごめんっシュ…こんなんじゃ、またさやか殿に嫌われてしまうっシュね…』
さやかの背中で熱に浮かされた心太郎がつぶやく。
『心配しないで。これ以上嫌いになりようがないわ。今でも大っ嫌いなんだから』
悪態を突いてみるが返事はなく、ただ荒い呼吸が聞こえてくる。
よほどの熱が出ているのだろう。
さやかは背中に伝わる体温でそれを感じていた。
必要ないと思ったが丸薬を持ってきていて良かった。
普通の山なら薬草もあるだろうが、岩ばかりの高陵山ではそれは望めない。
『…寒いっシュ…』
心太郎が震えた。
洞窟に着くとさやかはまず心太郎に丸薬を飲ませ、虎の毛皮を敷いてその上に寝かせた。
『雷牙のおかげで助かったわ…』
雷牙とは虎組の若き頭領で、たける亡き後さやかの兄のような存在である。
海に面した高陵山で潮風が障るといけないからと虎の毛皮を二枚持たせてくれたのである。
汗だくで震えている心太郎に、さやかはもう一枚の毛皮をかけた。
『里に帰ったら雷牙に御礼すんのよ!』
やはり反応はない。
それから心太郎は眠ったりうなされて目を覚ましたりを何度か繰り返した。
その度にさやかが水を飲ませてくれたり濡れた手拭いを額にあてたりしてくれていた。
何度目かに目を覚ました時、心太郎は山中が闇の静寂に包まれているのを感じた。
かなり夜も更けたらしい。
さやかは心太郎が目を開いた事に気付くと、顔を近付けていくぶん柔らかい口調でささやいた。
『心太郎、私ちょっとこの辺り調べてくる。この時間なら鬼が出てくるかもしれないしね』
立ち上がろうとするさやかの手を心太郎が掴んだ。
『な、なによ』
『…駄目っシュ…鬼が出てさやか殿に万一の事があったら…おいら頭領に顔向け出来ないっシュ…』
苦しそうにそう言うと心太郎は目を閉じた。
『はぁ!?今のこの状況の方がよっぽど顔向け出来ないんじゃないの!?』
『…おいら…命に換えてもさやか殿を守るって…頭領に約束したっシュ…』
目を閉じたまま独り言のようにつぶやく心太郎にさやかは本気で呆れた。
『あんたねぇ…私より弱っちいあんたが、どうやって私を守るって言うのよ』
さやかは自分を掴む手をほどこうとしたが、心太郎はそれを拒み離さなかった。
『心太郎…!』
心太郎は閉じていた目をわずかに開いて、紅潮したうつろな表情でさやかを見た。
『…さやか殿がいないと寂しいっシュ…』
さやかは心太郎のすがるような瞳をしばらく見返して、
『役立たずの三流忍者!』
と毒づいて腰をおろした。
それを見ると安心したように心太郎は眠りについた。
『私を守りたいのか守られたいのか分かんないじゃない…』
さやかはため息をついて、地面に横になった。
二人の手はしっかりと握られている。
さやかは岩肌の冷たさを感じながら、兄・たけるが添い寝してくれた時の事を思い出していた。
あの時、やはり自分も熱を出していなかったか。
繋がれた兄の手にどれだけ安心したか。
さやかの母は、さやかが生まれて間もなく失踪している。
当然記憶はない。
それを寂しいと思った事もあるが、自分には母代わりの兄が、そして厳しくも優しい父がいた。
しかし心太郎はわずか三歳で叔父の元から預けられてきたのだ。
父も母も遠くにあり、その中で6年も修行を続けているのだ。
心太郎にとって、かろうじて肉親と呼べるさやかは母代わりなのかもしれない。
少しだけ強く心太郎の手を握り返したさやかは、時折うなされる少年忍者に幼き自分を照らし合わせて、
『私は…たける兄ちゃんみたいになれるのかな…』
と、少し曇った表情をした。
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