2011-01-17(Mon)
小説・さやか見参!2(62)
『ねぇさやか殿』
出来の悪い弟子が早足で師匠を追いながら問いかける。
『なによ。喋んなくていいから早く進みなさいよ。日が暮れる前に山に入りたいんだから』
『本当に鬼なんかいるっシュかねぇ?』
『いるわけないでしょ。馬鹿ね』
『でも実際に見たって人があっちこっちにいたっシュよ?』
確かに二人は旅の途中で何度も鬼の目撃情報を聞いた。
細部は違えど大まかには
『暗闇から現われる』
『紅い眼に4本の角がある』
『生首と片腕だけが宙に浮いている』
といったものがほとんどであった。
『鬼がいないんならあの噂は何なんシュか?』
『知らないわよ!…何かを鬼と見間違えたんじゃないの?さ、早く行くわよ!』
『だって鬼は暗くならなきゃ出て来ないって…』
『だから鬼はいないんだってば!正体は分からないけど、そいつには必ず実体がある。昼間はどこかに隠れてるんだと思うわ』
『何の為に?』
『私が知るわけないでしょ!もう!鬱陶しいわね!行くわよ!』
さやかは周りに人がいない事を確認して走り出した。
風を切る音もさせず、一瞬でさやかの後ろ姿が小さくなる。
必死で追いかける心太郎だったが、当然ながら追いつく事は出来なかった。
高陵山を闇が包む。
先ほどまで西の空に残っていたわずかな青みは消え、今は無限を感じさせる漆黒に星が輝くばかりになっている。
元々高陵山は滅多に人の訪れぬ場所だ。
岩場ばかりで伐採する樹木も少なく、所々に生えた樹も潮風の影響で木材には向かない。
餌となる物もろくにないので狩りの獲物もいない。
山を越えても海に面した崖があるばかりなので登る者もいない。
高陵山は、入る事に何の利点もない山なのだ。
ただ、かつて『鬼』が棲んでいたという伝説だけが残されている。
高陵山の鬼は里の娘に惚れて、嫁にしようとした。
娘に助けを求められた山の神は鬼に条件を出した。
娘が欲しくば、三日間の内に『この山の樹』を使って娘の為に屋敷を建ててみよ。
三日後の夜明けまでに、御殿のような屋敷を完成させる事が出来れば娘を嫁に取らせる。
しかし出来なければ今後一切、里に下りる事まかりならん。
と。
先ほど説明したように、この山にはまともな樹木は少ない。
御殿を建てる程の材木を探し出すだけでもどれほど時間がかかるやもしれぬ。
ましてや三日で屋敷を完成させるなど到底無理な話であった。
山の神はわざと実現不可能な条件を叩き付けたのである。
しかし、鬼はそれを了承した。
山を駆け回り、使えそうな樹を見つけると怪力で引っこ抜いた。
走っては樹を抜き、また走っては次々と抜いた。
何と丸一日で必要な樹木を集めきったのである。
すぐさま鬼は枝を落とし皮を剥ぎ鉋をかけ始めた。
さすがの山の神も鬼の手際に驚いたらしい。
なんと雨を降らせて邪魔をしたのだそうだ。
ぬかるんで足場の悪い中で、ふやけて加工しにくい樹木を鬼は必死に削る。
なんと二日目にして木材の加工が終わったらしい。
鬼は屋敷を組み立て始めた。
みるみる形が出来ていく。
山の神は、人ならざる鬼の力を甘く見ていたのだ。
夜はまだ明けない。
しかし屋敷は完成寸前だ。
神は身体から光を発し、自らの使いの鶏にそれを当てた。
鶏は夜明けと間違えて、大きく鳴いた。
すかさず山の神は言った。
『夜は明けり。
しかれども約束の屋敷は未だ形を成さず。
娘は諦めて山へ帰るが良い』
鬼は己の力不足を嘆き、すごすごと山へ帰って二度と里に現われる事はなかった。
山の神に救われた娘とその家族は、完成間近になっていた屋敷を造り上げ、そこでしばらく幸せに暮らしたのだという。
鬼は失意の内に山中で命を落とした。
死の直前に神の謀略を知り、娘を呪って死んだそうだ。
娘の一家は次々と病に倒れ、家系は絶え、屋敷は崩れた。
そして高陵山に緑はなくなってしまったのである。
祟りを恐れた山の神は、これ以上被害を出さぬ為に、鬼を手厚く祠ったのだ。
出来の悪い弟子が早足で師匠を追いながら問いかける。
『なによ。喋んなくていいから早く進みなさいよ。日が暮れる前に山に入りたいんだから』
『本当に鬼なんかいるっシュかねぇ?』
『いるわけないでしょ。馬鹿ね』
『でも実際に見たって人があっちこっちにいたっシュよ?』
確かに二人は旅の途中で何度も鬼の目撃情報を聞いた。
細部は違えど大まかには
『暗闇から現われる』
『紅い眼に4本の角がある』
『生首と片腕だけが宙に浮いている』
といったものがほとんどであった。
『鬼がいないんならあの噂は何なんシュか?』
『知らないわよ!…何かを鬼と見間違えたんじゃないの?さ、早く行くわよ!』
『だって鬼は暗くならなきゃ出て来ないって…』
『だから鬼はいないんだってば!正体は分からないけど、そいつには必ず実体がある。昼間はどこかに隠れてるんだと思うわ』
『何の為に?』
『私が知るわけないでしょ!もう!鬱陶しいわね!行くわよ!』
さやかは周りに人がいない事を確認して走り出した。
風を切る音もさせず、一瞬でさやかの後ろ姿が小さくなる。
必死で追いかける心太郎だったが、当然ながら追いつく事は出来なかった。
高陵山を闇が包む。
先ほどまで西の空に残っていたわずかな青みは消え、今は無限を感じさせる漆黒に星が輝くばかりになっている。
元々高陵山は滅多に人の訪れぬ場所だ。
岩場ばかりで伐採する樹木も少なく、所々に生えた樹も潮風の影響で木材には向かない。
餌となる物もろくにないので狩りの獲物もいない。
山を越えても海に面した崖があるばかりなので登る者もいない。
高陵山は、入る事に何の利点もない山なのだ。
ただ、かつて『鬼』が棲んでいたという伝説だけが残されている。
高陵山の鬼は里の娘に惚れて、嫁にしようとした。
娘に助けを求められた山の神は鬼に条件を出した。
娘が欲しくば、三日間の内に『この山の樹』を使って娘の為に屋敷を建ててみよ。
三日後の夜明けまでに、御殿のような屋敷を完成させる事が出来れば娘を嫁に取らせる。
しかし出来なければ今後一切、里に下りる事まかりならん。
と。
先ほど説明したように、この山にはまともな樹木は少ない。
御殿を建てる程の材木を探し出すだけでもどれほど時間がかかるやもしれぬ。
ましてや三日で屋敷を完成させるなど到底無理な話であった。
山の神はわざと実現不可能な条件を叩き付けたのである。
しかし、鬼はそれを了承した。
山を駆け回り、使えそうな樹を見つけると怪力で引っこ抜いた。
走っては樹を抜き、また走っては次々と抜いた。
何と丸一日で必要な樹木を集めきったのである。
すぐさま鬼は枝を落とし皮を剥ぎ鉋をかけ始めた。
さすがの山の神も鬼の手際に驚いたらしい。
なんと雨を降らせて邪魔をしたのだそうだ。
ぬかるんで足場の悪い中で、ふやけて加工しにくい樹木を鬼は必死に削る。
なんと二日目にして木材の加工が終わったらしい。
鬼は屋敷を組み立て始めた。
みるみる形が出来ていく。
山の神は、人ならざる鬼の力を甘く見ていたのだ。
夜はまだ明けない。
しかし屋敷は完成寸前だ。
神は身体から光を発し、自らの使いの鶏にそれを当てた。
鶏は夜明けと間違えて、大きく鳴いた。
すかさず山の神は言った。
『夜は明けり。
しかれども約束の屋敷は未だ形を成さず。
娘は諦めて山へ帰るが良い』
鬼は己の力不足を嘆き、すごすごと山へ帰って二度と里に現われる事はなかった。
山の神に救われた娘とその家族は、完成間近になっていた屋敷を造り上げ、そこでしばらく幸せに暮らしたのだという。
鬼は失意の内に山中で命を落とした。
死の直前に神の謀略を知り、娘を呪って死んだそうだ。
娘の一家は次々と病に倒れ、家系は絶え、屋敷は崩れた。
そして高陵山に緑はなくなってしまったのである。
祟りを恐れた山の神は、これ以上被害を出さぬ為に、鬼を手厚く祠ったのだ。
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