2010-12-27(Mon)
小説・さやか見参!(59)
『なるほどな…ここに出向いたは失敗だったか。隙を見てあやつの最愛の妹を殺してやろうと思うたが』
まるで悔し紛れのようにイバラキが毒づいた。
『…くちなわ…殿…まさか…お兄ちゃんを、殺したの…』
絞り出したさやかの声が震えている。
それを聞いてイバラキが微かに勝ち誇った顔をした。
『おぉ、この手で斬り捨ててやったわ。これはな、たけるの亡骸からはぎ取ってやったのよ』
イバラキは左手で陣羽織を示そうとしたがすでに左腕は地に落ちていた。
それに気付いてふっと自嘲し、右手に持った刀を見せた。
鍔に山吹の紋章が入ったそれは、間違いなくたけるの物だ。
怒りにさやかの髪が逆立った。
『どうして!お兄ちゃんはあなたの事をいつも気に掛けていたのに!!』
『俺はな、もう偽りの優しさには騙されんのだ。奴め、不意を突いて俺の顔をこのようにしおったが、まともに立ち合えば俺の敵ではなかったわ』
『お兄ちゃんは人を騙したりしないわ!』
『騙す嵌めるは忍びの常套であろうよ。俺は忍びの優しさなど信じん』
さやかが声を荒げる間際、武双が低く、重く口を開いた。
『哀れな。一角衆の罠に落ちたとはいえ、おぬしほどの男がそこまで己を見失うか。これではみずち殿も浮かばれまい』
みずちの名を聞いて一瞬びくっとする。
『だ、黙れ!』
『この様子では、たけるがわざと斬られた理由も分かるまい』
『わざと斬られた、だと?』
確かに最後の瞬間、たけるに戦意はなかった。
もちろんイバラキも気付いていたが、それを認めるのは自尊心が許さない。
『違う!たけるは俺が!この手で!』
武双は表情も変えずに鼻で笑った。
『ふ、たけるがその気ならば、おぬしには万に一つも勝ち目はなかったわ。たけるはな、その程度の腕ではない』
図星を突かれてイバラキの殺意が萎えた。
『ぬぅ…では…どうして奴は…』
イバラキが虚空を見ながらつぶやいた瞬間、
『くちなわぁっ!!』
幼いさやかが叫んだ。
その眼は妖獣のように殺意に燃えていた。
『くちなわっ!きさまぁっ!お兄ちゃんを!よくもお兄ちゃんをっ!!』
素早く抜刀してイバラキに襲いかかる。
速さ、力、とても少女のものとは思えない。
『返せっ!その刀はお兄ちゃんの物だ!その着物はお兄ちゃんの物だ!!』
しかしいくら腕が立とうとも少女の力ではイバラキは倒せない。
『ふん、さすがはたけるの自慢の妹だな。安心しろ。すぐにお前も兄貴の所に送ってやる』
『くちなわぁっ!きさまこそ殺してやるっ!!』
イバラキに向かって行こうとするさやかの刀を武双がはじいた。
さやかは後ろに吹っ飛ばされ転がった。
起きざまにイバラキに飛び掛かろうとするのを武双が遮る。
さやかは刀の柄をぎりりと握り締め、歯を食いしばる。
怒り狂った瞳からは涙が溢れ出した。
武双は低く
『くちなわ、早々に去れ』
とだけ言った。
イバラキは一瞬驚いたが、崩れた顔でにやりと笑うと、
『俺を生かしておく事、必ず後悔するぞ。山吹流は俺が潰す。まずはその娘の命をいただいてやる』
と、さやかを指差した。
『逃げるなくちなわっ!!』
さやかが叫んだ。
イバラキは後退りながらもう一度にやりと笑う。
『俺はもうくちなわではない。覚えておけ。俺は幻龍組頭領、幻龍イバラキだ!』
そう言うとゆっくりと離れ、そして姿を消した。
さやかは何度か荒い息を吐いて刀を背中の鞘に納めると、怒りに震える右手で、結んだ髪をぎゅっと握り締めた。
『イバラキ…幻龍イバラキ…!あいつだけは…お兄ちゃんに代わって私が倒す!』
左右で二つに結んだ髪の片方が風に揺れた。
もう片方はいまだ小さな手に強く握られ、わなわなと震えている。
『私が、お兄ちゃんの代わりに山吹を守る!』
怒りの表情のまま武双を通り越し、イバラキがいた辺りを睨んだ。
そして一際通る声で
『覚えておけイバラキ!私は、山吹流忍術正統後継者!山吹さやかだ!!』
そう言って泣き崩れた。
懐から落ちた二つの折り鶴がとめどない涙に打たれている。
すでに朝日が昇っていた。
しかし、
山吹さやかに昨日までと同じ朝が来る事は、
もう、ない。
~第一部・完~
まるで悔し紛れのようにイバラキが毒づいた。
『…くちなわ…殿…まさか…お兄ちゃんを、殺したの…』
絞り出したさやかの声が震えている。
それを聞いてイバラキが微かに勝ち誇った顔をした。
『おぉ、この手で斬り捨ててやったわ。これはな、たけるの亡骸からはぎ取ってやったのよ』
イバラキは左手で陣羽織を示そうとしたがすでに左腕は地に落ちていた。
それに気付いてふっと自嘲し、右手に持った刀を見せた。
鍔に山吹の紋章が入ったそれは、間違いなくたけるの物だ。
怒りにさやかの髪が逆立った。
『どうして!お兄ちゃんはあなたの事をいつも気に掛けていたのに!!』
『俺はな、もう偽りの優しさには騙されんのだ。奴め、不意を突いて俺の顔をこのようにしおったが、まともに立ち合えば俺の敵ではなかったわ』
『お兄ちゃんは人を騙したりしないわ!』
『騙す嵌めるは忍びの常套であろうよ。俺は忍びの優しさなど信じん』
さやかが声を荒げる間際、武双が低く、重く口を開いた。
『哀れな。一角衆の罠に落ちたとはいえ、おぬしほどの男がそこまで己を見失うか。これではみずち殿も浮かばれまい』
みずちの名を聞いて一瞬びくっとする。
『だ、黙れ!』
『この様子では、たけるがわざと斬られた理由も分かるまい』
『わざと斬られた、だと?』
確かに最後の瞬間、たけるに戦意はなかった。
もちろんイバラキも気付いていたが、それを認めるのは自尊心が許さない。
『違う!たけるは俺が!この手で!』
武双は表情も変えずに鼻で笑った。
『ふ、たけるがその気ならば、おぬしには万に一つも勝ち目はなかったわ。たけるはな、その程度の腕ではない』
図星を突かれてイバラキの殺意が萎えた。
『ぬぅ…では…どうして奴は…』
イバラキが虚空を見ながらつぶやいた瞬間、
『くちなわぁっ!!』
幼いさやかが叫んだ。
その眼は妖獣のように殺意に燃えていた。
『くちなわっ!きさまぁっ!お兄ちゃんを!よくもお兄ちゃんをっ!!』
素早く抜刀してイバラキに襲いかかる。
速さ、力、とても少女のものとは思えない。
『返せっ!その刀はお兄ちゃんの物だ!その着物はお兄ちゃんの物だ!!』
しかしいくら腕が立とうとも少女の力ではイバラキは倒せない。
『ふん、さすがはたけるの自慢の妹だな。安心しろ。すぐにお前も兄貴の所に送ってやる』
『くちなわぁっ!きさまこそ殺してやるっ!!』
イバラキに向かって行こうとするさやかの刀を武双がはじいた。
さやかは後ろに吹っ飛ばされ転がった。
起きざまにイバラキに飛び掛かろうとするのを武双が遮る。
さやかは刀の柄をぎりりと握り締め、歯を食いしばる。
怒り狂った瞳からは涙が溢れ出した。
武双は低く
『くちなわ、早々に去れ』
とだけ言った。
イバラキは一瞬驚いたが、崩れた顔でにやりと笑うと、
『俺を生かしておく事、必ず後悔するぞ。山吹流は俺が潰す。まずはその娘の命をいただいてやる』
と、さやかを指差した。
『逃げるなくちなわっ!!』
さやかが叫んだ。
イバラキは後退りながらもう一度にやりと笑う。
『俺はもうくちなわではない。覚えておけ。俺は幻龍組頭領、幻龍イバラキだ!』
そう言うとゆっくりと離れ、そして姿を消した。
さやかは何度か荒い息を吐いて刀を背中の鞘に納めると、怒りに震える右手で、結んだ髪をぎゅっと握り締めた。
『イバラキ…幻龍イバラキ…!あいつだけは…お兄ちゃんに代わって私が倒す!』
左右で二つに結んだ髪の片方が風に揺れた。
もう片方はいまだ小さな手に強く握られ、わなわなと震えている。
『私が、お兄ちゃんの代わりに山吹を守る!』
怒りの表情のまま武双を通り越し、イバラキがいた辺りを睨んだ。
そして一際通る声で
『覚えておけイバラキ!私は、山吹流忍術正統後継者!山吹さやかだ!!』
そう言って泣き崩れた。
懐から落ちた二つの折り鶴がとめどない涙に打たれている。
すでに朝日が昇っていた。
しかし、
山吹さやかに昨日までと同じ朝が来る事は、
もう、ない。
~第一部・完~
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