2010-12-27(Mon)
小説・さやか見参!(58)
『たける兄ちゃん!』
さやかが叫んだ。
顔面に大火傷を負ったたけるが下忍に支えられながらよろよろと歩いてくる。
『たける兄ちゃん!!』
駆け出して行こうとするさやかを武双が止めた。
『父上!?』
武双はただ黙っている。
『若、とにかく屋敷で手当てを!』
下忍達が屋敷に運ぼうとするのをたけるは拒む。
『俺なら大丈夫だ。それよりも先にかしらに伝える事が…』
炎を吸って喉が焼けたのか声がかすれている。
すぐにでもたけるの元に駆け付けたいさやかは武双を見た。
やはり父は黙って立っている。
行くに行けないさやかはもどかしい思いで必死に踏み止どまった。
ふらふらと歩きながらたけるがかすれた声を上げる。
『かしら、件の連続殺害、くちなわ殿が全て認めました。
その上で私にも手をかけんとした為、やむなく討ち取りましてございます』
両脇を支える下忍を振りほどいてたけるは武双の前に片膝を着いた。
畏まったのか崩れ落ちたのかは分からない。
『しかしながら、あの卑劣なくちなわの奴、火遁で砦ごと私を…』
呻くようにそう言って、顔を押さえたたけるは苦しそうにうずくまった。
しかし、先ほどまで、今にも駆け出さんとしていたさやかは動こうとしなかった。
『…違う…』
そうつぶやいたさやかは、むしろ警戒するように半身になり表情を曇らせている。
『お兄ちゃんがくちなわ殿を卑劣な奴だなんて言うはずないもん!あなた、誰!?』
さやかが後退ったのと、うずくまった状態のたけるが鯉口を切ったのはほぼ同時であった。
そして、
たけるが身体を起こしながらさやかに向かって刀を抜いたのと、武双がたけるの左腕を付け根から斬り飛ばしたのもまた同時であった。
たけるが抜刀したと思った瞬間には、その左腕は宙に飛んでいたのである。
たけるがかすれた悲鳴を上げた。
軌道を乱した切っ先がさやかの顔を紙一重で横切る。
片腕を失くして体勢を崩し、たけるは大きくよろめいた。
肩口から斬られた腕が、陣羽織の袖もろとも、どすん、と落ちる。
『き、気付いていたのか…!?』
たけるは、
否、
たけるに成り済ましたイバラキは、かすれた声でどうにかそう言った。
武双は刀を抜いた素振りも見せぬ間に、すでに納刀している。
『おぬしの口振り、まるで任を果たしたような口振りだったからな。』
『む…?』
『私はたけるに何も命じてはおらん。荊木砦に向かったはたけるの独断だ』
『なにっ…!?』
十二組でそれなりの地位にある忍びが、頭領の意向も窺わずに敵地に赴くなど普通は有り得ない。
イバラキは、山吹たけるがそのような大胆な事をしでかす男だとは思っていなかった。
『しかしながらたけるはその陣羽織を身に着けておぬしの所に向かった。
それはな、あやつが次期頭領としての責を負って行動を起こした証しなのだ。
己を次期頭領と認めるのならば、ここは誰とて邪魔だてしてはならぬという表明なのだ。
ならばいちいち私に報告などせぬ。
そうではないか?くちなわ』
イバラキは言葉をなくした。
自分はたけるという男を読み違えていた。
奴は繊細なだけではない、豪胆さを持ち合わせた男だったのだ。
柔和に見えながら、忍びとしての熱い芯を持っている男だったのだ。
それが分からなかった自分は、ここに来た時点ですでに馬脚を現していたのだ。
イバラキは口惜しさにぶるぶると震えた。
そして、イバラキと向かい合う武双の後ろで幼い少女もわなわなと震えていた。
激しい怒りと、
鋭い殺意に。
さやかが叫んだ。
顔面に大火傷を負ったたけるが下忍に支えられながらよろよろと歩いてくる。
『たける兄ちゃん!!』
駆け出して行こうとするさやかを武双が止めた。
『父上!?』
武双はただ黙っている。
『若、とにかく屋敷で手当てを!』
下忍達が屋敷に運ぼうとするのをたけるは拒む。
『俺なら大丈夫だ。それよりも先にかしらに伝える事が…』
炎を吸って喉が焼けたのか声がかすれている。
すぐにでもたけるの元に駆け付けたいさやかは武双を見た。
やはり父は黙って立っている。
行くに行けないさやかはもどかしい思いで必死に踏み止どまった。
ふらふらと歩きながらたけるがかすれた声を上げる。
『かしら、件の連続殺害、くちなわ殿が全て認めました。
その上で私にも手をかけんとした為、やむなく討ち取りましてございます』
両脇を支える下忍を振りほどいてたけるは武双の前に片膝を着いた。
畏まったのか崩れ落ちたのかは分からない。
『しかしながら、あの卑劣なくちなわの奴、火遁で砦ごと私を…』
呻くようにそう言って、顔を押さえたたけるは苦しそうにうずくまった。
しかし、先ほどまで、今にも駆け出さんとしていたさやかは動こうとしなかった。
『…違う…』
そうつぶやいたさやかは、むしろ警戒するように半身になり表情を曇らせている。
『お兄ちゃんがくちなわ殿を卑劣な奴だなんて言うはずないもん!あなた、誰!?』
さやかが後退ったのと、うずくまった状態のたけるが鯉口を切ったのはほぼ同時であった。
そして、
たけるが身体を起こしながらさやかに向かって刀を抜いたのと、武双がたけるの左腕を付け根から斬り飛ばしたのもまた同時であった。
たけるが抜刀したと思った瞬間には、その左腕は宙に飛んでいたのである。
たけるがかすれた悲鳴を上げた。
軌道を乱した切っ先がさやかの顔を紙一重で横切る。
片腕を失くして体勢を崩し、たけるは大きくよろめいた。
肩口から斬られた腕が、陣羽織の袖もろとも、どすん、と落ちる。
『き、気付いていたのか…!?』
たけるは、
否、
たけるに成り済ましたイバラキは、かすれた声でどうにかそう言った。
武双は刀を抜いた素振りも見せぬ間に、すでに納刀している。
『おぬしの口振り、まるで任を果たしたような口振りだったからな。』
『む…?』
『私はたけるに何も命じてはおらん。荊木砦に向かったはたけるの独断だ』
『なにっ…!?』
十二組でそれなりの地位にある忍びが、頭領の意向も窺わずに敵地に赴くなど普通は有り得ない。
イバラキは、山吹たけるがそのような大胆な事をしでかす男だとは思っていなかった。
『しかしながらたけるはその陣羽織を身に着けておぬしの所に向かった。
それはな、あやつが次期頭領としての責を負って行動を起こした証しなのだ。
己を次期頭領と認めるのならば、ここは誰とて邪魔だてしてはならぬという表明なのだ。
ならばいちいち私に報告などせぬ。
そうではないか?くちなわ』
イバラキは言葉をなくした。
自分はたけるという男を読み違えていた。
奴は繊細なだけではない、豪胆さを持ち合わせた男だったのだ。
柔和に見えながら、忍びとしての熱い芯を持っている男だったのだ。
それが分からなかった自分は、ここに来た時点ですでに馬脚を現していたのだ。
イバラキは口惜しさにぶるぶると震えた。
そして、イバラキと向かい合う武双の後ろで幼い少女もわなわなと震えていた。
激しい怒りと、
鋭い殺意に。
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