2010-12-26(Sun)
小説・さやか見参!(57)
空が明るく見える。
まだまだ夜が明ける気配もない時刻である。
いつもなら漆黒の空に星が見えるばかりだろう。
だが今日の空はほのかに赤みがかった不吉な光に照らされている。
龍組頭領、山吹武双は山吹砦の屋敷でその空を眺めていた。
―荊木砦が燃えている―
それを偵察の犬組が発見したのは、幻龍城で山吹たけるとくちなわが顔を合わせた頃である。
その情報はすぐに各組の頭領に伝えられた。
頭領達は蛇組への対処を協議する為に山吹砦に集まっていたので伝達は図らずも迅速に済んだ。
協議では、若頭を殺された鳥組頭領が推す強攻案に、虎組頭領が異を唱えていた。
虎組若頭の雷牙は、くちなわ、いや、イバラキ率いる幻龍組の恐ろしさを身をもって思い知らされたばかりだ。
そのような相手と迂闊に戦えばこちらの被害も些少では済むまい。
数で勝るからと力で押すのはいかがなものか。
虎組頭領がそう言うと、
『ではこのまま放っておけといいなさるか!?何か手を打たねばなりますまい!!』
と鳥組頭領が声を荒げた。
犬組の使者が駆け込んできたのはちょうどそんな時だったらしい。
全員わけが分からぬまま協議を中断して、それぞれの配下を荊木砦に走らせた。
その中で山吹武双だけは、たけるが動いたのだと確信していた。
その確信を秘めて、龍組頭領は一人座っているのである。
午後から姿を見せぬ息子を気に掛けながら、それによって感情を動かされぬよう、煙る夜空をじっと見ていたのだ。
そこへ、戸を開けてさやかが入ってきた。
『父上…』
武双の隣りに歩いてくる。
『お兄ちゃんは帰ってきた?』
『まだだ。心配で眠れなかったのか?』
『ううん、寝てた…けど…何でか目が覚めちゃったの…』
『そうか』
父と娘はしばらく黙って座っていた。
と、突然
『父上っ』
さやかがはじけた声をあげた。
そして二つの折り鶴を取り出し武双の前に並べた。
『お兄ちゃんが作ったのと私が作ったの、どっちがどっちか分かる?』
見比べるまでもなく武双には分かった。
しかしいたずらっぽく笑顔を向ける娘を慮って少し考えたふりをして
『こっちだ』
と指差した。
『すごい!父上!どうして分かったの!?やっぱり私のはまだまだ下手なのかなぁ…』
といじけた。
『上手い下手ではない。たけるはこれを手早く折っていたであろう?』
『うん』
『身についた技術とそれを模倣した技術は少し違うものなのだ。さやかはたけるが作ったものをお手本にしたのではないか?』
『そう…だけど、そんな事まで分かるの?』
『分かる。この鶴には、さやかが一生懸命たけるを追いかけている跡が見える』
『うん。私ね、お兄ちゃんみたいな忍者になりたいの!』
『たけるの域に達するには並大抵の努力では足りぬぞ。それに、たけるの跡を追っているだけでは追いつけぬ。いずれはたけるから離れ、自分の道を進まねばな』
『えぇっ…お兄ちゃんから離れるなんて嫌だ…』
山吹砦の入口が騒がしくなったのは、さやかが寂しげにつぶやいたその直後だった。
下忍達が叫ぶ声が聞こえる。
『若が!たける殿が戻られたぞ!』
『大怪我をなさっている!』
『早く屋敷へ!』
さやかは、たけるが戻ったという言葉に一瞬嬉しそうな顔をしたが、
『お兄ちゃんが大怪我…!?』
と不安を露にした。
そこへ、
下忍達に付き添われてたけるが戻って来た。
山吹頭領の正装である黒い肩当ての付いた陣羽織を身にまとって。
その顔は、
原形をとどめぬぐらいに焼け崩れていた。
まだまだ夜が明ける気配もない時刻である。
いつもなら漆黒の空に星が見えるばかりだろう。
だが今日の空はほのかに赤みがかった不吉な光に照らされている。
龍組頭領、山吹武双は山吹砦の屋敷でその空を眺めていた。
―荊木砦が燃えている―
それを偵察の犬組が発見したのは、幻龍城で山吹たけるとくちなわが顔を合わせた頃である。
その情報はすぐに各組の頭領に伝えられた。
頭領達は蛇組への対処を協議する為に山吹砦に集まっていたので伝達は図らずも迅速に済んだ。
協議では、若頭を殺された鳥組頭領が推す強攻案に、虎組頭領が異を唱えていた。
虎組若頭の雷牙は、くちなわ、いや、イバラキ率いる幻龍組の恐ろしさを身をもって思い知らされたばかりだ。
そのような相手と迂闊に戦えばこちらの被害も些少では済むまい。
数で勝るからと力で押すのはいかがなものか。
虎組頭領がそう言うと、
『ではこのまま放っておけといいなさるか!?何か手を打たねばなりますまい!!』
と鳥組頭領が声を荒げた。
犬組の使者が駆け込んできたのはちょうどそんな時だったらしい。
全員わけが分からぬまま協議を中断して、それぞれの配下を荊木砦に走らせた。
その中で山吹武双だけは、たけるが動いたのだと確信していた。
その確信を秘めて、龍組頭領は一人座っているのである。
午後から姿を見せぬ息子を気に掛けながら、それによって感情を動かされぬよう、煙る夜空をじっと見ていたのだ。
そこへ、戸を開けてさやかが入ってきた。
『父上…』
武双の隣りに歩いてくる。
『お兄ちゃんは帰ってきた?』
『まだだ。心配で眠れなかったのか?』
『ううん、寝てた…けど…何でか目が覚めちゃったの…』
『そうか』
父と娘はしばらく黙って座っていた。
と、突然
『父上っ』
さやかがはじけた声をあげた。
そして二つの折り鶴を取り出し武双の前に並べた。
『お兄ちゃんが作ったのと私が作ったの、どっちがどっちか分かる?』
見比べるまでもなく武双には分かった。
しかしいたずらっぽく笑顔を向ける娘を慮って少し考えたふりをして
『こっちだ』
と指差した。
『すごい!父上!どうして分かったの!?やっぱり私のはまだまだ下手なのかなぁ…』
といじけた。
『上手い下手ではない。たけるはこれを手早く折っていたであろう?』
『うん』
『身についた技術とそれを模倣した技術は少し違うものなのだ。さやかはたけるが作ったものをお手本にしたのではないか?』
『そう…だけど、そんな事まで分かるの?』
『分かる。この鶴には、さやかが一生懸命たけるを追いかけている跡が見える』
『うん。私ね、お兄ちゃんみたいな忍者になりたいの!』
『たけるの域に達するには並大抵の努力では足りぬぞ。それに、たけるの跡を追っているだけでは追いつけぬ。いずれはたけるから離れ、自分の道を進まねばな』
『えぇっ…お兄ちゃんから離れるなんて嫌だ…』
山吹砦の入口が騒がしくなったのは、さやかが寂しげにつぶやいたその直後だった。
下忍達が叫ぶ声が聞こえる。
『若が!たける殿が戻られたぞ!』
『大怪我をなさっている!』
『早く屋敷へ!』
さやかは、たけるが戻ったという言葉に一瞬嬉しそうな顔をしたが、
『お兄ちゃんが大怪我…!?』
と不安を露にした。
そこへ、
下忍達に付き添われてたけるが戻って来た。
山吹頭領の正装である黒い肩当ての付いた陣羽織を身にまとって。
その顔は、
原形をとどめぬぐらいに焼け崩れていた。
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