2010-12-21(Tue)
小説・さやか見参!(50)
どどどどど
轟音が周りの音を消し去る。
分厚い水の層が太陽の光さえも遮る。
圧倒的な水量が身体を押し潰そうとのし掛かってくる。
やはりこの男にとって滝は原点と言えた。
幼き頃に滝壺に呑まれた時に感じた畏怖、恐怖。
それに抗うのが己の修行の礎になっているのだ。
だからこそ徹底的に技を、術を磨いた。
かつての仲間達の前から姿を消して数週間。
男はここで滝に打たれていた。
飲まず食わず、寝る事もせず、ただ滝に打たれていた。
そして夜になると配下を連れて十二組の忍びを…
かつての仲間を狩った。
狩りが終わるとまた滝に打たれた。
この場所はかつて師に教えられた秘密の修行場だ。
連中が本気になれば見つかるのも時間の問題だが、まだ数日は大丈夫だろう。
その間に、まだまだ狩ってやる。
全部潰してやる。
男の精神は限界まで追い込まれていた。
妻に裏切られ、
母に裏切られ、
そして、わずかでも心を開いたあの若造にも裏切られた。
その絶望が生む虚無感が男を支配している。
これまで己が立っていた大地が一瞬で消えてしまったかのような喪失感。
人はそこに在る事を実感出来るからこそ生きている事が出来る。
だが、世界の全てを失った彼にとって、自分の存在を実感する事など不可能に近かった。
だからこそ自らに苦行を強いる事で生きている実感を得ようとしているのだ。
己の居場所を見つける為に、かつての仲間達を滅ぼそうとしているのだ。
人は人を裏切る。
どれだけ信じても、
どれだけ愛しても、
人は人を裏切るのだ。
だとしたら
裏切りのない世界を作りたい。
愛する者を失わずに済む世界を。
その世界を作れるのは自分しかいない。
俺は裏切りを許さぬ。
裏切りは死を持って償ってもらう。
さすればいつかは裏切りのない世界が来る事になろう。
俺は天下を獲る。
俺は地を這う蛇ではない。
俺は―
…と、眼前にそびえ立つ分厚い水の壁に光が走った。
稲妻か?
しかし先程まで空には雲などなかったはず。
男は怪訝に思い滝から離れようとして、
不思議な光景を見た。
天から地に向かって走った光が、今度は足元からゆっくりと昇ってきたのだ。
ゆらり、ゆらりと。
滝の流れに反射しぼんやりとしていた光が少しずつ輪郭を現し、やがて実像を結ぶ。
男は目を見張った。
それは―
黄金に輝く龍であった。
呆然とする男に龍は口を開いた。
『今は報われぬくちなわの身なれど、
行く手阻む者悉く打ち倒しのちには…』
龍は言葉を切る。
男は思わず続きを急かす。
『悉く打ち倒しのちには!?』
一瞬、龍はにやりと笑って
『我が姿を得る事必定』
とだけ言って姿を消した。
…気がつくと男は滝から離れた河原に倒れていた。
落水の轟音が振動となって大地から伝わる。
なぜ俺はここに倒れている?
さっきの龍は幻だったのか?
過酷な修行で疲弊した脳が作り出した幻影だったのだろうか?
しかし―
男は思った。
天啓とはこのようなものかもしれん。
あの龍は、全ての敵を倒した蛇は龍になれると言った。
ならば今はその言葉を信じよう。
俺は立ちふさがる全ての敵を倒す。
鬼となりて荊の道を進む。
男は決意を固めてつぶやいた。
『…今はまだ幻なれど、やがては必ず龍へと至る…』
蛇組、荊木流頭領くちなわと呼ばれた男は今ここに、
幻龍イバラキ
となって生まれ変わったのだ。
轟音が周りの音を消し去る。
分厚い水の層が太陽の光さえも遮る。
圧倒的な水量が身体を押し潰そうとのし掛かってくる。
やはりこの男にとって滝は原点と言えた。
幼き頃に滝壺に呑まれた時に感じた畏怖、恐怖。
それに抗うのが己の修行の礎になっているのだ。
だからこそ徹底的に技を、術を磨いた。
かつての仲間達の前から姿を消して数週間。
男はここで滝に打たれていた。
飲まず食わず、寝る事もせず、ただ滝に打たれていた。
そして夜になると配下を連れて十二組の忍びを…
かつての仲間を狩った。
狩りが終わるとまた滝に打たれた。
この場所はかつて師に教えられた秘密の修行場だ。
連中が本気になれば見つかるのも時間の問題だが、まだ数日は大丈夫だろう。
その間に、まだまだ狩ってやる。
全部潰してやる。
男の精神は限界まで追い込まれていた。
妻に裏切られ、
母に裏切られ、
そして、わずかでも心を開いたあの若造にも裏切られた。
その絶望が生む虚無感が男を支配している。
これまで己が立っていた大地が一瞬で消えてしまったかのような喪失感。
人はそこに在る事を実感出来るからこそ生きている事が出来る。
だが、世界の全てを失った彼にとって、自分の存在を実感する事など不可能に近かった。
だからこそ自らに苦行を強いる事で生きている実感を得ようとしているのだ。
己の居場所を見つける為に、かつての仲間達を滅ぼそうとしているのだ。
人は人を裏切る。
どれだけ信じても、
どれだけ愛しても、
人は人を裏切るのだ。
だとしたら
裏切りのない世界を作りたい。
愛する者を失わずに済む世界を。
その世界を作れるのは自分しかいない。
俺は裏切りを許さぬ。
裏切りは死を持って償ってもらう。
さすればいつかは裏切りのない世界が来る事になろう。
俺は天下を獲る。
俺は地を這う蛇ではない。
俺は―
…と、眼前にそびえ立つ分厚い水の壁に光が走った。
稲妻か?
しかし先程まで空には雲などなかったはず。
男は怪訝に思い滝から離れようとして、
不思議な光景を見た。
天から地に向かって走った光が、今度は足元からゆっくりと昇ってきたのだ。
ゆらり、ゆらりと。
滝の流れに反射しぼんやりとしていた光が少しずつ輪郭を現し、やがて実像を結ぶ。
男は目を見張った。
それは―
黄金に輝く龍であった。
呆然とする男に龍は口を開いた。
『今は報われぬくちなわの身なれど、
行く手阻む者悉く打ち倒しのちには…』
龍は言葉を切る。
男は思わず続きを急かす。
『悉く打ち倒しのちには!?』
一瞬、龍はにやりと笑って
『我が姿を得る事必定』
とだけ言って姿を消した。
…気がつくと男は滝から離れた河原に倒れていた。
落水の轟音が振動となって大地から伝わる。
なぜ俺はここに倒れている?
さっきの龍は幻だったのか?
過酷な修行で疲弊した脳が作り出した幻影だったのだろうか?
しかし―
男は思った。
天啓とはこのようなものかもしれん。
あの龍は、全ての敵を倒した蛇は龍になれると言った。
ならば今はその言葉を信じよう。
俺は立ちふさがる全ての敵を倒す。
鬼となりて荊の道を進む。
男は決意を固めてつぶやいた。
『…今はまだ幻なれど、やがては必ず龍へと至る…』
蛇組、荊木流頭領くちなわと呼ばれた男は今ここに、
幻龍イバラキ
となって生まれ変わったのだ。
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