2010-12-16(Thu)
小説・さやか見参!(43)
久しぶりに雨が降った。
まるで陽の差し込まぬどんよりした雲が空を覆っている。
しばらく晴天が続いていたから植物にとっては恵みの雨だったかもしれない。
山の頂きを切り開いて作られた山吹の砦には所々岩肌がむき出しになった場所があり、あまり晴れた日が続くと砂埃が舞う。
なのでさやかは埃っぽさを流してくれる雨が好きだった。
この日の午後、たけるとさやかは二人で屋敷にいた。
父、武双は数日前に隣国の弟の所―
たけるとさやかにとっては叔父になる山吹錬武の所へ出かけていた。
おそらく一角衆はその隙を狙って山吹の配下を操ったのであろう。
あの日以来くちなわは姿を消した。
荊木に残った忍び達を連れて行方をくらませたのである。
くちなわと別れた兄妹が砦に戻ると、下忍や中忍達はいつもと同じように生活していた。
農作業をしている者、
農具や武具の手入れをしている者、
屋敷の修繕に汗を流す者、
様々であったが、誰もくちなわに会っていないと言う。
砦から出てさえいないと言う。
だが明らかに人数が減っている。
所々に怪我をしている者もいる。
忍びの任務は隠密裏に命じられる事がほとんどなので、下忍や中忍が突然姿を消そうとも不思議はない。
皆が疑念を抱かぬのも当然である。
だが己の怪我はどうなのか?
いかに強力な催眠法を持ってしても、正気に戻れば傷や痛みには疑問を持つはず。
それすら意識から締め出す事が可能だとしたら、一角衆の術とは何と恐ろしいものか。
たけるは、祭りで買った鮮やかな紙で鶴を折りながらそんな事を考えていた。
隣りではさやかが必死に真似をして折り紙をしている。
たけるが鶴の羽を左右に広げて、ふっと息を入れた。
胴体が綺麗に膨らんで見事な鶴が完成した。
それを文机にちょこんと置く。
横でさやかも息を吹き込んでいる。
ふっ
どころではない。
ぶーーーーっ!
と激しい音が響く。
『出来た!』
とさやかが机に置いた鶴は…
様々な苦労を乗り越えて、ようやく目的の地に辿り着いた哀れな渡り鳥の様相を呈していた。
要するに、よれよれだった。
それでもさやかは満足げだ。
たけるはその顔を見て微かに笑った。
さやかはたけるの鶴を手に取って感嘆の声をあげる。
『すごい!おにいちゃんの鶴はとっても綺麗!』
『俺はさやかの鶴も好きだよ』
『ねぇお兄ちゃん、この鶴ちょうだい?これをお手本にして練習する!』
『じゃあこっちは俺がもらっていいか?』
さやかが作った鶴を指差す。
『いい…けど…さやかのは下手っぴだから恥ずかしいなぁ…』
さやかはもじもじと、でも嬉しそうだ。
『私ね、お兄ちゃんはすごいなぁっていつも思ってるの。術もすごいし、折り紙も上手だし…私もいつかお兄ちゃんみたいになれるかなぁ…』
『さやかならすぐに追い付くさ。いや、いずれは追い越されちゃうかもなぁ』
『そんなの無理だよ!…ねぇ、お兄ちゃんでもすごいって思う人いる?』
無邪気な質問だ。
目が輝いている。
たけるは次の紙で手裏剣を折りながら答えた。
『いっぱいいるさ。父上にはまだまだ敵わないし、叔父上だって雲の上だ。各流派の頭領方だって…
雷牙も腕が立つし、くちなわ殿も…』
くちなわの名を聞いてさやかが複雑な表情をした。
たけるはそんな妹を見て、もう一度微かに笑った。
『でもな、そんな中で俺が一番すごいって思う人がいる』
『えっ!?父上よりすごいの!?』
『あぁ。俺はその人みたいになりたい』
『誰?誰?誰?』
さやかが身を乗り出して聞く。
たけるも身を乗り出して答える。
『さやかだよ』
さやかはきょとんとしてから
『なんだ~、冗談かぁ~』
と拗ねた。
しかしたけるは真面目に続ける。
『冗談なもんか。いつも笑顔できらきらしていて、でも時には怒ったり、泣いたり、色んな顔を見せてくれる。
俺にとってさやかは、いつも輝いてる憧れの存在だよ
俺も、出来ればそうありたかった…』
さやかは兄の顔を見た。
たけるは何故か、少し遠くを見つめた、ように見えた。
まるで陽の差し込まぬどんよりした雲が空を覆っている。
しばらく晴天が続いていたから植物にとっては恵みの雨だったかもしれない。
山の頂きを切り開いて作られた山吹の砦には所々岩肌がむき出しになった場所があり、あまり晴れた日が続くと砂埃が舞う。
なのでさやかは埃っぽさを流してくれる雨が好きだった。
この日の午後、たけるとさやかは二人で屋敷にいた。
父、武双は数日前に隣国の弟の所―
たけるとさやかにとっては叔父になる山吹錬武の所へ出かけていた。
おそらく一角衆はその隙を狙って山吹の配下を操ったのであろう。
あの日以来くちなわは姿を消した。
荊木に残った忍び達を連れて行方をくらませたのである。
くちなわと別れた兄妹が砦に戻ると、下忍や中忍達はいつもと同じように生活していた。
農作業をしている者、
農具や武具の手入れをしている者、
屋敷の修繕に汗を流す者、
様々であったが、誰もくちなわに会っていないと言う。
砦から出てさえいないと言う。
だが明らかに人数が減っている。
所々に怪我をしている者もいる。
忍びの任務は隠密裏に命じられる事がほとんどなので、下忍や中忍が突然姿を消そうとも不思議はない。
皆が疑念を抱かぬのも当然である。
だが己の怪我はどうなのか?
いかに強力な催眠法を持ってしても、正気に戻れば傷や痛みには疑問を持つはず。
それすら意識から締め出す事が可能だとしたら、一角衆の術とは何と恐ろしいものか。
たけるは、祭りで買った鮮やかな紙で鶴を折りながらそんな事を考えていた。
隣りではさやかが必死に真似をして折り紙をしている。
たけるが鶴の羽を左右に広げて、ふっと息を入れた。
胴体が綺麗に膨らんで見事な鶴が完成した。
それを文机にちょこんと置く。
横でさやかも息を吹き込んでいる。
ふっ
どころではない。
ぶーーーーっ!
と激しい音が響く。
『出来た!』
とさやかが机に置いた鶴は…
様々な苦労を乗り越えて、ようやく目的の地に辿り着いた哀れな渡り鳥の様相を呈していた。
要するに、よれよれだった。
それでもさやかは満足げだ。
たけるはその顔を見て微かに笑った。
さやかはたけるの鶴を手に取って感嘆の声をあげる。
『すごい!おにいちゃんの鶴はとっても綺麗!』
『俺はさやかの鶴も好きだよ』
『ねぇお兄ちゃん、この鶴ちょうだい?これをお手本にして練習する!』
『じゃあこっちは俺がもらっていいか?』
さやかが作った鶴を指差す。
『いい…けど…さやかのは下手っぴだから恥ずかしいなぁ…』
さやかはもじもじと、でも嬉しそうだ。
『私ね、お兄ちゃんはすごいなぁっていつも思ってるの。術もすごいし、折り紙も上手だし…私もいつかお兄ちゃんみたいになれるかなぁ…』
『さやかならすぐに追い付くさ。いや、いずれは追い越されちゃうかもなぁ』
『そんなの無理だよ!…ねぇ、お兄ちゃんでもすごいって思う人いる?』
無邪気な質問だ。
目が輝いている。
たけるは次の紙で手裏剣を折りながら答えた。
『いっぱいいるさ。父上にはまだまだ敵わないし、叔父上だって雲の上だ。各流派の頭領方だって…
雷牙も腕が立つし、くちなわ殿も…』
くちなわの名を聞いてさやかが複雑な表情をした。
たけるはそんな妹を見て、もう一度微かに笑った。
『でもな、そんな中で俺が一番すごいって思う人がいる』
『えっ!?父上よりすごいの!?』
『あぁ。俺はその人みたいになりたい』
『誰?誰?誰?』
さやかが身を乗り出して聞く。
たけるも身を乗り出して答える。
『さやかだよ』
さやかはきょとんとしてから
『なんだ~、冗談かぁ~』
と拗ねた。
しかしたけるは真面目に続ける。
『冗談なもんか。いつも笑顔できらきらしていて、でも時には怒ったり、泣いたり、色んな顔を見せてくれる。
俺にとってさやかは、いつも輝いてる憧れの存在だよ
俺も、出来ればそうありたかった…』
さやかは兄の顔を見た。
たけるは何故か、少し遠くを見つめた、ように見えた。
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