2010-12-16(Thu)
小説・さやか見参!(42)
谷底のもやが低く低く流れる。
たけるとさやかの背後からせまる白いもやは二人の足を舐めるように流れて、向かい合うくちなわの足をも飲み込んだ。
たけるは二の句を継げなかった。
変わり果てたくちなわの表情から、ただならぬ事が起きたのを悟ったからだ。
『くちなわ、殿…何があったのです!?』
しばしの間があって、くちなわは凶悪な笑みを浮かべた。
『何が、だと?ふん、見え透いた事を。ほれ』
くちなわが片手にぶら下げていた物をたけるの足元に放った。
地面にぶつかった風圧でその場のもやが散る。
たけるとさやかは足元を見た。
地面に転がっているのは、見覚えのある山吹の下忍の首だ。
それは白い気体に遮られてすぐに見えなくなった。
たけるは一瞬驚いたがそれ以上の動揺はない。
さやかも同様だ。
まだ化け猫の怪奇話を怖がるような子供だとしてもさやかは忍びなのである。
仲間の首などは日常の光景なのだ。
『…くちなわ殿がやったのか…?』
『山吹の陣、初めて味わったが見事だな。
ただ…下忍と中忍のみで俺を討てると思うたか?』
『私ではない。私も父も、あなたに関して何も命じてはおりません』
『ではその首はなんとする?お前はその者に見覚えはないのか?』
『ある。山吹の下忍です』
『山吹の下忍中忍を用いて山吹陣を敷くなど、武双殿かお前にしか出来まい』
『確かにそうです。しかし我々ではない』
『ふん、手下が言っておったぞ。これは武双の命ではなく、新しい頭領の命令だと』
『私の?そんな馬鹿な。何の為に私がくちなわ殿を討たなければならないのです?』
『妻、かすみを殺し、師、みずちを殺し、後継者、うかを殺し、母、かがちを殺したるは十二組への裏切りなのであろうが』
『うか殿と…かがち様を?いつ!?どうして!?』
『芝居がすぎるわ』
何が起きた?
たけるは高速で回転を巡らせる。
しかし思い至る所は一つしかない。
懐に手をやったたけるを見て、くちなわが軽く身構える。
『やるか?』
しかしたけるが取り出したのは手ぬぐいであった。
それをさやかに渡す。
『その者…下忍の兵衛だ。連れて帰って弔ってやろう』
さやかはうなずいて兵衛の首を手ぬぐいに包んだ。
『山吹では下忍にも名があるのか。龍組ともなると格式が違うな』
『兵衛は…まだくちなわ殿の半分の年にもなっておらん。武芸はとんと苦手でしてな…』
『そのような者ばかり集めて俺を討てるつもりだったのか?甘くみたな』
『なぁくちなわ殿…これも一角衆の仕業だとは思えませぬか?我ら山吹には密かにあなたを討つ理由はない』
『ふん、大方、龍組の座を守る為に荊木を潰そうとしたのであろうよ。実力では我らに敵わぬゆえこのような方法でな。』
『くちなわ殿…』
たけるはゆっくり前へ出た。
『もし我らが本気であなたを討つつもりならば』
さらに前へ出る。
『下忍中忍に任せず頭領が…』
もう一歩前に出た。
くちなわとぶつからんばかりの距離だ。
たけるはくちなわの目を見てはっきりと宣言する。
『いや、私が直接行く』
その気迫にくちなわは押された。
たけるは悲しげに
『さやか、行こう』
と言うとくちなわの傍らを通り過ぎた。
後にさやかが続く。
少し離れてから、振り返りもせずたけるが言葉を発した。
『くちなわ殿』
くちなわは視線だけで振り返る。
『忍びが肩書きや地位にしがみついては身を滅ぼしますぞ』
そう言い残して山吹の兄妹はその場を去った。
くちなわはただ、憎しみの心に囚われていた。
たけるとさやかの背後からせまる白いもやは二人の足を舐めるように流れて、向かい合うくちなわの足をも飲み込んだ。
たけるは二の句を継げなかった。
変わり果てたくちなわの表情から、ただならぬ事が起きたのを悟ったからだ。
『くちなわ、殿…何があったのです!?』
しばしの間があって、くちなわは凶悪な笑みを浮かべた。
『何が、だと?ふん、見え透いた事を。ほれ』
くちなわが片手にぶら下げていた物をたけるの足元に放った。
地面にぶつかった風圧でその場のもやが散る。
たけるとさやかは足元を見た。
地面に転がっているのは、見覚えのある山吹の下忍の首だ。
それは白い気体に遮られてすぐに見えなくなった。
たけるは一瞬驚いたがそれ以上の動揺はない。
さやかも同様だ。
まだ化け猫の怪奇話を怖がるような子供だとしてもさやかは忍びなのである。
仲間の首などは日常の光景なのだ。
『…くちなわ殿がやったのか…?』
『山吹の陣、初めて味わったが見事だな。
ただ…下忍と中忍のみで俺を討てると思うたか?』
『私ではない。私も父も、あなたに関して何も命じてはおりません』
『ではその首はなんとする?お前はその者に見覚えはないのか?』
『ある。山吹の下忍です』
『山吹の下忍中忍を用いて山吹陣を敷くなど、武双殿かお前にしか出来まい』
『確かにそうです。しかし我々ではない』
『ふん、手下が言っておったぞ。これは武双の命ではなく、新しい頭領の命令だと』
『私の?そんな馬鹿な。何の為に私がくちなわ殿を討たなければならないのです?』
『妻、かすみを殺し、師、みずちを殺し、後継者、うかを殺し、母、かがちを殺したるは十二組への裏切りなのであろうが』
『うか殿と…かがち様を?いつ!?どうして!?』
『芝居がすぎるわ』
何が起きた?
たけるは高速で回転を巡らせる。
しかし思い至る所は一つしかない。
懐に手をやったたけるを見て、くちなわが軽く身構える。
『やるか?』
しかしたけるが取り出したのは手ぬぐいであった。
それをさやかに渡す。
『その者…下忍の兵衛だ。連れて帰って弔ってやろう』
さやかはうなずいて兵衛の首を手ぬぐいに包んだ。
『山吹では下忍にも名があるのか。龍組ともなると格式が違うな』
『兵衛は…まだくちなわ殿の半分の年にもなっておらん。武芸はとんと苦手でしてな…』
『そのような者ばかり集めて俺を討てるつもりだったのか?甘くみたな』
『なぁくちなわ殿…これも一角衆の仕業だとは思えませぬか?我ら山吹には密かにあなたを討つ理由はない』
『ふん、大方、龍組の座を守る為に荊木を潰そうとしたのであろうよ。実力では我らに敵わぬゆえこのような方法でな。』
『くちなわ殿…』
たけるはゆっくり前へ出た。
『もし我らが本気であなたを討つつもりならば』
さらに前へ出る。
『下忍中忍に任せず頭領が…』
もう一歩前に出た。
くちなわとぶつからんばかりの距離だ。
たけるはくちなわの目を見てはっきりと宣言する。
『いや、私が直接行く』
その気迫にくちなわは押された。
たけるは悲しげに
『さやか、行こう』
と言うとくちなわの傍らを通り過ぎた。
後にさやかが続く。
少し離れてから、振り返りもせずたけるが言葉を発した。
『くちなわ殿』
くちなわは視線だけで振り返る。
『忍びが肩書きや地位にしがみついては身を滅ぼしますぞ』
そう言い残して山吹の兄妹はその場を去った。
くちなわはただ、憎しみの心に囚われていた。
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