2010-12-15(Wed)
小説・さやか見参!(41)
それまで命を賭してくちなわを追い詰めていた集団は、外側の陣を破られた途端に士気を失った。
と言うよりも、全員がまるで魂を抜かれたかのように立ち尽くしたのである。
それは、
陣を破られ脱出を許した時点で追跡を中止する
という断の命令通りの行動であった。
つまり、本気でくちなわを殺すつもりはなかったのである。
断はずかずかと立ち尽くす忍びの群れに入って行った。
それでも誰一人動こうとはしない。
『本当に大丈夫なのかい?なんだか薄っ気味悪いねぇ…』
そう言いながら封も入って来る。
追い付いた封の身体が断にぶつかった時、断が例の鈴を高々と掲げて
りん
と鳴らした。
その音は風に乗って意外に響く。
その鈴の音に、立ち尽くす全ての忍びがぴくりと反応した。
そして一瞬で断を取り巻いた。
『だん~、なんなのよこれ~』
封が情けない声をあげた。
『なぁに怖がってんだよおふう、このぐらいの人数ならおふう一人でも楽勝だろ?』
『勝ち負けの問題じゃないわよ。私は気味悪いのは好きじゃないんだってば』
『なぁに言ってんだか。一角で一番気味悪いのはおふうだってみんな知ってるぜ』
冗談めかして笑った断の右腕の肘辺りを封が掴んだ。
『あんた、肘から先、腐らせてやろうか?』
人差し指と親指にぐいと力を入れる。
封の顔は笑っていない。
断の顔からも笑みが消えて焦っている。
『じょ、冗談じゃねぇか、やめろって』
声を震わせてそう言うと封はようやく手を放した。
そのやり取りの間も山吹の忍び達はじっと立っている。
覆面から覗く彼らの目はまるで夢うつつの状態だ。
『とりあえず…』
断はそう言うともう一度、鈴を高く掲げて
りん
と鳴らした。
うつろな瞳に一瞬だけ生気が灯る。
『全員山吹の砦に戻れ。
そして俺の事も今の事も全部忘れちまえ。
これまで通り、頭領の武双と次期頭領のたけるに従うんだぞ。いいな。
それじゃ、散れ!』
その言葉を合図に、全員が一瞬で姿を消した。
同時に断と封も消えている。
後には無数の屍だけが残されて、湿った風に吹かれていた。
断と封が姿を消したのと同じ頃、谷を駆け降りたくちなわは前方から向かってくる者の気配を感じ足を止めた。
もやの中から二つの影が姿を現す。
山吹たけると妹さやかだ。
たけるはもやの向こうでくちなわの気配に気付いていた。
良かった。
無事でいてくれた。
そう思いながらくちなわの顔を見て、たけるは一瞬言葉を失った。
そして絞り出すように、
『くちなわ殿…か?』
とつぶやいた。
謀略と激戦の末に人の心を失ってしまった男の表情は、たけるをして驚愕させるほど変わり果ててしまっていたのである。
と言うよりも、全員がまるで魂を抜かれたかのように立ち尽くしたのである。
それは、
陣を破られ脱出を許した時点で追跡を中止する
という断の命令通りの行動であった。
つまり、本気でくちなわを殺すつもりはなかったのである。
断はずかずかと立ち尽くす忍びの群れに入って行った。
それでも誰一人動こうとはしない。
『本当に大丈夫なのかい?なんだか薄っ気味悪いねぇ…』
そう言いながら封も入って来る。
追い付いた封の身体が断にぶつかった時、断が例の鈴を高々と掲げて
りん
と鳴らした。
その音は風に乗って意外に響く。
その鈴の音に、立ち尽くす全ての忍びがぴくりと反応した。
そして一瞬で断を取り巻いた。
『だん~、なんなのよこれ~』
封が情けない声をあげた。
『なぁに怖がってんだよおふう、このぐらいの人数ならおふう一人でも楽勝だろ?』
『勝ち負けの問題じゃないわよ。私は気味悪いのは好きじゃないんだってば』
『なぁに言ってんだか。一角で一番気味悪いのはおふうだってみんな知ってるぜ』
冗談めかして笑った断の右腕の肘辺りを封が掴んだ。
『あんた、肘から先、腐らせてやろうか?』
人差し指と親指にぐいと力を入れる。
封の顔は笑っていない。
断の顔からも笑みが消えて焦っている。
『じょ、冗談じゃねぇか、やめろって』
声を震わせてそう言うと封はようやく手を放した。
そのやり取りの間も山吹の忍び達はじっと立っている。
覆面から覗く彼らの目はまるで夢うつつの状態だ。
『とりあえず…』
断はそう言うともう一度、鈴を高く掲げて
りん
と鳴らした。
うつろな瞳に一瞬だけ生気が灯る。
『全員山吹の砦に戻れ。
そして俺の事も今の事も全部忘れちまえ。
これまで通り、頭領の武双と次期頭領のたけるに従うんだぞ。いいな。
それじゃ、散れ!』
その言葉を合図に、全員が一瞬で姿を消した。
同時に断と封も消えている。
後には無数の屍だけが残されて、湿った風に吹かれていた。
断と封が姿を消したのと同じ頃、谷を駆け降りたくちなわは前方から向かってくる者の気配を感じ足を止めた。
もやの中から二つの影が姿を現す。
山吹たけると妹さやかだ。
たけるはもやの向こうでくちなわの気配に気付いていた。
良かった。
無事でいてくれた。
そう思いながらくちなわの顔を見て、たけるは一瞬言葉を失った。
そして絞り出すように、
『くちなわ殿…か?』
とつぶやいた。
謀略と激戦の末に人の心を失ってしまった男の表情は、たけるをして驚愕させるほど変わり果ててしまっていたのである。
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