2010-12-12(Sun)
小説・さやか見参!(36)
たけるは動かなかった。
さやかも動かなかった。
そして、片目の男もまた動かなかった。
ただ羽織りの子供達だけが、地面に這いつくばるようにして蛇の肉を平らげていた。
たけるはじっと男を見ている。
男はたけるの視線を気にする様子もなく、義眼を顔の空洞に押し込んでいる。
さやかは、
怯えていた。
蛇を食らう子供達にではない。
片目のない老人にでもない。
化け猫の祟りを恐れていたのだ。
その祟りによって生まれ落ちた悲劇の子供達は蛇肉を食らい尽くし、満足げにゴロゴロと転がり、あくびなどし始めた。
『…ねぇ、おじいちゃん?』
さやかが上目遣いに男を見て尋ねる。
『どうしたね?』
『その化け猫は死んだの?』
『死んだよ』
『じゃあもう化け猫はいないんだよね?』
老人はふふふと笑った。
『化け猫が怖いかね?』
『うん…』
『なぜ?』
『だって…』
さやかはちらと視線を逸らす。
その視線の先では化け猫の眷属が居眠りしている。
『残念だが…』
老人の声にさやかはハッとなる。
『化け猫はまだまだたくさんおる。
そして今もどこかで人に化け、人を操り、人を祟っておるだろうな』
さやかの表情が絶望に包まれる。
『もし今度会うたならば、また別の話を聞かせてやろう。
化け猫退治に出た姫様が化け猫の花嫁にされてしまった話とかな』
『…どうしてお姫様は化け猫のお嫁さんになったの…?…化け猫って悪いやつでしょ?
…それでお姫様は幸せなの…?』
『さぁて、幸せかどうかまでは分からんな。
幸せというのは人それぞれで違うものじゃ。
では物語は次の機にな』
そう言って男はにこやかにさやかの頭を撫でようとしたが、たけるが柔らかく割って入った。
『ご老人、良ければ最後に一つだけご教示いただけませんか?』
『なにかな?』
さやかを撫でようとした手を自然に引きながら答える。
『蛇というのは捕らえるになかなか骨が折れると、知人より聞いた事がありまして。
しかるに先ほどの大きな蛇、さぞやご苦労なさったのではないかと。
何やらこつのようなものがあるのですか?』
『妙な事を訊きなさる』
男はにやりと笑う。
義眼の深い闇が光る。
『蛇を捕らえるなど、実は簡単な事じゃ。
お若いの、おぬしは何ゆえ蛇が捕らえづらいと考える?』
『やはりあの動き、でしょうか。
あれほど勝手気ままに動かれては掴む事もままなりませぬゆえ』
『ふふん、そう思うであろう。だがな、勝手気ままに見える動きにも実は法則があるのよ。』
『ほう』
男が突然調子をつけた。
『頭押さえりゃ尻尾が逃げる、尻尾押さえりゃ頭が逃げる』
そしてまたにやりと笑って、
『尻尾を動かす為には頭を押さえれば良い。
頭を動かす為には頭を押さえようとすれば良い。
そうやって少しずつ追い込んでいけば良いのだ。
頭の方から、尻尾から、右から左から、
追い込み方で敵の逃げ方も決まってくる。
慣れてくれば好きな場所に追い込む事が出来るものよ。
餌や天敵も上手く利用してな。
さすれば蛇ごときを捕らえるなど容易い事…』
『なるほど…やはり熟練の技があるのですね…勉強になりました。ありがとうございます』
たけるは深々と頭を下げて、
『それではこれにて』
と木戸銭を払おうと懐に手を入れた。
『あぁ、そんなものは要らん要らん。ほんの暇つぶしの余興に過ぎんよ』
たけるは男の作り物めいた笑顔をしばらく見た。
『左様でございますか。では…』
と、もう一度頭を下げて踵を返した。
さやかもぺこっと頭を下げて兄に続こうとする。
『待たれい』
男が二人を呼び止めた。
『何でございましょう?』
『蛇を捕らえるは難しくないが、殺してしまうはもっと簡単ぞ』
『…と言いますと?』
『奴らは共食いするでな』
男はにこやかなままだ。
『…失礼します』
たけるは早足でその場を離れた。
さやかも焦って後を追う。
たけるは歩きながら思っていた。
『なるほど、あれが一角衆か』
その脳裏には、恐らく奴らに頭から尻尾から追い込まれているであろう男の顔が浮かんでいた。
『…くちなわ殿…!』
たけるは走り出していた。
さやかも動かなかった。
そして、片目の男もまた動かなかった。
ただ羽織りの子供達だけが、地面に這いつくばるようにして蛇の肉を平らげていた。
たけるはじっと男を見ている。
男はたけるの視線を気にする様子もなく、義眼を顔の空洞に押し込んでいる。
さやかは、
怯えていた。
蛇を食らう子供達にではない。
片目のない老人にでもない。
化け猫の祟りを恐れていたのだ。
その祟りによって生まれ落ちた悲劇の子供達は蛇肉を食らい尽くし、満足げにゴロゴロと転がり、あくびなどし始めた。
『…ねぇ、おじいちゃん?』
さやかが上目遣いに男を見て尋ねる。
『どうしたね?』
『その化け猫は死んだの?』
『死んだよ』
『じゃあもう化け猫はいないんだよね?』
老人はふふふと笑った。
『化け猫が怖いかね?』
『うん…』
『なぜ?』
『だって…』
さやかはちらと視線を逸らす。
その視線の先では化け猫の眷属が居眠りしている。
『残念だが…』
老人の声にさやかはハッとなる。
『化け猫はまだまだたくさんおる。
そして今もどこかで人に化け、人を操り、人を祟っておるだろうな』
さやかの表情が絶望に包まれる。
『もし今度会うたならば、また別の話を聞かせてやろう。
化け猫退治に出た姫様が化け猫の花嫁にされてしまった話とかな』
『…どうしてお姫様は化け猫のお嫁さんになったの…?…化け猫って悪いやつでしょ?
…それでお姫様は幸せなの…?』
『さぁて、幸せかどうかまでは分からんな。
幸せというのは人それぞれで違うものじゃ。
では物語は次の機にな』
そう言って男はにこやかにさやかの頭を撫でようとしたが、たけるが柔らかく割って入った。
『ご老人、良ければ最後に一つだけご教示いただけませんか?』
『なにかな?』
さやかを撫でようとした手を自然に引きながら答える。
『蛇というのは捕らえるになかなか骨が折れると、知人より聞いた事がありまして。
しかるに先ほどの大きな蛇、さぞやご苦労なさったのではないかと。
何やらこつのようなものがあるのですか?』
『妙な事を訊きなさる』
男はにやりと笑う。
義眼の深い闇が光る。
『蛇を捕らえるなど、実は簡単な事じゃ。
お若いの、おぬしは何ゆえ蛇が捕らえづらいと考える?』
『やはりあの動き、でしょうか。
あれほど勝手気ままに動かれては掴む事もままなりませぬゆえ』
『ふふん、そう思うであろう。だがな、勝手気ままに見える動きにも実は法則があるのよ。』
『ほう』
男が突然調子をつけた。
『頭押さえりゃ尻尾が逃げる、尻尾押さえりゃ頭が逃げる』
そしてまたにやりと笑って、
『尻尾を動かす為には頭を押さえれば良い。
頭を動かす為には頭を押さえようとすれば良い。
そうやって少しずつ追い込んでいけば良いのだ。
頭の方から、尻尾から、右から左から、
追い込み方で敵の逃げ方も決まってくる。
慣れてくれば好きな場所に追い込む事が出来るものよ。
餌や天敵も上手く利用してな。
さすれば蛇ごときを捕らえるなど容易い事…』
『なるほど…やはり熟練の技があるのですね…勉強になりました。ありがとうございます』
たけるは深々と頭を下げて、
『それではこれにて』
と木戸銭を払おうと懐に手を入れた。
『あぁ、そんなものは要らん要らん。ほんの暇つぶしの余興に過ぎんよ』
たけるは男の作り物めいた笑顔をしばらく見た。
『左様でございますか。では…』
と、もう一度頭を下げて踵を返した。
さやかもぺこっと頭を下げて兄に続こうとする。
『待たれい』
男が二人を呼び止めた。
『何でございましょう?』
『蛇を捕らえるは難しくないが、殺してしまうはもっと簡単ぞ』
『…と言いますと?』
『奴らは共食いするでな』
男はにこやかなままだ。
『…失礼します』
たけるは早足でその場を離れた。
さやかも焦って後を追う。
たけるは歩きながら思っていた。
『なるほど、あれが一角衆か』
その脳裏には、恐らく奴らに頭から尻尾から追い込まれているであろう男の顔が浮かんでいた。
『…くちなわ殿…!』
たけるは走り出していた。
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