2010-12-10(Fri)
小説・さやか見参!(32)
さやかは人の波をすいすいかわしながら、出店や披露されている芸事を見て回った。
そしてたけるに一つ一つ質問する。
『お兄ちゃん!あの石、きらきらして綺麗!』
『あれはね、飴っていう食べ物だよ。とっても甘いお菓子なんだ』
『甘い?甘いってどんな味?』
この時代、しかも忍びの里で甘い物を口にする機会など滅多にない。
さやかが『甘い』と言われて分からぬのも無理はなかった。
たけるはその出店で飴を買った。
砂糖を溶かして固めただけの簡単なものだったが、砂糖が希少なのでそれなりに値が張る。
さやかはたけるに勧められて一つをつまんだ。
好奇心で輝いていた顔が少し曇って、
『な、なんだかベトベトするんだね』
と不安げに笑った。
しかし味わってみると気に入ったようで、
『あごがじーんとする』
と、よく分からない感想を言ってから、
『すごいね!すごいね!甘いって美味しいね!』
とはしゃいだ。
薬売りの口上について訊かれた時は、説明するのに骨が折れた。
薬とは怪我人や病人が必要に迫られて求める物ではないのか。
それを売る側が、何故ああして長々と講釈しなければいけないのか。
そんな根本的な所にさやかが疑問を持つからである。
それをひとしきり説明したら今度は口上が芸として成り立っているという事を納得させなければならない。
観衆の気を引く話題を交えながら弁舌さわやかにすらすらと語って聴かせ、最終的に購買意欲を刺激するというのがいかに難儀か、幼子に理解させるのは難しい。
しかも、言の葉を術として扱う忍びの世界では、すらすらと相手を話に引き込むなど出来て当たり前なれば、それが常人の世界で芸として認められている事に合点はいくまい。
さやかにはまだ、忍びの世界と一般の世界の境界が曖昧なのだ。
『これではまだ任務には出せないな…』
たけるは内心そう思って笑った。
だが、出来ればその方が良い。
妹を危険な任務に出さずとも済む平和な世の中になってくれぬものか…
そんな事を考えていると、さやかが前の店に向かって走った。
色とりどりの華やかな出店だ。
見とれているさやかの後ろからたけるも覗き込む。
『ねぇお兄ちゃん!これ欲しい!』
色とりどりの正体は赤や青や黄の綺麗な紙だった。
『帰ったらお兄ちゃんと色々作って遊びたい!』
雨で外に出れない日、たけるは紙を折ってさやかと遊ぶ事があった。
鶴や蛙などの動物や鞠、手裏剣を作ってみせてはさやかにも折り方を教えた。
たけるの指がなめらかに動き、平面だった紙が素早く変形して色んな形を作る。
さやかはその不思議な光景が好きだったのだ。
たけるは数十枚の束を買い、丸めてさやかに持たせた。
これだけあればしばらくは遊ぶに困らぬ。
たけるもさやかもにこにこと楽しそうに歩いている。
出店の列が途切れた。
目前に鳥居が迫っている。
『お店は終わり?』
『あぁ。全部見終わったみたいだな。お参りして帰るか』
鳥居に近付くとまばらに人だかりが出来ていた。
店ではないようだ。
大道芸の類かもしれぬ。
なにやら軽やかな口上も聞こえる。
近付いて人の隙間から見ると、二人の子供が軽業を披露していた。
男の子のようだ。
白い羽織りと赤い羽織りの二人組。
年齢はさやかとさほど変わるまい。
上半身裸に羽織りという変わった風体で華麗に宙を回っている。
自分も身軽さが身上の忍びという事も忘れてさやかが
『すごぉいっ!』
と感嘆の声を洩らした。
たけるは口上の主を見る。
傍らに立って、良く通る声で子供達の出自を語る男。
表情は穏やか。
父、武双よりも年上かもしれぬ。
好好爺、といった印象だ。
だが、男の右眼が放つ異様な光がたけるは気になっていた。
そしてたけるに一つ一つ質問する。
『お兄ちゃん!あの石、きらきらして綺麗!』
『あれはね、飴っていう食べ物だよ。とっても甘いお菓子なんだ』
『甘い?甘いってどんな味?』
この時代、しかも忍びの里で甘い物を口にする機会など滅多にない。
さやかが『甘い』と言われて分からぬのも無理はなかった。
たけるはその出店で飴を買った。
砂糖を溶かして固めただけの簡単なものだったが、砂糖が希少なのでそれなりに値が張る。
さやかはたけるに勧められて一つをつまんだ。
好奇心で輝いていた顔が少し曇って、
『な、なんだかベトベトするんだね』
と不安げに笑った。
しかし味わってみると気に入ったようで、
『あごがじーんとする』
と、よく分からない感想を言ってから、
『すごいね!すごいね!甘いって美味しいね!』
とはしゃいだ。
薬売りの口上について訊かれた時は、説明するのに骨が折れた。
薬とは怪我人や病人が必要に迫られて求める物ではないのか。
それを売る側が、何故ああして長々と講釈しなければいけないのか。
そんな根本的な所にさやかが疑問を持つからである。
それをひとしきり説明したら今度は口上が芸として成り立っているという事を納得させなければならない。
観衆の気を引く話題を交えながら弁舌さわやかにすらすらと語って聴かせ、最終的に購買意欲を刺激するというのがいかに難儀か、幼子に理解させるのは難しい。
しかも、言の葉を術として扱う忍びの世界では、すらすらと相手を話に引き込むなど出来て当たり前なれば、それが常人の世界で芸として認められている事に合点はいくまい。
さやかにはまだ、忍びの世界と一般の世界の境界が曖昧なのだ。
『これではまだ任務には出せないな…』
たけるは内心そう思って笑った。
だが、出来ればその方が良い。
妹を危険な任務に出さずとも済む平和な世の中になってくれぬものか…
そんな事を考えていると、さやかが前の店に向かって走った。
色とりどりの華やかな出店だ。
見とれているさやかの後ろからたけるも覗き込む。
『ねぇお兄ちゃん!これ欲しい!』
色とりどりの正体は赤や青や黄の綺麗な紙だった。
『帰ったらお兄ちゃんと色々作って遊びたい!』
雨で外に出れない日、たけるは紙を折ってさやかと遊ぶ事があった。
鶴や蛙などの動物や鞠、手裏剣を作ってみせてはさやかにも折り方を教えた。
たけるの指がなめらかに動き、平面だった紙が素早く変形して色んな形を作る。
さやかはその不思議な光景が好きだったのだ。
たけるは数十枚の束を買い、丸めてさやかに持たせた。
これだけあればしばらくは遊ぶに困らぬ。
たけるもさやかもにこにこと楽しそうに歩いている。
出店の列が途切れた。
目前に鳥居が迫っている。
『お店は終わり?』
『あぁ。全部見終わったみたいだな。お参りして帰るか』
鳥居に近付くとまばらに人だかりが出来ていた。
店ではないようだ。
大道芸の類かもしれぬ。
なにやら軽やかな口上も聞こえる。
近付いて人の隙間から見ると、二人の子供が軽業を披露していた。
男の子のようだ。
白い羽織りと赤い羽織りの二人組。
年齢はさやかとさほど変わるまい。
上半身裸に羽織りという変わった風体で華麗に宙を回っている。
自分も身軽さが身上の忍びという事も忘れてさやかが
『すごぉいっ!』
と感嘆の声を洩らした。
たけるは口上の主を見る。
傍らに立って、良く通る声で子供達の出自を語る男。
表情は穏やか。
父、武双よりも年上かもしれぬ。
好好爺、といった印象だ。
だが、男の右眼が放つ異様な光がたけるは気になっていた。
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