2010-12-09(Thu)
小説・さやか見参!(30)
山吹たけると妹、さやかは久方ぶりに山を降りた。
『これから所用で街に行くけどさやかも来るか?』
たけるがそう訊いてきたのは、朝の修行を終えたさやかが屋敷に戻ってすぐであった。
大好きな兄の誘いだ。
さやかに断る理由はない。
『行く行く~っ!わ~い♪お兄ちゃんとお出かけだぁっ♪』
こうして二人は街に向かった。
忍びとして走ればあっという間の距離だが、人目のある場所ではそうもいかぬし今回は特に急ぎでもなかったのでたけるはのんびりと歩いている。
隣りを歩くさやかは終始にこやかだ。
たけると歩くのがよっぽど嬉しいのだろう。
左右で結んだ髪を揺らして、楽しげにおしゃべりしながら歩いている。
こうして見ていると、この子が忍びである事を忘れそうだ、とたけるは思う。
普段の忍び装束ではないのも理由の一つかもしれない。
さやかは浴衣とも甚平とも言えぬような着物である。
動きにくいのが嫌いなさやかはしっかりした着物を好まない。
生地は薄く、袖と裾は短く、それがさやかのこだわりであった。
色はやはり桜色で、所々に澄んだ空の色が入って、その色合いがどうにか女の子らしさを保っている。
大小に彩られた山吹の文様も華やかさに一役買っていた。
その着物の下には、身体にぴたりと張り付く黒い襦袢(?)が見える。
いかに幼いとはいえ女の子が腕や脚を晒すのはどうかと考えたたけるが作ったものだ。
若干窮屈かもしれないが、伸縮性に優れているので動きの邪魔にはならない。
さやかも本来なら拒みそうなものだが、
『たけるが自分の為に作ってくれた』
という事が嬉しくて、嫌がらずに着用している。
昼を過ぎて街に着いた。
思わずさやかが
『わぁっ』
と声をあげた。
街は祭りの最中だったのだ。
行き交う人、人、人、
歓声、怒号、楽しげな騒々しさ、
路端に並ぶ出店、
祭りを目にした事のないさやかにとっては初めて目にするものばかりであった。
『お兄ちゃんお兄ちゃん!なに!?これ!!なにがあってるの!?』
『これはな、お祭りといって、おめでたい事をみんなでお祝いしてるんだよ』
『へぇ~っ!おまつりかぁ!なんだか楽しい!』
内容は分からずとも楽しげな雰囲気は伝わるらしい。
『あ…でも、お兄ちゃんのご用で来たんだよね。おまつりにご用があったの?』
それを聞いて、たけるは酷く真剣な顔をした。
普段見ぬ兄の顔に、さやかが少々怖じ気づく。
たけるは真顔のまま片膝をつき、さやかの目線に並んだ。
『実はな、俺はさやかに言わなきゃならない事がある』
『え…』
深刻な語り口にさやかの表情も曇る。
『実はな…俺がここに来た用事というのは…』
たけるがさやかの目をまっすぐに見る。
さやかは不安で目を逸らしたい衝動に駆られるが、それでもしっかりと兄を見返す。
『本当は…』
と、突然たけるの顔がくしゃくしゃの笑顔になった。
『本当は用事なんてな~~んにもないのさ!』
あまりの豹変ぶりに流石のさやかも呆気に取られた。
一拍置いてから驚く。
『え~~~っ!?』
『あはははは!その顔が見たかったんだ。
本当は用事なんて何もなくて、さやかとお祭りで遊ぼうと思って来ただけなんだ!』
さやかはしばらくぽか~んとしていたが、段々と怒りや悔しさが込み上げてきたらしく、眉間にしわを寄せ涙を浮かべた。
『お兄ちゃんひどい!わたしの事だました!』
『ごめんごめん!さやかをびっくりさせたかったんだよ!』
『やだ!ぜ~ったい許さない!』
さやかに追われてたけるが笑顔で逃げる。
たけるはさやかに、世の中の楽しい事をたくさん知ってほしかった。
くちなわとかすみの事件で里にはどんよりとした空気が流れている。
山吹の頭領、武双が言うように一角衆が関わってきているなら、今後は何が起こるか分からない。
これからはさやかにもツラい現実が押し寄せるだろう。
さやかの豊かな感情が現実のツラさに押し潰されないように、今の内に現実の楽しさを教えておきたかったのだ。
『これから所用で街に行くけどさやかも来るか?』
たけるがそう訊いてきたのは、朝の修行を終えたさやかが屋敷に戻ってすぐであった。
大好きな兄の誘いだ。
さやかに断る理由はない。
『行く行く~っ!わ~い♪お兄ちゃんとお出かけだぁっ♪』
こうして二人は街に向かった。
忍びとして走ればあっという間の距離だが、人目のある場所ではそうもいかぬし今回は特に急ぎでもなかったのでたけるはのんびりと歩いている。
隣りを歩くさやかは終始にこやかだ。
たけると歩くのがよっぽど嬉しいのだろう。
左右で結んだ髪を揺らして、楽しげにおしゃべりしながら歩いている。
こうして見ていると、この子が忍びである事を忘れそうだ、とたけるは思う。
普段の忍び装束ではないのも理由の一つかもしれない。
さやかは浴衣とも甚平とも言えぬような着物である。
動きにくいのが嫌いなさやかはしっかりした着物を好まない。
生地は薄く、袖と裾は短く、それがさやかのこだわりであった。
色はやはり桜色で、所々に澄んだ空の色が入って、その色合いがどうにか女の子らしさを保っている。
大小に彩られた山吹の文様も華やかさに一役買っていた。
その着物の下には、身体にぴたりと張り付く黒い襦袢(?)が見える。
いかに幼いとはいえ女の子が腕や脚を晒すのはどうかと考えたたけるが作ったものだ。
若干窮屈かもしれないが、伸縮性に優れているので動きの邪魔にはならない。
さやかも本来なら拒みそうなものだが、
『たけるが自分の為に作ってくれた』
という事が嬉しくて、嫌がらずに着用している。
昼を過ぎて街に着いた。
思わずさやかが
『わぁっ』
と声をあげた。
街は祭りの最中だったのだ。
行き交う人、人、人、
歓声、怒号、楽しげな騒々しさ、
路端に並ぶ出店、
祭りを目にした事のないさやかにとっては初めて目にするものばかりであった。
『お兄ちゃんお兄ちゃん!なに!?これ!!なにがあってるの!?』
『これはな、お祭りといって、おめでたい事をみんなでお祝いしてるんだよ』
『へぇ~っ!おまつりかぁ!なんだか楽しい!』
内容は分からずとも楽しげな雰囲気は伝わるらしい。
『あ…でも、お兄ちゃんのご用で来たんだよね。おまつりにご用があったの?』
それを聞いて、たけるは酷く真剣な顔をした。
普段見ぬ兄の顔に、さやかが少々怖じ気づく。
たけるは真顔のまま片膝をつき、さやかの目線に並んだ。
『実はな、俺はさやかに言わなきゃならない事がある』
『え…』
深刻な語り口にさやかの表情も曇る。
『実はな…俺がここに来た用事というのは…』
たけるがさやかの目をまっすぐに見る。
さやかは不安で目を逸らしたい衝動に駆られるが、それでもしっかりと兄を見返す。
『本当は…』
と、突然たけるの顔がくしゃくしゃの笑顔になった。
『本当は用事なんてな~~んにもないのさ!』
あまりの豹変ぶりに流石のさやかも呆気に取られた。
一拍置いてから驚く。
『え~~~っ!?』
『あはははは!その顔が見たかったんだ。
本当は用事なんて何もなくて、さやかとお祭りで遊ぼうと思って来ただけなんだ!』
さやかはしばらくぽか~んとしていたが、段々と怒りや悔しさが込み上げてきたらしく、眉間にしわを寄せ涙を浮かべた。
『お兄ちゃんひどい!わたしの事だました!』
『ごめんごめん!さやかをびっくりさせたかったんだよ!』
『やだ!ぜ~ったい許さない!』
さやかに追われてたけるが笑顔で逃げる。
たけるはさやかに、世の中の楽しい事をたくさん知ってほしかった。
くちなわとかすみの事件で里にはどんよりとした空気が流れている。
山吹の頭領、武双が言うように一角衆が関わってきているなら、今後は何が起こるか分からない。
これからはさやかにもツラい現実が押し寄せるだろう。
さやかの豊かな感情が現実のツラさに押し潰されないように、今の内に現実の楽しさを教えておきたかったのだ。
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