2010-11-30(Tue)
小説・さやか見参!(19)
雷牙が真顔に戻ってたけるに訊く。
『くちなわ殿…あれからどうしているだろうか…』
『あぁ。俺も気にはなるが…今は誰とも会いたくはないかと思ってな。
特に俺とは』
『一体なにがあったのだろうなぁ…』
くちなわは、かすみとのやりとりを誰にも明かさなかった。
真相を知るミズチはもはや言葉を発する事が出来なくなっていたから、何が起きていたのか今や誰にも分からぬ。
『くちなわ殿が理由もなく奥方を斬るわけもないし…』
雷牙はくちなわとかすみを思い出す。
『俺はけっこう好きだったんだがな、あの夫婦。…まぁくちなわ殿はいけすかないとしても、かすみ殿を愛していたのは分かる…』
雷牙は寂しそうな顔をした。
『あの偏屈が…女房には心を許してたわけだろ…それを斬った時の気持ちってなぁ…どんなもんだろうかね…』
たけるが口を開いた。
『うちの頭領が…』
雷牙がたけるの顔を見る。
たけるは遠くを見ながら独り言のように語っている。
『あの日親父は、ミズチ様とお会いする約束があって荊木に向かっていたんだ。
くちなわ殿の住まいの前で異変に気付いて…
戸を開けるとちょうど、かすみ殿が斬られた後だったらしい。
』
たけるは目を細めて、悲しそうな顔をした。
『くちなわ殿はな、もう動かないかすみ殿のそばに座って、かすみ殿の髪を、冷たくなった頬を、撫でていたそうだ。』
思い浮かぶその情景が雷牙の胸をえぐる。
『寂しいような穏やかな顔で、自ら裂いたのどを、指のない手を、ずっと撫でていたそうだよ。
ただ黙って…』
雷牙の目に涙が浮かんでいた。
この男も非情に徹しきれぬ忍びなのだ。
たけるが続ける。
『俺は妻がいないからな、妹に置き換えて考えてみるんだ。
もし、もし仮に将来、俺がさやかを斬らねばならなくなったとして…』
『待て、そんな事はないだろう』
『例え話だよ。
たとえばさやかが敵に回って、俺がさやかを斬ったとしよう』
『うむ…』
『そんな事を想像するとな、浮かぶんだよ、頭の中に。
手をつないだ感触とか、笑った顔、怒った顔、泣いた顔、俺を呼ぶ声、何気ない言葉、あいつが俺に花を摘んできてくれた時の事とか…
そんな事が次々と浮かぶんだ。
実際にさやかを斬った後にそれを思い出したら…
俺は正気じゃいられないかもしれない…』
『では…くちなわ殿も…』
『早く立ち直ってくれるといいが…壊れてしまう前に…』
だが、たけるの心配をあざ笑うように、くちなわを破滅に導く企ては着々と進められていた。
『くちなわ殿…あれからどうしているだろうか…』
『あぁ。俺も気にはなるが…今は誰とも会いたくはないかと思ってな。
特に俺とは』
『一体なにがあったのだろうなぁ…』
くちなわは、かすみとのやりとりを誰にも明かさなかった。
真相を知るミズチはもはや言葉を発する事が出来なくなっていたから、何が起きていたのか今や誰にも分からぬ。
『くちなわ殿が理由もなく奥方を斬るわけもないし…』
雷牙はくちなわとかすみを思い出す。
『俺はけっこう好きだったんだがな、あの夫婦。…まぁくちなわ殿はいけすかないとしても、かすみ殿を愛していたのは分かる…』
雷牙は寂しそうな顔をした。
『あの偏屈が…女房には心を許してたわけだろ…それを斬った時の気持ちってなぁ…どんなもんだろうかね…』
たけるが口を開いた。
『うちの頭領が…』
雷牙がたけるの顔を見る。
たけるは遠くを見ながら独り言のように語っている。
『あの日親父は、ミズチ様とお会いする約束があって荊木に向かっていたんだ。
くちなわ殿の住まいの前で異変に気付いて…
戸を開けるとちょうど、かすみ殿が斬られた後だったらしい。
』
たけるは目を細めて、悲しそうな顔をした。
『くちなわ殿はな、もう動かないかすみ殿のそばに座って、かすみ殿の髪を、冷たくなった頬を、撫でていたそうだ。』
思い浮かぶその情景が雷牙の胸をえぐる。
『寂しいような穏やかな顔で、自ら裂いたのどを、指のない手を、ずっと撫でていたそうだよ。
ただ黙って…』
雷牙の目に涙が浮かんでいた。
この男も非情に徹しきれぬ忍びなのだ。
たけるが続ける。
『俺は妻がいないからな、妹に置き換えて考えてみるんだ。
もし、もし仮に将来、俺がさやかを斬らねばならなくなったとして…』
『待て、そんな事はないだろう』
『例え話だよ。
たとえばさやかが敵に回って、俺がさやかを斬ったとしよう』
『うむ…』
『そんな事を想像するとな、浮かぶんだよ、頭の中に。
手をつないだ感触とか、笑った顔、怒った顔、泣いた顔、俺を呼ぶ声、何気ない言葉、あいつが俺に花を摘んできてくれた時の事とか…
そんな事が次々と浮かぶんだ。
実際にさやかを斬った後にそれを思い出したら…
俺は正気じゃいられないかもしれない…』
『では…くちなわ殿も…』
『早く立ち直ってくれるといいが…壊れてしまう前に…』
だが、たけるの心配をあざ笑うように、くちなわを破滅に導く企ては着々と進められていた。
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