2010-11-26(Fri)
小説・さやか見参!(14)
『かすみ、とにかく座ってくれ』
穏やかながらも威圧するようなくちなわの声に、かすみは板の間に上がり座った。
くちなわもその向かいに腰をおろす。
微妙な距離だ。
めおとの距離ではないように思う。
くちなわは微笑んで、しかし一言も発さずにかすみを見つめている。
かすみは目に見えぬ槍に射貫かれたような錯覚を覚えて顔を背けそうになった。
『…おまえさん…?』
『喋らずとも良い』
かすみの言葉をくちなわは即制した。
『ただ、黙ってそこに座っていてくれぬか』
そう言われてはかすみも黙るしかない。
その困ったような、戸惑ったようなかすみの表情を見てくちなわは思う。
愛しい。
敵かもしれぬ、
裏切り者かもしれぬこの女を、自分はまだ愛しいと感じてしまうのか。
まっすぐに見つめる瞳、
小首をかしげる仕草、
膝の上で重ねられた細い手…
全てくちなわが愛してきた妻のままだ。
もしもこの女が敵であったなら…
いや、そうであって欲しくはない…
その逡巡がくちなわの表情を、泣きそうな、しかし嬉しそうなものにしていた。
微妙な距離を保ち、互いに複雑な表情で黙って見つめ合う二人…
いずれにしてもこれは、めおとが終わる瞬間の光景ではないだろうか。
耐えきれずくちなわが口を開く。
『いやぁ、なかなか骨が折れた。
獣や鳥どもの巣を探すのに手間取ってな。
そこらを走り回ってくれれば仕留めるのは容易いが、巣に潜んでおるものもいるからな。』
かすみは黙って聴くしかない。
『それにしても更に苦労するのは魚どもだ。
日中なら何と言う事もなかろうが、いかんせん夜の事。
水の中は見えづろうてな。
ミズチ様ならば水中の闇といえど自由自在…まだまだ俺も修行が足らん…
あの池が深うないのが救いであったわ。はっはっは』
一見軽口に聞こえるが、この一言一言が、じわりじわりとかすみを追い詰めていた。
腰を浮かせようとするかすみをくちなわが黙ったまま片手で制する。
かすみが腰をおろす。
『とは言え、鳥や獣どもはまた増えるのであろうな。
どこからともなく飛んできてこの山に巣くう。
別の巣を離れ、この地に棲み付く…』
そのままくちなわは黙った。
かすみも黙った。
長い、長い時が流れた。
そして―
永遠にも思える沈黙の果てに、
また鳥が鳴いた。
穏やかながらも威圧するようなくちなわの声に、かすみは板の間に上がり座った。
くちなわもその向かいに腰をおろす。
微妙な距離だ。
めおとの距離ではないように思う。
くちなわは微笑んで、しかし一言も発さずにかすみを見つめている。
かすみは目に見えぬ槍に射貫かれたような錯覚を覚えて顔を背けそうになった。
『…おまえさん…?』
『喋らずとも良い』
かすみの言葉をくちなわは即制した。
『ただ、黙ってそこに座っていてくれぬか』
そう言われてはかすみも黙るしかない。
その困ったような、戸惑ったようなかすみの表情を見てくちなわは思う。
愛しい。
敵かもしれぬ、
裏切り者かもしれぬこの女を、自分はまだ愛しいと感じてしまうのか。
まっすぐに見つめる瞳、
小首をかしげる仕草、
膝の上で重ねられた細い手…
全てくちなわが愛してきた妻のままだ。
もしもこの女が敵であったなら…
いや、そうであって欲しくはない…
その逡巡がくちなわの表情を、泣きそうな、しかし嬉しそうなものにしていた。
微妙な距離を保ち、互いに複雑な表情で黙って見つめ合う二人…
いずれにしてもこれは、めおとが終わる瞬間の光景ではないだろうか。
耐えきれずくちなわが口を開く。
『いやぁ、なかなか骨が折れた。
獣や鳥どもの巣を探すのに手間取ってな。
そこらを走り回ってくれれば仕留めるのは容易いが、巣に潜んでおるものもいるからな。』
かすみは黙って聴くしかない。
『それにしても更に苦労するのは魚どもだ。
日中なら何と言う事もなかろうが、いかんせん夜の事。
水の中は見えづろうてな。
ミズチ様ならば水中の闇といえど自由自在…まだまだ俺も修行が足らん…
あの池が深うないのが救いであったわ。はっはっは』
一見軽口に聞こえるが、この一言一言が、じわりじわりとかすみを追い詰めていた。
腰を浮かせようとするかすみをくちなわが黙ったまま片手で制する。
かすみが腰をおろす。
『とは言え、鳥や獣どもはまた増えるのであろうな。
どこからともなく飛んできてこの山に巣くう。
別の巣を離れ、この地に棲み付く…』
そのままくちなわは黙った。
かすみも黙った。
長い、長い時が流れた。
そして―
永遠にも思える沈黙の果てに、
また鳥が鳴いた。
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