2016-09-20(Tue)
小説・さやか見参!(277)
それまで談笑していた庚申教信者達の声がぴたりと止まった。
さやかと心太郎が目を向けると、信者達の前に作務衣姿の老人がゆっくりと近付いているのが見えた。
『えっ!?いつの間に!?』
さやか達は決して気を抜いていたわけではない。
むしろ神経を研ぎ澄まし周囲の気配を探っていたのだ。
それなのに姿を現すまで気付けなかった。
いや、さやかと心太郎が気付いたのは老人の気配を察知したからではない。
老人に気付いた信者達に動きがあったからだ。
つまり二人は最後まで老人の気配に気付かないままだったのである。
老人が只者でない事は明白だった。
『あれが教祖なのかしら』
さやかと心太郎は距離を詰めずに様子を伺う事にした。
忍びに気配を読ませぬほどの男なら警戒しないわけにはいかない。
信者達は老人に頭を下げた。
畏まった風ではなく、そこには親しみのようなものが感じられる。
老人が口を開く。
『今日も大変だったね』
ねぎらいの言葉に一同が笑顔で応えた。
『月に一度、皆がこうして庚申の山に向かい手を合わせる事で御猫様の御慈悲をいただけるのです。もともとは人に仇なしていた御猫様がこうして安寧にしていられるのだから皆の祈りの力がいかほどのものか、きっと感じてもらえているね』
そこからはしばらく老人の柔らかい声がするばかりだった。
薄暗くなった森の中で説法のような世間話のような話が続いた。
男の話術は実に巧みで、見事に聞き手を引き込み、笑わせ、そして教えを説いた。
(あの男、忍びかもしれない)
さやかはそう思った。
先ほどの気配の消し方といいこの話術といい、さやかには非常に馴染み深いものに感じられたのだ。
『さて、もう暗くなるからそろそろお開きにしようか』
老人がぽんと手を打った。
信者達が姿勢を整える。
最後に挨拶をして集会が終わるのだろう。
(何も起きなかったわね)
さやかが小声で心太郎に告げる。
まぁ一般の信者達が参加する集会で何かが分かるとも思っていなかったので教祖とおぼしき男に出会えただけでも収穫はあった。
後は老人を追跡し庚申教の中心に近付くだけである。
さやかがそう考えていると
『そうそう、最後に』
と老人の声が響いた。
『御猫様は皆を守って下さるありがたい存在だが、決して信心を忘れてはいけないよ。皆も知っての通り御猫様は元は恐ろしい化け猫だったからね。開祖が調伏する前の御猫様は人間を喰らい大蛇を喰らっていたんだよ』
信者達は神妙な顔でそれを聞いている。
老人はゆっくりと袂に手を入れ、
『今の御猫様は大蛇どころか』
宵闇に鈍く光る鈴を取り出し
『龍さえ喰らう事が出来るんだよ』
さっきまでと違う低い声でそう言って、鈴をりんと鳴らした。
鈴の音は森に響き渡り、信者達は全員身体を硬直させた。
森の中には一瞬で不吉な気配が漂った。
『さぁお前達も、こざかしい龍を屠っておいで』
そう言われて信者達は一斉にさやかと心太郎の方を見た。
老人も二人の方に顔を向ける。
今まで見えなかったその右目には、なぜか闇が宿っているように見えた。
さやかと心太郎が目を向けると、信者達の前に作務衣姿の老人がゆっくりと近付いているのが見えた。
『えっ!?いつの間に!?』
さやか達は決して気を抜いていたわけではない。
むしろ神経を研ぎ澄まし周囲の気配を探っていたのだ。
それなのに姿を現すまで気付けなかった。
いや、さやかと心太郎が気付いたのは老人の気配を察知したからではない。
老人に気付いた信者達に動きがあったからだ。
つまり二人は最後まで老人の気配に気付かないままだったのである。
老人が只者でない事は明白だった。
『あれが教祖なのかしら』
さやかと心太郎は距離を詰めずに様子を伺う事にした。
忍びに気配を読ませぬほどの男なら警戒しないわけにはいかない。
信者達は老人に頭を下げた。
畏まった風ではなく、そこには親しみのようなものが感じられる。
老人が口を開く。
『今日も大変だったね』
ねぎらいの言葉に一同が笑顔で応えた。
『月に一度、皆がこうして庚申の山に向かい手を合わせる事で御猫様の御慈悲をいただけるのです。もともとは人に仇なしていた御猫様がこうして安寧にしていられるのだから皆の祈りの力がいかほどのものか、きっと感じてもらえているね』
そこからはしばらく老人の柔らかい声がするばかりだった。
薄暗くなった森の中で説法のような世間話のような話が続いた。
男の話術は実に巧みで、見事に聞き手を引き込み、笑わせ、そして教えを説いた。
(あの男、忍びかもしれない)
さやかはそう思った。
先ほどの気配の消し方といいこの話術といい、さやかには非常に馴染み深いものに感じられたのだ。
『さて、もう暗くなるからそろそろお開きにしようか』
老人がぽんと手を打った。
信者達が姿勢を整える。
最後に挨拶をして集会が終わるのだろう。
(何も起きなかったわね)
さやかが小声で心太郎に告げる。
まぁ一般の信者達が参加する集会で何かが分かるとも思っていなかったので教祖とおぼしき男に出会えただけでも収穫はあった。
後は老人を追跡し庚申教の中心に近付くだけである。
さやかがそう考えていると
『そうそう、最後に』
と老人の声が響いた。
『御猫様は皆を守って下さるありがたい存在だが、決して信心を忘れてはいけないよ。皆も知っての通り御猫様は元は恐ろしい化け猫だったからね。開祖が調伏する前の御猫様は人間を喰らい大蛇を喰らっていたんだよ』
信者達は神妙な顔でそれを聞いている。
老人はゆっくりと袂に手を入れ、
『今の御猫様は大蛇どころか』
宵闇に鈍く光る鈴を取り出し
『龍さえ喰らう事が出来るんだよ』
さっきまでと違う低い声でそう言って、鈴をりんと鳴らした。
鈴の音は森に響き渡り、信者達は全員身体を硬直させた。
森の中には一瞬で不吉な気配が漂った。
『さぁお前達も、こざかしい龍を屠っておいで』
そう言われて信者達は一斉にさやかと心太郎の方を見た。
老人も二人の方に顔を向ける。
今まで見えなかったその右目には、なぜか闇が宿っているように見えた。
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