2016-03-25(Fri)
小説・さやか見参!(274)
みずち。
その名は血讐も知っていた。
十二組内において龍に次いで、いや、龍と比類する実力を持つと言われている蛇組の頭領。
本来は荊木流という忍術を修めた上忍であるらしい。
かなりの手練れである事はこうして向かい合っているだけでも分かる。
(敵の出方を見るべきか)
血讐は一瞬そう思ったが考え直し、先手を打って攻撃を仕掛ける事にした。
このみずちという敵、時間をかけたところで何も読めぬ。
何も読ませぬだけの力量を持っていると瞬時に判断したからだ。
ならば睨み合いなど無駄。逆にこちらが不利になる事も考えられる。
血讐ほどの男がここまで警戒する事はめったになかった。
そして血讐は警戒の根を絶つべく刀を抜いた。
抜刀、そう書けば簡単だが、血讐の動きはそんな生易しいものではなかった。
雷光、いや、閃光とでも例えるべきか。
光が走ったという言葉でさえも及ばない速度で鞘を飛び出した白刃は眼前のみずちの胴体の中心を振り抜かれていた。
血讐の本気の抜刀を見たものはいない。
目視出来ぬ速さだという事もあるが、ほとんどの者はその瞬間に命を絶たれているからだ。
なので血讐は(みずちを斬った)と思った。
これまであまたの達人と呼ばれる敵にも遅れを取った事はないという自信がそう思わせたのかもしれなかった。
だが、
『ほう、これは素晴らしい。見事な腕前』
みずちは倒れてはいなかった。
倒れるどころか感嘆の言葉を述べていた。
『なっ…!?』
血讐は事態が把握出来ず声にならぬ声をあげ、戸惑いを振り切るようにもう一度刀を振った。
だがそれでもみずちを斬る事は出来なかった。
なぜ斬れぬのか分からぬ、どうかわされたのか分からぬ、
分かるのはただ『斬れなかった』という現実のみである。
『これほどの剣の腕、さては一角衆の武術師範、血讐とはおぬしの事か』
見抜かれている。
一角衆の内情など知る敵はいないと思っていた。
どうやって調べたのか見当がつかぬ。
十二組の情報収集能力を甘く見ていたのか。
『しかしこのような作戦とも呼べぬ作戦で乗り込んでくるなど知略謀略を得意とする血讐殿とは思えんな。さては頭領殿に無理を言われましたかな?一角衆頭領といえば理を好まず武力を以って戦いに臨まれる方と聞く』
血讐は表情にこそ出さなかったが酷く驚愕していた。
敵は自分達の事をどこまで知っているのか。
(この男は脅威だ)
血讐は油断なく構え直した。
そしてじりじりと距離を詰める。
次は絶対によけられぬ距離で斬る。
対してみずちは構えるでもなくゆらりと立っている。
だがそれが逆に怖い。
その姿のどこにも油断が見えなかったからだ。
血讐がいつもよりも深い攻撃圏に入った。
さらに踏み込んでみずちの胴に斬り込む。
これならよけられない!!
血讐は心の中で絶叫した。
それは確信ではなく願望だった。
しかし、その願望はすぐに絶望に変わった。
目の前にいたはずのみずちの姿は瞬間的に消えていた。
そして背後から
『惜しかったな』
という声が聞こえた。
血讐は振り返ろうとした。
だが動けなかった。
刀を振ろうとした。
だが動けなかった。
どうなっているのか分からないが、背後からみずちが蛇のように絡みついて動きを封じていたのである。
全身の骨がみしみしと軋む。
『ぐあぁっ』
思わず悲鳴を上げた血讐の眼前にみずちの刀がゆっくりと向かってくる。
血讐の全身を封じながらも刀を持ったみずちの右腕は自由に動くのだ。
『そういえば』
血讐の耳元でみずちの声がする。
振り返れぬから表情は分からぬが、かすかに楽しんでいるような声である。
『おぬし達の頭領は名を赤岩というらしいな』
蛇が鎌首をもたげるようにみずちの刀が迫ってくる。
『ならばおぬしも。同じせきがんにしてやろう』
切っ先が血讐の右目の前でぴたりと止まった。
『なんだよ!ダジャレかよ!!くだらねぇ!!』
断が思わず笑った。
『つまらぬ話だと再三言ったであろう』
イバラキも笑った。
『そんな理由で片目つぶされたのかよ血讐のジジイ。そりゃ恥ずかしくて俺らに話さないわけだ。しかしあんたの師匠もお茶目だな、おい』
イバラキの笑いが自嘲を帯びる。
『その時に血讐を殺しておけば、とも思うが…おそらく命を奪わぬよう十二組内での取り決めがあったのだろう。結局血讐はその時の恨みを晴らさんが為、数年後に幼き間者を荊木に送り込み、数十年をかけてみずち様を亡き者にした。それにまんまと踊らされて蛇組を壊滅させてしまったのは拙者だがな』
『それに加担してたのが俺とおふうってわけだ。…悪かったとは言わねぇよ。俺らは一角で、俺らには俺らの任務があったんだからな。でもよ、ジジイの意趣返しに利用されてたんだと思ったら、今更だけど馬鹿らしくて笑っちゃうよな』
笑っちゃうと言いながら断はため息をついた。
『でもまぁこれで心置きなく死ねるってもんだ。あの日あんたに余命3年と言われてから、もうちょうどいい頃合いだろう』
断は座り込んで天を仰いだ。
『色々あったが差し引きで楽しい人生だったかもしれねぇなぁ』
『もし』
イバラキが口を開く。
『もし生きながらえられたなら何かやりたい事はなかったのか』
『もし、なんて意味ないだろ。死ぬんだから。まぁ行きたい所はあったかなぁ。気になる事もあったしよ』
『ならば、それを成せ』
『はぁ??だって俺』
イバラキは長い針を見せて断の言葉をさえぎった。
それはあの日、断に余命3年を宣告した針だった。
『あれは』
イバラキが指先で針をぽきっとへし折った。
『嘘だ』
しばらくの沈黙の後
『え?えええーっ!?』
と断が腰を抜かした。
『だって、お、おまえ、う、嘘!?じゃあ、じゃあ俺のこの3年間は…』
最後はもう言葉にもならない。
『これが拙者の復讐よ。ひとおもいに殺されるよりよほど効いたであろう。腹が立つか?』
『腹が立ったりほっとしたり情けなかったり…しかしまぁこれぐらいの報いを受けるような生き方をしてるんだよな俺は。仕方ねぇよ。しっかしあんたも師匠に負けず劣らずお茶目だな、おい』
『物分りが良いな、つまらぬ。で、さっきの話だが』
『さっきの話?あぁ、行きたい所があるって話か。じゃあよ、行ってくるわ。せっかく拾った命だからな』
そこへ、不意に頭上から声がした。
『せっかく拾った命、捨てる事になるかもよ』
断が見上げるといつの間にか樹上に男が立っていた。
『おまえ、邪衆院天空』
そう言われて邪衆院はふわりと地面に降りた。
『死ぬかもしれないけど、それでも行くんだ?』
『なんだよ、俺がどこに行くか知ってんのかよ』
『もちろん。一角衆だろ?』
『…なんでそれを』
『分かるって』
『でも別に一角衆に戻るわけじゃねぇぞ』
『分かってるって。だから、俺も一緒に行くよ』
『え…?』
『一角衆には封の娘がいるんだろ?』
『…』
『出来れば救い出して、封の所に連れていってやりたいって、そう思ってるんだろ?』
断は絶句した。
『…お見通しかよ、かなわねぇなぁ』
『行くか?俺と』
『そだな、そっちの方が心強ぇか。よろしく頼むぜ、邪衆院天空』
『心得た』
邪衆院はうなずくと、イバラキと向かい合った。
『イバラキ様、勝手ながらここでお暇をいただきたく存じます。これまでのご恩、忘れません』
淡々とではあったが、これは別れの言葉であった。
一角衆に乗り込めば二度と戻れぬという覚悟を決めているのかもしれなかった。
突然の決別であったが、イバラキはただうなずいて、こちらも淡々と
『これまでご苦労』
と労いの言葉をかけた。
もともと邪衆院は戦いによって己を高める流浪の男なのだ。
いつか別れが来る事をイバラキは分かっていたのだろう。
邪衆院は短く
『では』
と告げると、断と共に姿を消した。
後には幻龍イバラキがただ一人立ち尽くしていた。
その名は血讐も知っていた。
十二組内において龍に次いで、いや、龍と比類する実力を持つと言われている蛇組の頭領。
本来は荊木流という忍術を修めた上忍であるらしい。
かなりの手練れである事はこうして向かい合っているだけでも分かる。
(敵の出方を見るべきか)
血讐は一瞬そう思ったが考え直し、先手を打って攻撃を仕掛ける事にした。
このみずちという敵、時間をかけたところで何も読めぬ。
何も読ませぬだけの力量を持っていると瞬時に判断したからだ。
ならば睨み合いなど無駄。逆にこちらが不利になる事も考えられる。
血讐ほどの男がここまで警戒する事はめったになかった。
そして血讐は警戒の根を絶つべく刀を抜いた。
抜刀、そう書けば簡単だが、血讐の動きはそんな生易しいものではなかった。
雷光、いや、閃光とでも例えるべきか。
光が走ったという言葉でさえも及ばない速度で鞘を飛び出した白刃は眼前のみずちの胴体の中心を振り抜かれていた。
血讐の本気の抜刀を見たものはいない。
目視出来ぬ速さだという事もあるが、ほとんどの者はその瞬間に命を絶たれているからだ。
なので血讐は(みずちを斬った)と思った。
これまであまたの達人と呼ばれる敵にも遅れを取った事はないという自信がそう思わせたのかもしれなかった。
だが、
『ほう、これは素晴らしい。見事な腕前』
みずちは倒れてはいなかった。
倒れるどころか感嘆の言葉を述べていた。
『なっ…!?』
血讐は事態が把握出来ず声にならぬ声をあげ、戸惑いを振り切るようにもう一度刀を振った。
だがそれでもみずちを斬る事は出来なかった。
なぜ斬れぬのか分からぬ、どうかわされたのか分からぬ、
分かるのはただ『斬れなかった』という現実のみである。
『これほどの剣の腕、さては一角衆の武術師範、血讐とはおぬしの事か』
見抜かれている。
一角衆の内情など知る敵はいないと思っていた。
どうやって調べたのか見当がつかぬ。
十二組の情報収集能力を甘く見ていたのか。
『しかしこのような作戦とも呼べぬ作戦で乗り込んでくるなど知略謀略を得意とする血讐殿とは思えんな。さては頭領殿に無理を言われましたかな?一角衆頭領といえば理を好まず武力を以って戦いに臨まれる方と聞く』
血讐は表情にこそ出さなかったが酷く驚愕していた。
敵は自分達の事をどこまで知っているのか。
(この男は脅威だ)
血讐は油断なく構え直した。
そしてじりじりと距離を詰める。
次は絶対によけられぬ距離で斬る。
対してみずちは構えるでもなくゆらりと立っている。
だがそれが逆に怖い。
その姿のどこにも油断が見えなかったからだ。
血讐がいつもよりも深い攻撃圏に入った。
さらに踏み込んでみずちの胴に斬り込む。
これならよけられない!!
血讐は心の中で絶叫した。
それは確信ではなく願望だった。
しかし、その願望はすぐに絶望に変わった。
目の前にいたはずのみずちの姿は瞬間的に消えていた。
そして背後から
『惜しかったな』
という声が聞こえた。
血讐は振り返ろうとした。
だが動けなかった。
刀を振ろうとした。
だが動けなかった。
どうなっているのか分からないが、背後からみずちが蛇のように絡みついて動きを封じていたのである。
全身の骨がみしみしと軋む。
『ぐあぁっ』
思わず悲鳴を上げた血讐の眼前にみずちの刀がゆっくりと向かってくる。
血讐の全身を封じながらも刀を持ったみずちの右腕は自由に動くのだ。
『そういえば』
血讐の耳元でみずちの声がする。
振り返れぬから表情は分からぬが、かすかに楽しんでいるような声である。
『おぬし達の頭領は名を赤岩というらしいな』
蛇が鎌首をもたげるようにみずちの刀が迫ってくる。
『ならばおぬしも。同じせきがんにしてやろう』
切っ先が血讐の右目の前でぴたりと止まった。
『なんだよ!ダジャレかよ!!くだらねぇ!!』
断が思わず笑った。
『つまらぬ話だと再三言ったであろう』
イバラキも笑った。
『そんな理由で片目つぶされたのかよ血讐のジジイ。そりゃ恥ずかしくて俺らに話さないわけだ。しかしあんたの師匠もお茶目だな、おい』
イバラキの笑いが自嘲を帯びる。
『その時に血讐を殺しておけば、とも思うが…おそらく命を奪わぬよう十二組内での取り決めがあったのだろう。結局血讐はその時の恨みを晴らさんが為、数年後に幼き間者を荊木に送り込み、数十年をかけてみずち様を亡き者にした。それにまんまと踊らされて蛇組を壊滅させてしまったのは拙者だがな』
『それに加担してたのが俺とおふうってわけだ。…悪かったとは言わねぇよ。俺らは一角で、俺らには俺らの任務があったんだからな。でもよ、ジジイの意趣返しに利用されてたんだと思ったら、今更だけど馬鹿らしくて笑っちゃうよな』
笑っちゃうと言いながら断はため息をついた。
『でもまぁこれで心置きなく死ねるってもんだ。あの日あんたに余命3年と言われてから、もうちょうどいい頃合いだろう』
断は座り込んで天を仰いだ。
『色々あったが差し引きで楽しい人生だったかもしれねぇなぁ』
『もし』
イバラキが口を開く。
『もし生きながらえられたなら何かやりたい事はなかったのか』
『もし、なんて意味ないだろ。死ぬんだから。まぁ行きたい所はあったかなぁ。気になる事もあったしよ』
『ならば、それを成せ』
『はぁ??だって俺』
イバラキは長い針を見せて断の言葉をさえぎった。
それはあの日、断に余命3年を宣告した針だった。
『あれは』
イバラキが指先で針をぽきっとへし折った。
『嘘だ』
しばらくの沈黙の後
『え?えええーっ!?』
と断が腰を抜かした。
『だって、お、おまえ、う、嘘!?じゃあ、じゃあ俺のこの3年間は…』
最後はもう言葉にもならない。
『これが拙者の復讐よ。ひとおもいに殺されるよりよほど効いたであろう。腹が立つか?』
『腹が立ったりほっとしたり情けなかったり…しかしまぁこれぐらいの報いを受けるような生き方をしてるんだよな俺は。仕方ねぇよ。しっかしあんたも師匠に負けず劣らずお茶目だな、おい』
『物分りが良いな、つまらぬ。で、さっきの話だが』
『さっきの話?あぁ、行きたい所があるって話か。じゃあよ、行ってくるわ。せっかく拾った命だからな』
そこへ、不意に頭上から声がした。
『せっかく拾った命、捨てる事になるかもよ』
断が見上げるといつの間にか樹上に男が立っていた。
『おまえ、邪衆院天空』
そう言われて邪衆院はふわりと地面に降りた。
『死ぬかもしれないけど、それでも行くんだ?』
『なんだよ、俺がどこに行くか知ってんのかよ』
『もちろん。一角衆だろ?』
『…なんでそれを』
『分かるって』
『でも別に一角衆に戻るわけじゃねぇぞ』
『分かってるって。だから、俺も一緒に行くよ』
『え…?』
『一角衆には封の娘がいるんだろ?』
『…』
『出来れば救い出して、封の所に連れていってやりたいって、そう思ってるんだろ?』
断は絶句した。
『…お見通しかよ、かなわねぇなぁ』
『行くか?俺と』
『そだな、そっちの方が心強ぇか。よろしく頼むぜ、邪衆院天空』
『心得た』
邪衆院はうなずくと、イバラキと向かい合った。
『イバラキ様、勝手ながらここでお暇をいただきたく存じます。これまでのご恩、忘れません』
淡々とではあったが、これは別れの言葉であった。
一角衆に乗り込めば二度と戻れぬという覚悟を決めているのかもしれなかった。
突然の決別であったが、イバラキはただうなずいて、こちらも淡々と
『これまでご苦労』
と労いの言葉をかけた。
もともと邪衆院は戦いによって己を高める流浪の男なのだ。
いつか別れが来る事をイバラキは分かっていたのだろう。
邪衆院は短く
『では』
と告げると、断と共に姿を消した。
後には幻龍イバラキがただ一人立ち尽くしていた。
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