2015-06-13(Sat)
小説・さやか見参!(269)
『なぜ、おぬし達をすぐに殺さなかったか…』
イバラキが、低く、ゆっくりと呟いた。
そして
低く、ゆっくりと笑った。
『ふっ、くくくく…』
断が意表を突かれて目を見開いた。
『教えてやろう、断よ。誇り無き者など殺したところでつまらんからだ。殺すに値せぬからだ』
イバラキは堪えきれぬように笑いながらそう告げた。
『な、なんだと!?』
断がどうにか立ち上がる。
殴られた苦しさよりも怒りと悔しさが勝ったらしい。
『本気の敵を軽くいなして倒すのがおぬしの誇りだったか。本気を出さぬ拙者に軽くいなされて誇りが傷ついたか』
イバラキの口調が強くなる。
断は何か言い返そうとしたがその隙はなかった。
『おぬし達はその後も我らに挑んできたな。何度も何度も。それは誇りを取り戻す為だったか』
唇を噛む断に向かってイバラキが続ける。
『だが、それでも拙者はおぬし達を殺さなかった。それはおぬし達が戦いに臨んで誇りを持たなかったからだ。おぬしが誇りと勘違いし、必死に抱え込んでおったのは』
イバラキが一瞬言葉を切った。
そして静かに
『驕りよ』
と吐き棄てた。
『驕り、だと…』
断がかろうじて声を振り絞る。
『そうだ。驕りだ。常に己が優位に立っているという過信、常に優位に立っていなければならんという妄信。敵を見下す事で相対的に己を持ち上げておるだけのくだらない驕り。おぬしはな、そんなものに頼り切っておったのだ。なればこそ戦いに負けた時、拙者に敵わぬと悟った時、その唯一の存在意義を失ったのだ』
『ち、違う、俺は』
イバラキは反論を許さない。
『おぬしはな、我らに完敗を喫してなお本気を見せなかった。死に物狂いにならなかった。これは俺の実力じゃない。今度こそ軽くいなして勝ってやるぜ。おぬしの戦いぶりからはそんな驕りがずっと抜けなかった。だから我らはおぬし達をいたぶり続ける事にしたのだ。思い上がった心を真っ二つにへし折る為にな』
断が、くっ、と小さく息を漏らした。
自分自身も気付かなかった本心を言い当てられて動けなくなったのだろう。
強く握られた拳が小さく震えていた。
その断を、イバラキはからかうような目で見た。
『拙者は真似をしてみたのよ。本気で打ちかかってくるおぬし達を本気を出さずにいたぶって追い詰めていく。おぬし達のやり方そのままであろう。やってみるまではさぞや楽しいのであろうと期待もしたのだがな』
イバラキは断に近付いて顔を覗き込んだ。
『残念ながら何も楽しくはなかった。本気を出さぬ戦いなど退屈で退屈で。よくもまぁこんな事に誇りを持てるものだと』
にやりと笑う。
『おぬしが羨ましかったわ』
断は力を失って、がくりと膝を着いた。
イバラキが、低く、ゆっくりと呟いた。
そして
低く、ゆっくりと笑った。
『ふっ、くくくく…』
断が意表を突かれて目を見開いた。
『教えてやろう、断よ。誇り無き者など殺したところでつまらんからだ。殺すに値せぬからだ』
イバラキは堪えきれぬように笑いながらそう告げた。
『な、なんだと!?』
断がどうにか立ち上がる。
殴られた苦しさよりも怒りと悔しさが勝ったらしい。
『本気の敵を軽くいなして倒すのがおぬしの誇りだったか。本気を出さぬ拙者に軽くいなされて誇りが傷ついたか』
イバラキの口調が強くなる。
断は何か言い返そうとしたがその隙はなかった。
『おぬし達はその後も我らに挑んできたな。何度も何度も。それは誇りを取り戻す為だったか』
唇を噛む断に向かってイバラキが続ける。
『だが、それでも拙者はおぬし達を殺さなかった。それはおぬし達が戦いに臨んで誇りを持たなかったからだ。おぬしが誇りと勘違いし、必死に抱え込んでおったのは』
イバラキが一瞬言葉を切った。
そして静かに
『驕りよ』
と吐き棄てた。
『驕り、だと…』
断がかろうじて声を振り絞る。
『そうだ。驕りだ。常に己が優位に立っているという過信、常に優位に立っていなければならんという妄信。敵を見下す事で相対的に己を持ち上げておるだけのくだらない驕り。おぬしはな、そんなものに頼り切っておったのだ。なればこそ戦いに負けた時、拙者に敵わぬと悟った時、その唯一の存在意義を失ったのだ』
『ち、違う、俺は』
イバラキは反論を許さない。
『おぬしはな、我らに完敗を喫してなお本気を見せなかった。死に物狂いにならなかった。これは俺の実力じゃない。今度こそ軽くいなして勝ってやるぜ。おぬしの戦いぶりからはそんな驕りがずっと抜けなかった。だから我らはおぬし達をいたぶり続ける事にしたのだ。思い上がった心を真っ二つにへし折る為にな』
断が、くっ、と小さく息を漏らした。
自分自身も気付かなかった本心を言い当てられて動けなくなったのだろう。
強く握られた拳が小さく震えていた。
その断を、イバラキはからかうような目で見た。
『拙者は真似をしてみたのよ。本気で打ちかかってくるおぬし達を本気を出さずにいたぶって追い詰めていく。おぬし達のやり方そのままであろう。やってみるまではさぞや楽しいのであろうと期待もしたのだがな』
イバラキは断に近付いて顔を覗き込んだ。
『残念ながら何も楽しくはなかった。本気を出さぬ戦いなど退屈で退屈で。よくもまぁこんな事に誇りを持てるものだと』
にやりと笑う。
『おぬしが羨ましかったわ』
断は力を失って、がくりと膝を着いた。
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