2015-05-30(Sat)
小説・さやか見参!(268)
断がイバラキの腕を掴んだ。
それをイバラキはすかさず振りほどく。
何度か攻防を応酬しながら
『俺は雑念があるぐらいが気持ち良く戦えるんだよ』
と断が軽口を叩いた。
イバラキが
『そのようだな』
と答える。
二人はお互い後方に跳び距離を取った。
その間はいかにも小休止といった風情で、命の取り合いに相応しい雰囲気には思えなかった。
『断、相変わらず飄々と振る舞っておるが、おぬしの技、以前よりはるかに冴えておる』
イバラキが刀を下ろして断を称えた。
『はっ、まさかあんたに褒められるなんてな』
断が拗ねたような笑みを浮かべる。
『だったらもっと本気を出してくれてもいいんじゃないのかい、イバラキさんよ』
そう言われてイバラキは愉快そうな顔をした。
『まぁあんたが本気出してりゃ俺の首なんざ一瞬で飛んでただろうけどな。いや、あんたがそのつもりならとっくの昔にそう出来てるか』
断が地面を蹴った。
二人の距離が一瞬で詰まる。
断が左右の掌撃が繰り出される。
それは人間の目では捉えられぬような高速の動きであったが、イバラキはそれを右手一本で軽々と捌いた。
『なんで俺と封をすぐに殺さなかった?』
口調は相変わらず軽い。
だが、声に苛立ちが込められているように感じる。
『じわじわと苦しめたかったってか?そりゃ俺達はおまえの人生を狂わせた張本人だもんな。殺されたって仕方ねぇ。でもな』
淡々と、飄々とではあるが、それは断が今まで見せた事のない感情の発露だった。
『本気も出さねぇおまえにじわじわ嬲られるのは本気で最悪だったぜ』
そう言われて、しばらく受けに回っていたイバラキが、刀を逆手に握ったままの左拳を断の腹部に叩き込んだ。
『ぐふっ!』
断が胃液を吐きながら吹っ飛んだ。
『なるほど、おぬしの誇りに傷がついたというわけか』
イバラキは追撃しようとはしなかった。
『本気の敵を軽くあしらって命を奪ってきた、それがおぬしの誇りとなっていたのだな。己の力に対する絶対の自信。その自信こそを存在意義として生きてきたのだな』
地面にうずくまっている断がどうにか顔を上げて答える。
『あぁ、そうさ。故郷でもこの国でも、俺達は殺しの腕だけで生き延びてきたんだ。それが敵を本気にさせる事も出来ねぇでいたぶられちまうなんてよ。おまえに余命宣告された時の悔しさは今でも忘れてねぇぜ』
成すすべなく身動きを封じられ、三年のちに絶命するという経絡を突かれたあの日、断の心は折れた。
あの日から血讐の命令にも一角衆の任務にも身が入らなくなった。
何を成したところで数年後には死ぬと分かっているのだからそれも仕方ない。
こんな思いで生きながらえるくらいなら。
『なんで、すぐに殺さなかった』
断の唇は震えながらその問いを繰り返した。
それをイバラキはすかさず振りほどく。
何度か攻防を応酬しながら
『俺は雑念があるぐらいが気持ち良く戦えるんだよ』
と断が軽口を叩いた。
イバラキが
『そのようだな』
と答える。
二人はお互い後方に跳び距離を取った。
その間はいかにも小休止といった風情で、命の取り合いに相応しい雰囲気には思えなかった。
『断、相変わらず飄々と振る舞っておるが、おぬしの技、以前よりはるかに冴えておる』
イバラキが刀を下ろして断を称えた。
『はっ、まさかあんたに褒められるなんてな』
断が拗ねたような笑みを浮かべる。
『だったらもっと本気を出してくれてもいいんじゃないのかい、イバラキさんよ』
そう言われてイバラキは愉快そうな顔をした。
『まぁあんたが本気出してりゃ俺の首なんざ一瞬で飛んでただろうけどな。いや、あんたがそのつもりならとっくの昔にそう出来てるか』
断が地面を蹴った。
二人の距離が一瞬で詰まる。
断が左右の掌撃が繰り出される。
それは人間の目では捉えられぬような高速の動きであったが、イバラキはそれを右手一本で軽々と捌いた。
『なんで俺と封をすぐに殺さなかった?』
口調は相変わらず軽い。
だが、声に苛立ちが込められているように感じる。
『じわじわと苦しめたかったってか?そりゃ俺達はおまえの人生を狂わせた張本人だもんな。殺されたって仕方ねぇ。でもな』
淡々と、飄々とではあるが、それは断が今まで見せた事のない感情の発露だった。
『本気も出さねぇおまえにじわじわ嬲られるのは本気で最悪だったぜ』
そう言われて、しばらく受けに回っていたイバラキが、刀を逆手に握ったままの左拳を断の腹部に叩き込んだ。
『ぐふっ!』
断が胃液を吐きながら吹っ飛んだ。
『なるほど、おぬしの誇りに傷がついたというわけか』
イバラキは追撃しようとはしなかった。
『本気の敵を軽くあしらって命を奪ってきた、それがおぬしの誇りとなっていたのだな。己の力に対する絶対の自信。その自信こそを存在意義として生きてきたのだな』
地面にうずくまっている断がどうにか顔を上げて答える。
『あぁ、そうさ。故郷でもこの国でも、俺達は殺しの腕だけで生き延びてきたんだ。それが敵を本気にさせる事も出来ねぇでいたぶられちまうなんてよ。おまえに余命宣告された時の悔しさは今でも忘れてねぇぜ』
成すすべなく身動きを封じられ、三年のちに絶命するという経絡を突かれたあの日、断の心は折れた。
あの日から血讐の命令にも一角衆の任務にも身が入らなくなった。
何を成したところで数年後には死ぬと分かっているのだからそれも仕方ない。
こんな思いで生きながらえるくらいなら。
『なんで、すぐに殺さなかった』
断の唇は震えながらその問いを繰り返した。
スポンサーサイト