2015-01-07(Wed)
小説・さやか見参!(257)
夜が明けた。
いよいよ炎一族が謀反を決行する日が来たのだ。
幻龍の忍び達は普段と変わらぬ様子だ。
これから食料を調達する為に二手に分かれ、一班は山へ、もう一般は川へと向かうという。
紅蓮丸と炎丸も好機と見たのか率先して同行を願い出た。
忍び達の後について山へ向かう紅蓮丸と、意気揚々と紅蓮丸に手を振って川へ向かう炎丸の後姿を見て灯火丸は憂鬱になった。
いつもならイバラキの手下と行動を共にする事など嫌がる二人なのだ。
従ったとしても渋々といった様子を隠さない二人なのだ。
そんな二人が意気込んでついて行くなんて、自ら勘ぐってくれと言っているようなものではないか。
謀があるならば普段通りを装った方がいいに決まっている。
いつもやらぬ事をやっては敵の注意を引いてしまうのに。
間違いなく企ては失敗する。
灯火丸は確信している。
しかし、少しだけ安堵もしていた。
失敗したとしても命を奪われる事はないと知っているからだ。
イバラキは灯火丸の嘆願を条件付きで飲んでくれた。
条件の一つは、計画をイバラキに漏らさない事である。
たかだか紅蓮丸の立てる計画ごとき知っても知らずとも大差ないという余裕でもあろうし、どの程度の策を弄してくるのかと楽しみにしている風でもあった。
そしてこれは推測に過ぎぬが、灯火丸を守る為でもあったのではないか、と思われる。
作戦まで漏らしてしまっては灯火丸は兄達を完全に裏切った事になってしまうからだ。
イバラキの本心は分からぬが、灯火丸はきっとそうだと思っている。
イバラキは手下達にもこの件を伝えなかった。
これもまた余裕の表れであろう。
我が配下ならばお粗末な計略に嵌る事もなかろうし、万が一見抜けなかったならばそこまで、という厳しさなのだ。
さて、
灯火丸は辺りを見渡した。
自分の役割はイバラキを引き付けておく事だ。
どんな杜撰な作戦だとしても本気でやらねば申し訳が立たぬ。
灯火丸はそう考えていた。
それは兄達にではなくイバラキに対しての思いだった。
『灯火丸』
不意に声をかけられて振り返ると、いつの間にか幻龍イバラキが立っていた。
先ほど周囲を見渡した時にはいなかったはずだが。
だがイバラキの力量を思い知らされている灯火丸は少しも驚かなかった。
イバラキをここに引き付けておく口実を作らねばと灯火丸が口を開きかけたその時、イバラキが何かを差し出した。
それは古びた巻物であった。
『これは』
『読んでみよ。荊木に伝わる医術書だ。かつては山ほども積まれていたのだがな、現存しておるのはほんの十数巻。これはその中のひとつよ』
『どうして、これを?』
イバラキは灯火丸の問いには答えなかった。
『人体というのはな、それ自体が熱を発しておるのだ。そしてその熱というのは常に細胞によって制御されている。制御出来ねば身体が耐えられぬゆえにな。だがもしも、その熱を意識的に制御出来るようになったならば…荊木流ではこのような研究も行なわれていたのだ』
そう言うと、もう一度巻物を差し出した。
イバラキの真意を知った灯火丸はうやうやしく頭を垂れ
『いたみいります。ありがたく』
と巻物を受け取った。
それからイバラキは本堂に上がると座して黙した。
何も聞かずとも灯火丸の役割を察しているのだろう。
灯火丸も隅に座って目を閉じた。
もうしばらくしたら、イバラキの配下に返り討ちにあった兄達が捕らえられてここへ戻ってくるのだろう。
自分にはもうそれを待つ事しか出来ないのだ。
いよいよ炎一族が謀反を決行する日が来たのだ。
幻龍の忍び達は普段と変わらぬ様子だ。
これから食料を調達する為に二手に分かれ、一班は山へ、もう一般は川へと向かうという。
紅蓮丸と炎丸も好機と見たのか率先して同行を願い出た。
忍び達の後について山へ向かう紅蓮丸と、意気揚々と紅蓮丸に手を振って川へ向かう炎丸の後姿を見て灯火丸は憂鬱になった。
いつもならイバラキの手下と行動を共にする事など嫌がる二人なのだ。
従ったとしても渋々といった様子を隠さない二人なのだ。
そんな二人が意気込んでついて行くなんて、自ら勘ぐってくれと言っているようなものではないか。
謀があるならば普段通りを装った方がいいに決まっている。
いつもやらぬ事をやっては敵の注意を引いてしまうのに。
間違いなく企ては失敗する。
灯火丸は確信している。
しかし、少しだけ安堵もしていた。
失敗したとしても命を奪われる事はないと知っているからだ。
イバラキは灯火丸の嘆願を条件付きで飲んでくれた。
条件の一つは、計画をイバラキに漏らさない事である。
たかだか紅蓮丸の立てる計画ごとき知っても知らずとも大差ないという余裕でもあろうし、どの程度の策を弄してくるのかと楽しみにしている風でもあった。
そしてこれは推測に過ぎぬが、灯火丸を守る為でもあったのではないか、と思われる。
作戦まで漏らしてしまっては灯火丸は兄達を完全に裏切った事になってしまうからだ。
イバラキの本心は分からぬが、灯火丸はきっとそうだと思っている。
イバラキは手下達にもこの件を伝えなかった。
これもまた余裕の表れであろう。
我が配下ならばお粗末な計略に嵌る事もなかろうし、万が一見抜けなかったならばそこまで、という厳しさなのだ。
さて、
灯火丸は辺りを見渡した。
自分の役割はイバラキを引き付けておく事だ。
どんな杜撰な作戦だとしても本気でやらねば申し訳が立たぬ。
灯火丸はそう考えていた。
それは兄達にではなくイバラキに対しての思いだった。
『灯火丸』
不意に声をかけられて振り返ると、いつの間にか幻龍イバラキが立っていた。
先ほど周囲を見渡した時にはいなかったはずだが。
だがイバラキの力量を思い知らされている灯火丸は少しも驚かなかった。
イバラキをここに引き付けておく口実を作らねばと灯火丸が口を開きかけたその時、イバラキが何かを差し出した。
それは古びた巻物であった。
『これは』
『読んでみよ。荊木に伝わる医術書だ。かつては山ほども積まれていたのだがな、現存しておるのはほんの十数巻。これはその中のひとつよ』
『どうして、これを?』
イバラキは灯火丸の問いには答えなかった。
『人体というのはな、それ自体が熱を発しておるのだ。そしてその熱というのは常に細胞によって制御されている。制御出来ねば身体が耐えられぬゆえにな。だがもしも、その熱を意識的に制御出来るようになったならば…荊木流ではこのような研究も行なわれていたのだ』
そう言うと、もう一度巻物を差し出した。
イバラキの真意を知った灯火丸はうやうやしく頭を垂れ
『いたみいります。ありがたく』
と巻物を受け取った。
それからイバラキは本堂に上がると座して黙した。
何も聞かずとも灯火丸の役割を察しているのだろう。
灯火丸も隅に座って目を閉じた。
もうしばらくしたら、イバラキの配下に返り討ちにあった兄達が捕らえられてここへ戻ってくるのだろう。
自分にはもうそれを待つ事しか出来ないのだ。
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