2015-01-05(Mon)
小説・さやか見参!(256)
深夜になった。
静かである。
元々栄えていない青峰の町は日が暮れるとことんど人通りがない。
夜が更ければ言わずもがなである。
当然そんな時間に町外れの破れ寺になど近付くものはいない。
この寺こそ幻龍組の現在の根城であった。
幻龍組は下忍まで全て合わせるとゆうに百人を超える大きな組織になっていた。
荊木の頃から従えている者だけでなく、イバラキに戦いを挑み、敗れたのちに従属を願い出てきた忍びなどの他流派をも取り込んでいった事で組織を拡大したのである。
無論いたずらに配下を増やす事はイバラキの望む所ではなかったが、『他者の心を従える』という事を知る為にそれらを受け入れてきた。
イバラキは自分の理想とする天下統一の為に実験と布石を重ねているのだ。
闇夜に温かい風が吹いた。
寺のあちこちで割れた壁板がかたかたと音を鳴らす。
だが荒れた本堂で眠りについている幻龍の忍び達は誰ひとり目を覚まさなかった。
もちろん何かあれば全員が一瞬で飛び起き戦闘態勢に入るのだが。
彼らは眠っていても必要な音とそうでない音を聞き分ける事が出来るのだ。
当然この寺に忍び込む者や逆に抜け出る者がいたら全員が間違いなく気付いてしまうのだが…
『ふふふ、上手く抜け出す事が出来ましたね』
『あいつら寝ちまったら目ぇ覚まさねぇからな。楽勝だぜぇ』
寺から離れた土手の草むらで押し殺した声がする。
『なに言ってんの。みんな起きてたよ。全員気付いてたよ』
それは寺を抜け出し密談している紅蓮丸・炎丸・灯火丸の兄弟だった。
『まったく、おまえは心配性ですね』
『まだガキだから仕方ないぜぇ』
『決行は明日ですからね、灯火丸、おまえもそんな弱腰では困りますよ』
『ねぇ、やめようよ。イバラキ様を裏切るなんて嫌だよ。炎にいちゃん助けてるの手伝ってくれたじゃん』
そう言われて声が大きくなる。
『何を言ってるのです!奴らの手を借りなくてもワタクシは炎丸を助け出す事が出来たのですよ!』
『無理だって』
『そうだぜぇ!俺様だって自分の力で逃げ出す事も出来たんだぜぇ!』
『無理だって』
幼い声は『はぁ』と溜め息をついた。
兄達のこの根拠のない自信はなんなのだろうか。
『幻龍組を乗っ取って炎一族を再興するなんて無理だよ』
呆れたように言葉を吐く賢明な弟に、兄は力強く説いた。
『覚えておきなさい。やる前から無理だなどと言っていては何も成し遂げられないのですよ』
『それは少しでも勝算がある場合の話でしょ』
『子供にゃ難しいかもしれねぇがな、見る前に跳べって事もあるんだぜぇ』
『崖から跳ぶのはナシでしょ。もう…正直言って、お兄ちゃん達が何か企んでる事なんて、とっくにイバラキ様にはバレてるよ!』
この告白は兄達を止める最後の切り札だった。
見透かされているのに無理に謀反を決行する者はいないだろう。
普通ならば。
だが紅蓮丸と炎丸は一瞬顔を見合わせてから
『バレてる?無い無い無い無い!』
と大声で笑い始めた。
やはり普通ではないのだ。
『これだけ慎重に事を進めたのです。バレようがないではありませんか』
のんきな笑い声を聞いて灯火丸はがっくりとうなだれた。
やはりこの二人に自分の言葉は通じないのかと己の無力を痛感したのだ。
そして仕方なく
『分かったよ…もちろん策はあるんだよね?』
と訊いた。
『もちろんです。炎丸と考えた最強の作戦ですよ』
『どうするの』
紅蓮丸が自信ありげにふふふと笑う
『今あの寺にいるのは中忍三名、下忍十五名、そしてイバラキです。我々を除いて十九名』
『他の連中は各地に散らばってて少なくとも明日までは帰ってこないらしいぜぇ』
『うん、それで?』
『中忍下忍で十八人ならワタクシと炎丸が力を合わせれば倒せるハズです。なので灯火丸、あなたがイバラキの別の場所に引き付けなさい。その間に手下はワタクシ達が片付けますから』
『そして最後に手下を失って一人になったイバラキを倒す!まぁ多少はてこずるだろうが敵は一人、我ら炎三兄弟が力を合わせれば倒せるハズだぜぇ!』
灯火丸は愕然としながらもどうにか言葉を発した。
『そ、それだけ…?』
しかしその声は兄には届かなかったようだ。
『イバラキを倒せば我らが頭領。そうなれば戻って来た他の手下も大人しく我々に従うでしょう』
『人数が増えてしかも全員が手練れの忍者だったらこれからのお宝探しも資金集めも簡単にいくぜぇ!』
『ようやく炎一族を再興する日が来たのです!』
涙声だ。どうやら紅蓮丸は感極まっているようだ。
『兄者!ようやく報われるぜぇ~!!』
どうやら炎丸は号泣しているようだ。
『炎丸~!』
『兄者~!』
抱き合って泣いている兄二人を見て、灯火丸は別の意味で涙が出そうになっていた。
『無策だ…やっぱり無策だ…』
悲しい呟きをかき消すように夜空に
『炎丸~!』
『兄者~!』
という声が響き渡っていた。
静かである。
元々栄えていない青峰の町は日が暮れるとことんど人通りがない。
夜が更ければ言わずもがなである。
当然そんな時間に町外れの破れ寺になど近付くものはいない。
この寺こそ幻龍組の現在の根城であった。
幻龍組は下忍まで全て合わせるとゆうに百人を超える大きな組織になっていた。
荊木の頃から従えている者だけでなく、イバラキに戦いを挑み、敗れたのちに従属を願い出てきた忍びなどの他流派をも取り込んでいった事で組織を拡大したのである。
無論いたずらに配下を増やす事はイバラキの望む所ではなかったが、『他者の心を従える』という事を知る為にそれらを受け入れてきた。
イバラキは自分の理想とする天下統一の為に実験と布石を重ねているのだ。
闇夜に温かい風が吹いた。
寺のあちこちで割れた壁板がかたかたと音を鳴らす。
だが荒れた本堂で眠りについている幻龍の忍び達は誰ひとり目を覚まさなかった。
もちろん何かあれば全員が一瞬で飛び起き戦闘態勢に入るのだが。
彼らは眠っていても必要な音とそうでない音を聞き分ける事が出来るのだ。
当然この寺に忍び込む者や逆に抜け出る者がいたら全員が間違いなく気付いてしまうのだが…
『ふふふ、上手く抜け出す事が出来ましたね』
『あいつら寝ちまったら目ぇ覚まさねぇからな。楽勝だぜぇ』
寺から離れた土手の草むらで押し殺した声がする。
『なに言ってんの。みんな起きてたよ。全員気付いてたよ』
それは寺を抜け出し密談している紅蓮丸・炎丸・灯火丸の兄弟だった。
『まったく、おまえは心配性ですね』
『まだガキだから仕方ないぜぇ』
『決行は明日ですからね、灯火丸、おまえもそんな弱腰では困りますよ』
『ねぇ、やめようよ。イバラキ様を裏切るなんて嫌だよ。炎にいちゃん助けてるの手伝ってくれたじゃん』
そう言われて声が大きくなる。
『何を言ってるのです!奴らの手を借りなくてもワタクシは炎丸を助け出す事が出来たのですよ!』
『無理だって』
『そうだぜぇ!俺様だって自分の力で逃げ出す事も出来たんだぜぇ!』
『無理だって』
幼い声は『はぁ』と溜め息をついた。
兄達のこの根拠のない自信はなんなのだろうか。
『幻龍組を乗っ取って炎一族を再興するなんて無理だよ』
呆れたように言葉を吐く賢明な弟に、兄は力強く説いた。
『覚えておきなさい。やる前から無理だなどと言っていては何も成し遂げられないのですよ』
『それは少しでも勝算がある場合の話でしょ』
『子供にゃ難しいかもしれねぇがな、見る前に跳べって事もあるんだぜぇ』
『崖から跳ぶのはナシでしょ。もう…正直言って、お兄ちゃん達が何か企んでる事なんて、とっくにイバラキ様にはバレてるよ!』
この告白は兄達を止める最後の切り札だった。
見透かされているのに無理に謀反を決行する者はいないだろう。
普通ならば。
だが紅蓮丸と炎丸は一瞬顔を見合わせてから
『バレてる?無い無い無い無い!』
と大声で笑い始めた。
やはり普通ではないのだ。
『これだけ慎重に事を進めたのです。バレようがないではありませんか』
のんきな笑い声を聞いて灯火丸はがっくりとうなだれた。
やはりこの二人に自分の言葉は通じないのかと己の無力を痛感したのだ。
そして仕方なく
『分かったよ…もちろん策はあるんだよね?』
と訊いた。
『もちろんです。炎丸と考えた最強の作戦ですよ』
『どうするの』
紅蓮丸が自信ありげにふふふと笑う
『今あの寺にいるのは中忍三名、下忍十五名、そしてイバラキです。我々を除いて十九名』
『他の連中は各地に散らばってて少なくとも明日までは帰ってこないらしいぜぇ』
『うん、それで?』
『中忍下忍で十八人ならワタクシと炎丸が力を合わせれば倒せるハズです。なので灯火丸、あなたがイバラキの別の場所に引き付けなさい。その間に手下はワタクシ達が片付けますから』
『そして最後に手下を失って一人になったイバラキを倒す!まぁ多少はてこずるだろうが敵は一人、我ら炎三兄弟が力を合わせれば倒せるハズだぜぇ!』
灯火丸は愕然としながらもどうにか言葉を発した。
『そ、それだけ…?』
しかしその声は兄には届かなかったようだ。
『イバラキを倒せば我らが頭領。そうなれば戻って来た他の手下も大人しく我々に従うでしょう』
『人数が増えてしかも全員が手練れの忍者だったらこれからのお宝探しも資金集めも簡単にいくぜぇ!』
『ようやく炎一族を再興する日が来たのです!』
涙声だ。どうやら紅蓮丸は感極まっているようだ。
『兄者!ようやく報われるぜぇ~!!』
どうやら炎丸は号泣しているようだ。
『炎丸~!』
『兄者~!』
抱き合って泣いている兄二人を見て、灯火丸は別の意味で涙が出そうになっていた。
『無策だ…やっぱり無策だ…』
悲しい呟きをかき消すように夜空に
『炎丸~!』
『兄者~!』
という声が響き渡っていた。
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