2014-11-29(Sat)
小説・さやか見参!(251)
草むらをかき分けるように山吹さやかは歩いていた。
足取りが重い。
それは膝ほどまで伸びた雑草がまとわりつき足袋を湿らせているからという物理的な要因もさる事ながら、父であり頭領である武双の呼び出しに向かうという心理的要因が大きかった。
『…まぁ仕方ないか』
さやかが呟く。
音駒の死から立ち直れぬ自分が山吹の次期後継者として機能していないのは自覚している。
もちろん任務に対しては何一つ手を抜いているつもりはない。
他の者達と比すれば明らかに優れた結果を出している。
だが、
決められた事を、命じられた事を淡々とこなすだけでは駄目なのだ。
手足として働く忍びならばそれでもかまわぬ。
だが頭領というのは頭脳でなければならないのだ。
今の思考停止したままのさやかでは頭領は務まらぬのだ。
このような有様ではいずれ叱責なりお咎めなりあるだろうと覚悟はしていたのだが、実際にそうなるとやはり気が重い。
ましてや武双が屋敷の外にさやかを呼び出す事など今まではなかったのである。
足袋の裏が湿った土の感触を確かめた時、さやかの視界に斜めに切断された女神像と父の後姿が入ってきた。
さやかがごくりと唾を飲んで、父上、と言いかけた時、
『くちなわがこの像を斬った時、その心中はいかなるものであったのか…さやか、おまえはどう思う』
と武双が先に問うてきた。
『あ…』
さやかは突然の質問に一瞬だけ口ごもったが
『怒り、恨み、それと悲しみ、かと』
と答えた。
武双はただ『ふむ』とうなずき、しばらく黙ってから
『さやか、死にたいか、生きるのがつらいか』
と尋ねてきた。
さやかは、
何故か心がすっと楽になったように感じた。
一人で抱え込んでいた闇の核心を突かれた事で、溜まっていた闇が流出し始めたのかもしれない。
なので、意外に冷静に答える事が出来た。
『死にたい、というわけじゃないわ。でも生きるのはつらい。このつらさを抱えて生きていく為には死ぬしかないのかも、と、そう考えてしまう。生きる為には死ぬしかないなんて酷い矛盾だと分っているけど』
かつて同じ事を心太郎に話した事がある。
あの時のさやかは兄を殺されて生きる希望を失っていた。
ただイバラキへの復讐心だけで生き延びていたのである。
だが今度は復讐する相手がいない。
音駒は死んだ許婚への罪悪感で自ら命を絶ったのだ。
病で死んだ許婚が悪いはずはない。
それを後悔した音駒が悪いはずもない。
音駒を救えなかった自分が悪いのだ、と、さやかはそう思っている。
『生きるのがつらければ生きるのをやめても良いのだぞ』
武双が怒気も感傷もなくそう言った。
あまりにも意外な言葉だったのでさやかは理解するのに一瞬時間がかかった。
『それは、山吹の次期頭領としては失格という事?だから、死ねという事、ですか』
さやかはうつむいて訊いた。
分かっていた事だけに余計に心に刺さる。
だが武双は
『そうではない』
と否定した。
足取りが重い。
それは膝ほどまで伸びた雑草がまとわりつき足袋を湿らせているからという物理的な要因もさる事ながら、父であり頭領である武双の呼び出しに向かうという心理的要因が大きかった。
『…まぁ仕方ないか』
さやかが呟く。
音駒の死から立ち直れぬ自分が山吹の次期後継者として機能していないのは自覚している。
もちろん任務に対しては何一つ手を抜いているつもりはない。
他の者達と比すれば明らかに優れた結果を出している。
だが、
決められた事を、命じられた事を淡々とこなすだけでは駄目なのだ。
手足として働く忍びならばそれでもかまわぬ。
だが頭領というのは頭脳でなければならないのだ。
今の思考停止したままのさやかでは頭領は務まらぬのだ。
このような有様ではいずれ叱責なりお咎めなりあるだろうと覚悟はしていたのだが、実際にそうなるとやはり気が重い。
ましてや武双が屋敷の外にさやかを呼び出す事など今まではなかったのである。
足袋の裏が湿った土の感触を確かめた時、さやかの視界に斜めに切断された女神像と父の後姿が入ってきた。
さやかがごくりと唾を飲んで、父上、と言いかけた時、
『くちなわがこの像を斬った時、その心中はいかなるものであったのか…さやか、おまえはどう思う』
と武双が先に問うてきた。
『あ…』
さやかは突然の質問に一瞬だけ口ごもったが
『怒り、恨み、それと悲しみ、かと』
と答えた。
武双はただ『ふむ』とうなずき、しばらく黙ってから
『さやか、死にたいか、生きるのがつらいか』
と尋ねてきた。
さやかは、
何故か心がすっと楽になったように感じた。
一人で抱え込んでいた闇の核心を突かれた事で、溜まっていた闇が流出し始めたのかもしれない。
なので、意外に冷静に答える事が出来た。
『死にたい、というわけじゃないわ。でも生きるのはつらい。このつらさを抱えて生きていく為には死ぬしかないのかも、と、そう考えてしまう。生きる為には死ぬしかないなんて酷い矛盾だと分っているけど』
かつて同じ事を心太郎に話した事がある。
あの時のさやかは兄を殺されて生きる希望を失っていた。
ただイバラキへの復讐心だけで生き延びていたのである。
だが今度は復讐する相手がいない。
音駒は死んだ許婚への罪悪感で自ら命を絶ったのだ。
病で死んだ許婚が悪いはずはない。
それを後悔した音駒が悪いはずもない。
音駒を救えなかった自分が悪いのだ、と、さやかはそう思っている。
『生きるのがつらければ生きるのをやめても良いのだぞ』
武双が怒気も感傷もなくそう言った。
あまりにも意外な言葉だったのでさやかは理解するのに一瞬時間がかかった。
『それは、山吹の次期頭領としては失格という事?だから、死ねという事、ですか』
さやかはうつむいて訊いた。
分かっていた事だけに余計に心に刺さる。
だが武双は
『そうではない』
と否定した。
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