2014-11-10(Mon)
小説・さやか見参!(249)
捕らえられていた炎丸が金丸の牢から助け出された、という報せが山吹に入ったのは翌日の昼前であった。
『どうやらくちなわ、いやイバラキが手を貸したようだぞ』
頭領、山吹武双はそう言った。
『炎一族に手を貸したところで何の得もあるまいに。相変わらず酔狂な』
心太郎が大きくうなずく。
『イバラキの奴は周りが見えずに突っ走ってる馬鹿が大好きっシュからねぇ』
『まぁ良い。そちらは藩の方で追っ手を出しておる。何かあればすぐに連絡が入るだろう。それよりも』
武双は言葉を切って心太郎を見た。
心太郎は察して
『さやか殿、っシュか』
と呟いた。
山吹流忍術の後継者であり時期頭領である山吹さやかは、音駒の自死に直面して後、完全に心を閉ざしていた。
任務もこなす、笑顔も見せる、会話もする。
だがそれらは全て対外的で表層的なものに過ぎない。
心太郎が見れば、その笑顔に、その言葉に心が無い事など一目瞭然なのだ。
そしてさやかは、人に会わずに済む時は誰にも会おうとしなかった。
外に出なくて済む時には薄暗い部屋でただうずくまり続けた。
『これが、一角衆の手よ』
武双が言葉を吐き出す。
『ヤツらは敵の心を狙う。希望を失った人間がどれだけ脆いかを熟知しておるのだ。だから我ら忍びは心を捨てなければならん。心を、感情を捨て切れぬイバラキやさやかのような者は一角衆にとって弄し易い相手なのだ。ましてやさやかは以前の心の傷を克服したばかり。そこを狙って二度目の傷をつけるとは、一角衆め、狡猾な事よ』
さやかは最愛の兄をイバラキに殺され、それからの十年間を深い闇の中で生きた。
生に希望を失い、常に死を願うような生き方を年端もいかぬ少女は強いられたのだ。
そしてそれは一角衆が裏で糸を引く姦計だったのだ。
そのさやかに、兄の面影を持つ音駒を引き合わせる。
音駒の前向きな生き様にさやかが生きる希望を取り戻す。
そこで音駒を追い込み自死に至らしめる。
自分に希望を与えてくれた前向きな音駒ですら絶望し命を絶つという現実を目の当たりにし、
再びさやかは希望を失う。
二度目の傷は深い。
一度の苦しみなら、まだ次に希望を見出せる。
だが二度も同じ苦しみを味わった人間は
「もしや希望など持っても無駄なのではないか」
「今後も同じ苦しみが待っているのではないか」
という絶望を強く感じてしまうのだ。
だから一角衆は何度も何度も同じような罠を仕掛けてくるのだ。
『一角衆幹部、血讐のやりそうな事だ』
『血讐…』
心太郎は以前戦った一角衆の兄弟を思い出す。
白い羽織の血飛沫鬼、
赤い羽織の血塗呂、
血讐はあの二人の父親であるらしい。
『一角衆の作戦は、その血讐が参謀となって進めてるっシュね。でも不思議っシュ。一角衆の行動からは頭領の顔が見えてこないっシュ。見えてくるのは血讐ばかりじゃないっシュか』
武双はしばし黙るとゆっくり目を閉じて
『一角衆の頭領、か』
と深く溜息をついた。
『?』
武双の反応が意外だったので心太郎は少し戸惑った。
一角衆の頭領は赤岩(せきがん)という男だと聞いている。
かつては山伏であったとも正体は化け猫であるとも噂されている謎の男だ。
心太郎が記憶を辿っていると不意に武双が口を開いた。
『心太郎、一角衆の頭領について、おぬしに話しておかねばならぬ事がある』
『どうやらくちなわ、いやイバラキが手を貸したようだぞ』
頭領、山吹武双はそう言った。
『炎一族に手を貸したところで何の得もあるまいに。相変わらず酔狂な』
心太郎が大きくうなずく。
『イバラキの奴は周りが見えずに突っ走ってる馬鹿が大好きっシュからねぇ』
『まぁ良い。そちらは藩の方で追っ手を出しておる。何かあればすぐに連絡が入るだろう。それよりも』
武双は言葉を切って心太郎を見た。
心太郎は察して
『さやか殿、っシュか』
と呟いた。
山吹流忍術の後継者であり時期頭領である山吹さやかは、音駒の自死に直面して後、完全に心を閉ざしていた。
任務もこなす、笑顔も見せる、会話もする。
だがそれらは全て対外的で表層的なものに過ぎない。
心太郎が見れば、その笑顔に、その言葉に心が無い事など一目瞭然なのだ。
そしてさやかは、人に会わずに済む時は誰にも会おうとしなかった。
外に出なくて済む時には薄暗い部屋でただうずくまり続けた。
『これが、一角衆の手よ』
武双が言葉を吐き出す。
『ヤツらは敵の心を狙う。希望を失った人間がどれだけ脆いかを熟知しておるのだ。だから我ら忍びは心を捨てなければならん。心を、感情を捨て切れぬイバラキやさやかのような者は一角衆にとって弄し易い相手なのだ。ましてやさやかは以前の心の傷を克服したばかり。そこを狙って二度目の傷をつけるとは、一角衆め、狡猾な事よ』
さやかは最愛の兄をイバラキに殺され、それからの十年間を深い闇の中で生きた。
生に希望を失い、常に死を願うような生き方を年端もいかぬ少女は強いられたのだ。
そしてそれは一角衆が裏で糸を引く姦計だったのだ。
そのさやかに、兄の面影を持つ音駒を引き合わせる。
音駒の前向きな生き様にさやかが生きる希望を取り戻す。
そこで音駒を追い込み自死に至らしめる。
自分に希望を与えてくれた前向きな音駒ですら絶望し命を絶つという現実を目の当たりにし、
再びさやかは希望を失う。
二度目の傷は深い。
一度の苦しみなら、まだ次に希望を見出せる。
だが二度も同じ苦しみを味わった人間は
「もしや希望など持っても無駄なのではないか」
「今後も同じ苦しみが待っているのではないか」
という絶望を強く感じてしまうのだ。
だから一角衆は何度も何度も同じような罠を仕掛けてくるのだ。
『一角衆幹部、血讐のやりそうな事だ』
『血讐…』
心太郎は以前戦った一角衆の兄弟を思い出す。
白い羽織の血飛沫鬼、
赤い羽織の血塗呂、
血讐はあの二人の父親であるらしい。
『一角衆の作戦は、その血讐が参謀となって進めてるっシュね。でも不思議っシュ。一角衆の行動からは頭領の顔が見えてこないっシュ。見えてくるのは血讐ばかりじゃないっシュか』
武双はしばし黙るとゆっくり目を閉じて
『一角衆の頭領、か』
と深く溜息をついた。
『?』
武双の反応が意外だったので心太郎は少し戸惑った。
一角衆の頭領は赤岩(せきがん)という男だと聞いている。
かつては山伏であったとも正体は化け猫であるとも噂されている謎の男だ。
心太郎が記憶を辿っていると不意に武双が口を開いた。
『心太郎、一角衆の頭領について、おぬしに話しておかねばならぬ事がある』
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