2009-12-26(Sat)
アクションへの道(28)
初しゃべりショーの時期、僕の生活環境を大きく揺るがす事態が起きていました。
以前書いたように僕は大学を落ちてからショーの世界に入ったのですが、やはりフリーターとしてショー1本に専念するというような生活は許してもらえませんでした。
親にではありません。兄に、です(まぁ親も許さなかったでしょうが)。
自分のやりたい事を押し殺して周りの期待に応えようとする性格の兄は、自堕落に好きな事ばかりしている僕が許せなかったのでしょう。
1991年8月、兄は僕に言いました。
「今月中に就職先を決めろ。決まらなかったら来月オマエを自衛隊に入れる。嫌ならウチから出て行け。」
期限は8月いっぱいだそうです。
こう言われた瞬間に僕は8月いっぱいで家を出る事を決意しました。
せっかく憧れの世界に入ったのに中途半端にやりたくなかったからです。
しかし、今思うと、兄に僕を追い出す権限はなかったんじゃないかと・・・
最近母に聞いてみたら、両親は僕が兄から追い出された事を知らなかったそうです。
勝手に出て行ったと思ってたみたいです。
今さらどうでもいい話ですが。
8月31日、僕は自転車に荷物を積んで久留米を後にしました。
まだまだ暑い季節、2時間半かけて福岡に向かいました。
この時、僕の全財産は7000円。
実は、事務所の社員さんが当時住んでいた下宿が敷金礼金なしの家賃7000円だったのでそこに入れるよう話をつけていたのです。
次のギャラが出るまで無一文ですが、住む所さえあれば何とかなります。
僕は社員さんと一緒に大家さんの所に挨拶に行きました。
ところが・・・
「ごめんねぇ、やっぱり新しい人は入れん事になったんよ」
「えっ!!先日は大丈夫って言われましたが・・・」
「家族で話し合ってね、もう下宿はやめようって事になってね。約束しといて悪いけど・・・」
はい、住む場所消えた~!
社員さんは責任を感じたのか、
「すまんな・・・俺の部屋使っていいよ。俺はほとんど帰ってないし」
「ありがとうございます・・・でも出来るだけ自分で探してみます・・・」
お先真っ暗です。
~つづく~
以前書いたように僕は大学を落ちてからショーの世界に入ったのですが、やはりフリーターとしてショー1本に専念するというような生活は許してもらえませんでした。
親にではありません。兄に、です(まぁ親も許さなかったでしょうが)。
自分のやりたい事を押し殺して周りの期待に応えようとする性格の兄は、自堕落に好きな事ばかりしている僕が許せなかったのでしょう。
1991年8月、兄は僕に言いました。
「今月中に就職先を決めろ。決まらなかったら来月オマエを自衛隊に入れる。嫌ならウチから出て行け。」
期限は8月いっぱいだそうです。
こう言われた瞬間に僕は8月いっぱいで家を出る事を決意しました。
せっかく憧れの世界に入ったのに中途半端にやりたくなかったからです。
しかし、今思うと、兄に僕を追い出す権限はなかったんじゃないかと・・・
最近母に聞いてみたら、両親は僕が兄から追い出された事を知らなかったそうです。
勝手に出て行ったと思ってたみたいです。
今さらどうでもいい話ですが。
8月31日、僕は自転車に荷物を積んで久留米を後にしました。
まだまだ暑い季節、2時間半かけて福岡に向かいました。
この時、僕の全財産は7000円。
実は、事務所の社員さんが当時住んでいた下宿が敷金礼金なしの家賃7000円だったのでそこに入れるよう話をつけていたのです。
次のギャラが出るまで無一文ですが、住む所さえあれば何とかなります。
僕は社員さんと一緒に大家さんの所に挨拶に行きました。
ところが・・・
「ごめんねぇ、やっぱり新しい人は入れん事になったんよ」
「えっ!!先日は大丈夫って言われましたが・・・」
「家族で話し合ってね、もう下宿はやめようって事になってね。約束しといて悪いけど・・・」
はい、住む場所消えた~!
社員さんは責任を感じたのか、
「すまんな・・・俺の部屋使っていいよ。俺はほとんど帰ってないし」
「ありがとうございます・・・でも出来るだけ自分で探してみます・・・」
お先真っ暗です。
~つづく~
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