2013-12-21(Sat)
小説・さやか見参!(211)
一族の再興、などと、
後継ぎを産み育てる、などと、
そればかりを考えて、故郷がどうなっているのかなど考えもしなかった。
いや、隣国とは言え船でひと月もかかる場所なのだ。
つい先日始まった戦さの事など知りようがない。
そこまで考えて、封は心の中での言い訳をやめた。
不可能に思えても、現にこの邪衆院という男はそれを把握しているではないか。
邪衆院、ひいては幻龍組は目先の事だけでなく大局を見極めようとしているのだ。
彼らに出来て自分に出来ぬというのはただの怠慢だ。
封は己の視野の狭さを思い知った。
『もう殺してくれていいよ…』
封が力なく呟く。
『後継ぎも産めない、一族を興す場所もない、そんなんじゃもう、生きてく意味がないわよ…』
吐息のような独白だった。
今まで張り詰めていたものがぷつりと切れてしまったのだろう。
それを見てイバラキは
『邪衆院』
と呼びかけた。
『はっ』
邪衆院が答える。
これで最後だと封は目を閉じた。
だが、
邪衆院は喉元から刃を外し、背後から離れた。
『!?』
予想外の展開に封が戸惑う。
『おぬし、弱い女だな』
イバラキがそう言った。
『な、なんですって!?』
封はたじろぎながらも憤った。
しかし、イバラキの口調から侮蔑は感じられなかった。
『おぬし、子を成せぬ身体にされて拙者を恨んでおったであろう。その憎しみの炎を何故簡単に消す?恨んで、憎んで、拙者を殺す為に生きてやろうと何故思わぬ?』
『それは』
封が言いよどんだ。
『あんたを殺したって、もう私の願いが叶う事はなくなったから』
『確かに一族再興はおぬしの悲願であったろう。だがな、だからこそ、それを阻む者は倒すしか、殺すしかない。そうでなくては、その悲願に賭けたおぬしの一生が浮かばれまい』
『私の…?』
封は更に戸惑っている。
イバラキの真意が読めない。
『おぬしはたった一つの願いの為に命を賭けて戦ってきたのであろう。苦しくとも、つらくとも、血を吐き、涙を流しながらも生きてきたのであろう。よいか、その願いを邪魔されたという事は、おぬしのこれまでの全てを否定された事になるのだぞ』
『イバラキ…』
『おぬしがこれまで必死に生きてきたのなら、そう胸を張って言えるのなら、絶対に自分自身を裏切るな。己を否定し蹂躙してくる者は絶対に許すな。これからは、拙者に復讐する事だけを考えて生きてみよ。異国まで来て負け犬になりたくなければな』
イバラキは封に背を向けた。
『だから拙者は、山吹と一角を倒す為だけにおめおめと生きながらえておるのだ。大切なものを奪われ続けても』
復讐心で生きているのは宿敵・山吹さやかも同じである。
それゆえイバラキはさやかに自分と同じ匂いを感じるのだ。
イバラキが背を向けている間に邪衆院が封に近付き何かを囁いた。
すると封は一瞬驚いた表情をし、そしてふっと笑った。
『幻龍イバラキ、あんたの持つ荊木流の奥義、今度こそ奪ってやるから』
その目に敵意はない。
イバラキも振り返り、にやりと笑うと
『これの事か』
と、懐から出した巾着袋を封に放った。
受け取った封は一瞬躊躇した後、袋の中身を改めて、
笑った。
『なるほどね、これが奥義なんだ』
イバラキは黙って笑っている。
封は巾着の口を閉じるとイバラキに近付き丁寧にそれを返した。
『イバラキ、あんた一生許さないからね。私を騙した罪は重いよ』
微笑んだ封は、ただ美しかった。
『望むところ』
そう答えたイバラキの目もどこか優しげに見えた。
次の瞬間、封は高く跳躍して二人の前から姿を消した。
それを見送った邪衆院が明るい口調で言う。
『いやぁ~、彼女、またいつ襲ってくるか楽しみですね~』
イバラキはそれには答えず
『邪衆院』
と呼びかけた。
『はい?』
『おぬし、封に何か余計な事を言ったであろう』
『いえ?別に??』
とぼけた口調だ。
実は邪衆院、先ほど封の耳元で
『あの時かしらが突いたのは、数ヶ月だけ子供が出来なくなる経絡。生涯ってのはかしらの大嘘だから』
と打ち明けたのだった。
一族再興の夢が潰えても、まだ一人の女性として、母としては夢を持って生きていけるのだと、そう伝えたのだ。
『まったく、おぬしは女に甘すぎるな』
『おかしらこそ、でしょ』
幻龍イバラキと邪衆院天空は宿に戻る為に歩き始めた。
封と戦う事はもう二度とないであろう。
イバラキは終始無言のままであったがそこに重い空気はなく、
邪衆院はなんだか晴れ晴れした気持ちで従って歩いた。
後継ぎを産み育てる、などと、
そればかりを考えて、故郷がどうなっているのかなど考えもしなかった。
いや、隣国とは言え船でひと月もかかる場所なのだ。
つい先日始まった戦さの事など知りようがない。
そこまで考えて、封は心の中での言い訳をやめた。
不可能に思えても、現にこの邪衆院という男はそれを把握しているではないか。
邪衆院、ひいては幻龍組は目先の事だけでなく大局を見極めようとしているのだ。
彼らに出来て自分に出来ぬというのはただの怠慢だ。
封は己の視野の狭さを思い知った。
『もう殺してくれていいよ…』
封が力なく呟く。
『後継ぎも産めない、一族を興す場所もない、そんなんじゃもう、生きてく意味がないわよ…』
吐息のような独白だった。
今まで張り詰めていたものがぷつりと切れてしまったのだろう。
それを見てイバラキは
『邪衆院』
と呼びかけた。
『はっ』
邪衆院が答える。
これで最後だと封は目を閉じた。
だが、
邪衆院は喉元から刃を外し、背後から離れた。
『!?』
予想外の展開に封が戸惑う。
『おぬし、弱い女だな』
イバラキがそう言った。
『な、なんですって!?』
封はたじろぎながらも憤った。
しかし、イバラキの口調から侮蔑は感じられなかった。
『おぬし、子を成せぬ身体にされて拙者を恨んでおったであろう。その憎しみの炎を何故簡単に消す?恨んで、憎んで、拙者を殺す為に生きてやろうと何故思わぬ?』
『それは』
封が言いよどんだ。
『あんたを殺したって、もう私の願いが叶う事はなくなったから』
『確かに一族再興はおぬしの悲願であったろう。だがな、だからこそ、それを阻む者は倒すしか、殺すしかない。そうでなくては、その悲願に賭けたおぬしの一生が浮かばれまい』
『私の…?』
封は更に戸惑っている。
イバラキの真意が読めない。
『おぬしはたった一つの願いの為に命を賭けて戦ってきたのであろう。苦しくとも、つらくとも、血を吐き、涙を流しながらも生きてきたのであろう。よいか、その願いを邪魔されたという事は、おぬしのこれまでの全てを否定された事になるのだぞ』
『イバラキ…』
『おぬしがこれまで必死に生きてきたのなら、そう胸を張って言えるのなら、絶対に自分自身を裏切るな。己を否定し蹂躙してくる者は絶対に許すな。これからは、拙者に復讐する事だけを考えて生きてみよ。異国まで来て負け犬になりたくなければな』
イバラキは封に背を向けた。
『だから拙者は、山吹と一角を倒す為だけにおめおめと生きながらえておるのだ。大切なものを奪われ続けても』
復讐心で生きているのは宿敵・山吹さやかも同じである。
それゆえイバラキはさやかに自分と同じ匂いを感じるのだ。
イバラキが背を向けている間に邪衆院が封に近付き何かを囁いた。
すると封は一瞬驚いた表情をし、そしてふっと笑った。
『幻龍イバラキ、あんたの持つ荊木流の奥義、今度こそ奪ってやるから』
その目に敵意はない。
イバラキも振り返り、にやりと笑うと
『これの事か』
と、懐から出した巾着袋を封に放った。
受け取った封は一瞬躊躇した後、袋の中身を改めて、
笑った。
『なるほどね、これが奥義なんだ』
イバラキは黙って笑っている。
封は巾着の口を閉じるとイバラキに近付き丁寧にそれを返した。
『イバラキ、あんた一生許さないからね。私を騙した罪は重いよ』
微笑んだ封は、ただ美しかった。
『望むところ』
そう答えたイバラキの目もどこか優しげに見えた。
次の瞬間、封は高く跳躍して二人の前から姿を消した。
それを見送った邪衆院が明るい口調で言う。
『いやぁ~、彼女、またいつ襲ってくるか楽しみですね~』
イバラキはそれには答えず
『邪衆院』
と呼びかけた。
『はい?』
『おぬし、封に何か余計な事を言ったであろう』
『いえ?別に??』
とぼけた口調だ。
実は邪衆院、先ほど封の耳元で
『あの時かしらが突いたのは、数ヶ月だけ子供が出来なくなる経絡。生涯ってのはかしらの大嘘だから』
と打ち明けたのだった。
一族再興の夢が潰えても、まだ一人の女性として、母としては夢を持って生きていけるのだと、そう伝えたのだ。
『まったく、おぬしは女に甘すぎるな』
『おかしらこそ、でしょ』
幻龍イバラキと邪衆院天空は宿に戻る為に歩き始めた。
封と戦う事はもう二度とないであろう。
イバラキは終始無言のままであったがそこに重い空気はなく、
邪衆院はなんだか晴れ晴れした気持ちで従って歩いた。
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