2013-10-30(Wed)
小説・さやか見参!(199)
これまで何人の『かすみ』に出会ってきたか…
幻龍イバラキは目の前の女に刀を突きつけながらそう自嘲した。
イバラキとて常に忍びとして潜伏しているわけではない。
鉄仮面や鋼鉄の義手を外し、焼けた顔を隠して町に入る事も多いのだ。
情報収集こそが忍者の生命線なのである。
イバラキが縄のれんで酒を飲んでいると遊女崩れのような女がからんできた。
隠してはいるが、顔面に火傷を負った隻腕の無骨な男である。
避けられる事はあってもからまれる事などめったにない。
イバラキはふっと笑いをこぼし、酒をくいと飲んで
『おぬし、もしや名をかすみというのでは?』
と尋ねた。
『かすみ』とは、一角衆がイバラキの所に送り込むくのいちの名だ。
個人の名前ではなく肩書きと言った方が正しいやもしれぬ。
最初に送り込まれたかすみはイバラキの幼馴染として送り込まれ、やがて妻となった。
それが間者だと気付かずイバラキはかすみを愛し、そして裏切られた。
己が命を奪ったとはいえ、それは今でもイバラキの心に底の見えぬ深い傷を残している。
その傷を疼かせる為だけに一角衆は『かすみ』という名の間者をイバラキに差し向けるのである。
これまで何人のかすみに出会ってきたか…
イバラキの心の呟きはそのような理由によるものだったのだ。
店を出たイバラキは何人目かのかすみに刀を突きつけ
『こんな下らぬ余興をいつまで続けるつもりだ。戻って血讐に伝えろ。回りくどい事をせずに直接来たらどうだ、とな』
イバラキは今まで何人も現れたかすみと名乗るくのいちを殺した事はなかった。
もちろん彼女達は殺されるのを覚悟で出向いている。
そして一様に彼女達は戦闘能力を持たぬ。
つまり最初から戦う気がないのだ。
イバラキの心の傷をえぐり、苛々させるという遊戯の為だけに送り込まれた間者なのである。
それで殺されても一向にかまわぬ、と。
『いつまで続けるのか、ですって?』
女が目の前の白刃にも動じず笑った。
『血讐様がおっしゃってたわ。この遊びは幻龍イバラキが壊れるまで続けるって』
睫毛の長い怪しげな瞳がまっすぐにイバラキを見つめる。
『…ふん』
人の気配を感じ、イバラキが素早く刀を納めた。
さやかの兄・たけるから奪った刀ではなく、町中で目立たぬように用意した短刀だ。
向かい合う男女の隣を、酔った男達が通った。
好奇の目で眺めては行くが、雰囲気に押され口を開く事無く通り過ぎる。
『ならばこう伝えろ。拙者が壊れる事はもう無い。無駄だ。拙者は一度死んでいる。死人を壊す事は出来ん、とな』
イバラキは踵を返しそこを去ろうとした。
背後で、甲高い笑い声が響く
『私の事殺さないんだ』
かすみはイバラキの背中に向かって言葉をぶつけた。
『血讐様が言ってたよ。本当に死んでるなら、相手の名がかすみだろうが殺せるはず、って。それを殺せないのはまだ生きてる証拠だって』
イバラキは足を止めない。
『だから壊し甲斐があるって!』
女の声はそれ以上追っては来なかった。
月の無い闇の中をゆっくりと歩き、イバラキは町を離れた。
(殺せぬのではない。もう、殺さぬのだ)
という心の声に耳をふさぎながら。
幻龍イバラキは目の前の女に刀を突きつけながらそう自嘲した。
イバラキとて常に忍びとして潜伏しているわけではない。
鉄仮面や鋼鉄の義手を外し、焼けた顔を隠して町に入る事も多いのだ。
情報収集こそが忍者の生命線なのである。
イバラキが縄のれんで酒を飲んでいると遊女崩れのような女がからんできた。
隠してはいるが、顔面に火傷を負った隻腕の無骨な男である。
避けられる事はあってもからまれる事などめったにない。
イバラキはふっと笑いをこぼし、酒をくいと飲んで
『おぬし、もしや名をかすみというのでは?』
と尋ねた。
『かすみ』とは、一角衆がイバラキの所に送り込むくのいちの名だ。
個人の名前ではなく肩書きと言った方が正しいやもしれぬ。
最初に送り込まれたかすみはイバラキの幼馴染として送り込まれ、やがて妻となった。
それが間者だと気付かずイバラキはかすみを愛し、そして裏切られた。
己が命を奪ったとはいえ、それは今でもイバラキの心に底の見えぬ深い傷を残している。
その傷を疼かせる為だけに一角衆は『かすみ』という名の間者をイバラキに差し向けるのである。
これまで何人のかすみに出会ってきたか…
イバラキの心の呟きはそのような理由によるものだったのだ。
店を出たイバラキは何人目かのかすみに刀を突きつけ
『こんな下らぬ余興をいつまで続けるつもりだ。戻って血讐に伝えろ。回りくどい事をせずに直接来たらどうだ、とな』
イバラキは今まで何人も現れたかすみと名乗るくのいちを殺した事はなかった。
もちろん彼女達は殺されるのを覚悟で出向いている。
そして一様に彼女達は戦闘能力を持たぬ。
つまり最初から戦う気がないのだ。
イバラキの心の傷をえぐり、苛々させるという遊戯の為だけに送り込まれた間者なのである。
それで殺されても一向にかまわぬ、と。
『いつまで続けるのか、ですって?』
女が目の前の白刃にも動じず笑った。
『血讐様がおっしゃってたわ。この遊びは幻龍イバラキが壊れるまで続けるって』
睫毛の長い怪しげな瞳がまっすぐにイバラキを見つめる。
『…ふん』
人の気配を感じ、イバラキが素早く刀を納めた。
さやかの兄・たけるから奪った刀ではなく、町中で目立たぬように用意した短刀だ。
向かい合う男女の隣を、酔った男達が通った。
好奇の目で眺めては行くが、雰囲気に押され口を開く事無く通り過ぎる。
『ならばこう伝えろ。拙者が壊れる事はもう無い。無駄だ。拙者は一度死んでいる。死人を壊す事は出来ん、とな』
イバラキは踵を返しそこを去ろうとした。
背後で、甲高い笑い声が響く
『私の事殺さないんだ』
かすみはイバラキの背中に向かって言葉をぶつけた。
『血讐様が言ってたよ。本当に死んでるなら、相手の名がかすみだろうが殺せるはず、って。それを殺せないのはまだ生きてる証拠だって』
イバラキは足を止めない。
『だから壊し甲斐があるって!』
女の声はそれ以上追っては来なかった。
月の無い闇の中をゆっくりと歩き、イバラキは町を離れた。
(殺せぬのではない。もう、殺さぬのだ)
という心の声に耳をふさぎながら。
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