2013-08-18(Sun)
小説・さやか見参!(192)
一角衆の砦では珍しく血讐が考え込んでいた。
だが、半裸で座敷にあぐらをかき、女達をはべらせた姿は決して深刻には見えない。
『けっ』
向かい合って座っている断が不満を露にして片膝を立てた。
これが深刻さを見せぬ為の血讐の韜晦だと分かっていても苛々する。
その隣に正座した封は、冷たい、まるで死人のような目で痴態を眺めている。
『どうじゃ?封』
突然血讐が尋ねる。
『近頃は変わりないか?』
封は死人の顔のまま答えた。
『何事も。変わりありません』
それは言葉というより、顔面に開いた穴から漏れてくる音のようだ。
一切の感情がない。
実際のところ、イバラキの手によって子を産めぬ身体にされてから、封はおかしくなっていた。
まるで人形のように、ただ淡々と生きているのだ。
(分かるぜ、封)
断は心の中で同情した。
唯一の目的を失った者は壊れるしかない。
同じくイバラキの手で余命わずかとされた断には、己の血族を残す事だけを生き甲斐にしていた封の気持ちがよく分かるのだ。
これが死して当然の忍びなら諦めもつくだろう。
だが二人は忍びではない。
たまたま一角衆に拾われた異国の戦士に過ぎないのだ。
心を簡単に切り換えられるはずもなかった。
それを知らぬわけでもなかろうに、血讐はうなずき、
『そうか、何事もないならそれで良い』
と言って着物を羽織った。
(何事もないわけあるかよ、このくそじじぃが)
断が心の中で毒づく。
血讐はそれを見て、微かにふふんと笑った。
『断を送り込んでみたが』
血讐に突然名前を出されて断がぴくりと反応する。
『幻龍の奥義は奪えそうにないしな。使えぬ奴よ』
『うるせぇな』
楽しそうに悪態をつく血讐に、断がそっぽを向いてふてくされた。
『封、次はおまえが幻龍の元へ行け』
『…私が?』
『そうだ。幻龍は女に甘いからな。無闇に命を奪おうとはすまい。現に断は命を縮められたが、おまえは子を産めぬ身体にされただけだ』
血讐の言葉に重みはない。
封にとっては人生の土台を失うほどの悲劇なのだが。
『分かりました。私が行きます。あの男、殺してもかまいませんね?』
『かまわぬ。奥義さえ持ち帰ればそれで良い』
それを聞くと封は静かに頷いて座敷を出た。
『おい、封!』
断が呼び止めたが封は振り返らずに襖を閉めた。
『…ったく…、で、俺は何をしたらいいんだよ』
『おまえはゆっくり休んでおれ』
『はぁ?』
『命を惜しんで戦意を失った者など使えぬからな』
『そうかよ。だが敵はイバラキだけじゃねぇ。山吹の小娘もいるぜ。そっちはどうすんだよ。あの紅白の小僧どもにやらせる気か?』
『いいや』
着物をつけた血讐が立ち上がる。
『山吹さやかはもうしばらく揺さぶっておいてやろう。若い娘は心を攻めた方が、効く』
そう言うと、封が出たのとは反対側の襖がすっと開き、長身の男が入ってきた。
断は初めて見る顔だったのだが、一目で
(あぁ、こいつは楽しみながら殺しが出来る奴だ)
と直感出来た。
血讐が横目で男を見て
『首尾はどうだ?ダチュラ』
と訊くと、ダチュラと呼ばれた白衣の男は
『じわじわやってるよぉ、じわじわねぇ』
と、楽しそうに答えた。
だが、半裸で座敷にあぐらをかき、女達をはべらせた姿は決して深刻には見えない。
『けっ』
向かい合って座っている断が不満を露にして片膝を立てた。
これが深刻さを見せぬ為の血讐の韜晦だと分かっていても苛々する。
その隣に正座した封は、冷たい、まるで死人のような目で痴態を眺めている。
『どうじゃ?封』
突然血讐が尋ねる。
『近頃は変わりないか?』
封は死人の顔のまま答えた。
『何事も。変わりありません』
それは言葉というより、顔面に開いた穴から漏れてくる音のようだ。
一切の感情がない。
実際のところ、イバラキの手によって子を産めぬ身体にされてから、封はおかしくなっていた。
まるで人形のように、ただ淡々と生きているのだ。
(分かるぜ、封)
断は心の中で同情した。
唯一の目的を失った者は壊れるしかない。
同じくイバラキの手で余命わずかとされた断には、己の血族を残す事だけを生き甲斐にしていた封の気持ちがよく分かるのだ。
これが死して当然の忍びなら諦めもつくだろう。
だが二人は忍びではない。
たまたま一角衆に拾われた異国の戦士に過ぎないのだ。
心を簡単に切り換えられるはずもなかった。
それを知らぬわけでもなかろうに、血讐はうなずき、
『そうか、何事もないならそれで良い』
と言って着物を羽織った。
(何事もないわけあるかよ、このくそじじぃが)
断が心の中で毒づく。
血讐はそれを見て、微かにふふんと笑った。
『断を送り込んでみたが』
血讐に突然名前を出されて断がぴくりと反応する。
『幻龍の奥義は奪えそうにないしな。使えぬ奴よ』
『うるせぇな』
楽しそうに悪態をつく血讐に、断がそっぽを向いてふてくされた。
『封、次はおまえが幻龍の元へ行け』
『…私が?』
『そうだ。幻龍は女に甘いからな。無闇に命を奪おうとはすまい。現に断は命を縮められたが、おまえは子を産めぬ身体にされただけだ』
血讐の言葉に重みはない。
封にとっては人生の土台を失うほどの悲劇なのだが。
『分かりました。私が行きます。あの男、殺してもかまいませんね?』
『かまわぬ。奥義さえ持ち帰ればそれで良い』
それを聞くと封は静かに頷いて座敷を出た。
『おい、封!』
断が呼び止めたが封は振り返らずに襖を閉めた。
『…ったく…、で、俺は何をしたらいいんだよ』
『おまえはゆっくり休んでおれ』
『はぁ?』
『命を惜しんで戦意を失った者など使えぬからな』
『そうかよ。だが敵はイバラキだけじゃねぇ。山吹の小娘もいるぜ。そっちはどうすんだよ。あの紅白の小僧どもにやらせる気か?』
『いいや』
着物をつけた血讐が立ち上がる。
『山吹さやかはもうしばらく揺さぶっておいてやろう。若い娘は心を攻めた方が、効く』
そう言うと、封が出たのとは反対側の襖がすっと開き、長身の男が入ってきた。
断は初めて見る顔だったのだが、一目で
(あぁ、こいつは楽しみながら殺しが出来る奴だ)
と直感出来た。
血讐が横目で男を見て
『首尾はどうだ?ダチュラ』
と訊くと、ダチュラと呼ばれた白衣の男は
『じわじわやってるよぉ、じわじわねぇ』
と、楽しそうに答えた。
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