2012-11-17(Sat)
小説・さやか見参!(173)
音駒の表情が若干変わったような気がして、さやかは躊躇った。
『聞いても、いいですか?』
『もちろん構いませんよ。話す約束ですしね。ただ、面白くない話なので許して下さいね』
音駒が照れたように笑った。
『私は以前、許嫁を病でなくしたんですよ。許嫁といっても幼馴染みのようなものでしたけどね』
その言葉を聞いて、さやかの心臓が鼓動を早めた。
イバラキ、ゆりえ、そして音駒、
自分の周りには愛する人を失う者が多すぎやしないかと不安になったからだ。
いや、それだけではない。
音駒に許嫁がいたという事に微かな嫉妬を抱いてしまったから、でもある。
だが幼いさやかは己の感情の正体を掴めずに苛立ち、音駒の顔を見た。
いつもと変わらぬ音駒の笑顔が、いつの間にか薄闇に包まれてる。
さきほどまで西陽が眩しいくらいに感じていたのに。
『もう5年も前の話です。ちょうど親同士の間で私達を一緒にしようという話が出ていた頃で…もちろん私達もいずれそうするつもりではいたのですが…これから祝言の段取りを話し合おうという時に彼女が病に倒れました』
『何の…病気だったっシュか…?』
『癌でしたね。気付いた時にはもうかなり進行していてどうしようもなかった。もっと注意深く見守っていれば早い段階で気付けたのかもしれませんが、彼女は元々身体が弱くて、多少具合いが悪くても無理をする癖があったんです』
陽が完全に落ちた。
『暗くなりましたね。燭台を出しましょうか』
足を止め、ほどいた荷から出した蝋燭に火を灯し、音駒は再び歩き出す。
さやかと心太郎は音駒の横に並んだ。
『医者も家族も手を尽くしましたし、本人も気丈に振る舞っていたんですが…最後の数ヶ月はただ、死にたくない死にたくない、と、それはもう狂ったように』
さやかは言葉も出ない。
『死にたくない、生きて貴方と一緒になりたいと言われる度、私は自分の非力を悔やみました。結局何も出来ないまま、彼女は息を引き取りました』
しばし沈黙が訪れた。
何を話すべきなのか、
いや、声を発するべきなのかすらさやかには分からなかった。
『それで…医者になろうと…?』
心太郎が躊躇しながら訪ねる。
『そうではありません』
音駒が即座に否定した。
『許嫁を助けられなかった後悔から医学の道を志したわけではありません。私の場合は、もっと自分勝手な理由なんです』
『聞いても、いいですか?』
『もちろん構いませんよ。話す約束ですしね。ただ、面白くない話なので許して下さいね』
音駒が照れたように笑った。
『私は以前、許嫁を病でなくしたんですよ。許嫁といっても幼馴染みのようなものでしたけどね』
その言葉を聞いて、さやかの心臓が鼓動を早めた。
イバラキ、ゆりえ、そして音駒、
自分の周りには愛する人を失う者が多すぎやしないかと不安になったからだ。
いや、それだけではない。
音駒に許嫁がいたという事に微かな嫉妬を抱いてしまったから、でもある。
だが幼いさやかは己の感情の正体を掴めずに苛立ち、音駒の顔を見た。
いつもと変わらぬ音駒の笑顔が、いつの間にか薄闇に包まれてる。
さきほどまで西陽が眩しいくらいに感じていたのに。
『もう5年も前の話です。ちょうど親同士の間で私達を一緒にしようという話が出ていた頃で…もちろん私達もいずれそうするつもりではいたのですが…これから祝言の段取りを話し合おうという時に彼女が病に倒れました』
『何の…病気だったっシュか…?』
『癌でしたね。気付いた時にはもうかなり進行していてどうしようもなかった。もっと注意深く見守っていれば早い段階で気付けたのかもしれませんが、彼女は元々身体が弱くて、多少具合いが悪くても無理をする癖があったんです』
陽が完全に落ちた。
『暗くなりましたね。燭台を出しましょうか』
足を止め、ほどいた荷から出した蝋燭に火を灯し、音駒は再び歩き出す。
さやかと心太郎は音駒の横に並んだ。
『医者も家族も手を尽くしましたし、本人も気丈に振る舞っていたんですが…最後の数ヶ月はただ、死にたくない死にたくない、と、それはもう狂ったように』
さやかは言葉も出ない。
『死にたくない、生きて貴方と一緒になりたいと言われる度、私は自分の非力を悔やみました。結局何も出来ないまま、彼女は息を引き取りました』
しばし沈黙が訪れた。
何を話すべきなのか、
いや、声を発するべきなのかすらさやかには分からなかった。
『それで…医者になろうと…?』
心太郎が躊躇しながら訪ねる。
『そうではありません』
音駒が即座に否定した。
『許嫁を助けられなかった後悔から医学の道を志したわけではありません。私の場合は、もっと自分勝手な理由なんです』
スポンサーサイト