2012-11-06(Tue)
小説・さやか見参!(171)
林の脇を通り、音駒は病人が待つ家に向かって歩いた。
さやかと心太郎はその隣についている。
『あれからこの林には?』
さやかが尋ねる。
かつてこの林には天狗が出るという噂があった。
天狗の正体はイバラキ達『幻龍組』の忍者達で、さやかは酷い手傷を負わされ、それが音駒との出会いのきっかけになったのだ。
『あれからは何も。周囲の噂だと天狗はお山へ帰られたそうです。…私はまだ怖くて、こうして林の外を歩いておりますが』
音駒は自虐的に照れた笑顔を見せた。
あの時は音駒もかなり危険な目に遭ったのだ。
恐怖が残っていたとて不思議ではない。
『でもまさか、さやか殿がこんな普通の人に助けられたなんて…なんか信じられないっシュね』
『こら心太郎!』
心太郎が図々しい口をきく。
『はは、いいんですよさやかさん。心太郎殿の言うように私は普通の、いえ、普通にも満たない者ですから』
音駒が爽やかに答える。
そこには卑下も皮肉もなく、本心からそう思っている事がうかがえた。
『一人前の医者になって、本当に人の命を救えるようになるまで私は半人前なんです』
さやかは頭を振った。
『そんな事…もう!心太郎!あんた、音駒さんからちょっと良く言われたからって調子に乗りすぎじゃないの!?あんたなんか半人前にもなれない三流以下なんだからね!?』
心太郎が音駒から良く言われたというのは先ほど初対面の挨拶をした時である。
音駒は自分よりずいぶん年下の心太郎にしっかりとあたまを下げて自分から名乗った。
『はじめまして。音駒といいます。医者を目指して精進中の身です。さやかさんがこちらの林を通られた折、縁あって知り合いました』
固い。固すぎる。
このまま『さやかさんを嫁に下さい!』と言わんばかりの固さである。
心太郎は吹き出しそうになりながら、手短に言った。
『おいらは心太郎っシュ』
本来なら忍者に自己紹介などない。
身分を明かさぬが常なのだ。
『心太郎殿もさやかさんと同じ山吹流の忍者なのですか?』
禁忌を知らぬ者はずばりと核心に触れてくる事がある。
心太郎は戸惑ってさやかをちらりと見た。
答えて良いものか迷ったのである。
さやかが笑顔でうなずくのを見て心太郎はようやく
『そうっシュ』
と答えた。
『なるほど』
音駒が感嘆の表情を浮かべる。
『おそらく心太郎殿は、優れた腕前をお持ちなのでしょうね』
『えっ?』
『聞けばさやかさんは流派本家の跡継ぎとの事。そのような優れた方に同行を許されているのですから、心太郎殿の腕前も並々ならぬものがあるのではと思いまして』
そう言われて心太郎は驚いた。
心太郎はいつも、さやかの『弟』や『弟子』に見られているのだ。
任務の同行者として見られた事などほとんどない。
だが音駒は心太郎を『優秀な同行者』だと判断した。
危険な任務に赴くさやかが足手まといを連れて行くはずがないと考えたのだろう。
悔しいが心太郎は音駒に好感を持ってしまった。
『並々ならぬ腕前?ははん、音駒さんはよく分かってるっシュ。おいらは…』
得意気な心太郎の言葉をさやかが遮る。
『音駒さん!それは買い被りすぎよ!そいつは三流も三流、全然使えない役立たずよ!頭領の命令で仕方なく連れてるだけなんだから!』
『さやか殿、そんなぁ』
心太郎が落ち込む。
『いやいや、心太郎殿が三流ならば、頭領殿も同行を命じる事はないでしょう。今ここにいるという事が、心太郎殿の実力の証明だと思いますよ』
心太郎は一瞬浮かれかけたが、さやかが修羅の如き形相で睨んでいたので恐縮したふりをした。
それ以来心太郎は音駒に馴れ馴れしい態度を取るようになったのである。
さやかと心太郎はその隣についている。
『あれからこの林には?』
さやかが尋ねる。
かつてこの林には天狗が出るという噂があった。
天狗の正体はイバラキ達『幻龍組』の忍者達で、さやかは酷い手傷を負わされ、それが音駒との出会いのきっかけになったのだ。
『あれからは何も。周囲の噂だと天狗はお山へ帰られたそうです。…私はまだ怖くて、こうして林の外を歩いておりますが』
音駒は自虐的に照れた笑顔を見せた。
あの時は音駒もかなり危険な目に遭ったのだ。
恐怖が残っていたとて不思議ではない。
『でもまさか、さやか殿がこんな普通の人に助けられたなんて…なんか信じられないっシュね』
『こら心太郎!』
心太郎が図々しい口をきく。
『はは、いいんですよさやかさん。心太郎殿の言うように私は普通の、いえ、普通にも満たない者ですから』
音駒が爽やかに答える。
そこには卑下も皮肉もなく、本心からそう思っている事がうかがえた。
『一人前の医者になって、本当に人の命を救えるようになるまで私は半人前なんです』
さやかは頭を振った。
『そんな事…もう!心太郎!あんた、音駒さんからちょっと良く言われたからって調子に乗りすぎじゃないの!?あんたなんか半人前にもなれない三流以下なんだからね!?』
心太郎が音駒から良く言われたというのは先ほど初対面の挨拶をした時である。
音駒は自分よりずいぶん年下の心太郎にしっかりとあたまを下げて自分から名乗った。
『はじめまして。音駒といいます。医者を目指して精進中の身です。さやかさんがこちらの林を通られた折、縁あって知り合いました』
固い。固すぎる。
このまま『さやかさんを嫁に下さい!』と言わんばかりの固さである。
心太郎は吹き出しそうになりながら、手短に言った。
『おいらは心太郎っシュ』
本来なら忍者に自己紹介などない。
身分を明かさぬが常なのだ。
『心太郎殿もさやかさんと同じ山吹流の忍者なのですか?』
禁忌を知らぬ者はずばりと核心に触れてくる事がある。
心太郎は戸惑ってさやかをちらりと見た。
答えて良いものか迷ったのである。
さやかが笑顔でうなずくのを見て心太郎はようやく
『そうっシュ』
と答えた。
『なるほど』
音駒が感嘆の表情を浮かべる。
『おそらく心太郎殿は、優れた腕前をお持ちなのでしょうね』
『えっ?』
『聞けばさやかさんは流派本家の跡継ぎとの事。そのような優れた方に同行を許されているのですから、心太郎殿の腕前も並々ならぬものがあるのではと思いまして』
そう言われて心太郎は驚いた。
心太郎はいつも、さやかの『弟』や『弟子』に見られているのだ。
任務の同行者として見られた事などほとんどない。
だが音駒は心太郎を『優秀な同行者』だと判断した。
危険な任務に赴くさやかが足手まといを連れて行くはずがないと考えたのだろう。
悔しいが心太郎は音駒に好感を持ってしまった。
『並々ならぬ腕前?ははん、音駒さんはよく分かってるっシュ。おいらは…』
得意気な心太郎の言葉をさやかが遮る。
『音駒さん!それは買い被りすぎよ!そいつは三流も三流、全然使えない役立たずよ!頭領の命令で仕方なく連れてるだけなんだから!』
『さやか殿、そんなぁ』
心太郎が落ち込む。
『いやいや、心太郎殿が三流ならば、頭領殿も同行を命じる事はないでしょう。今ここにいるという事が、心太郎殿の実力の証明だと思いますよ』
心太郎は一瞬浮かれかけたが、さやかが修羅の如き形相で睨んでいたので恐縮したふりをした。
それ以来心太郎は音駒に馴れ馴れしい態度を取るようになったのである。
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