2012-06-07(Thu)

小説・さやか見参!(162)

さやかと心太郎は夜明け前の闇に紛れて鳥飼に戻った。

辺りに人の姿はない。

民家すら見当たらない寂しい場所だ。

目的の鳥飼城まではけっこう距離がある。

敢えて遠回りしてこの場所から藩内に入ったのは謎の監視集団を警戒しての事だ。

先日の感じだと城下町はかなり厳しく見張られている。

いかな山吹の手練れといえ、いきなりそこへ足を踏み入れるのは危険が大きい。

敵の警戒が薄い場所から、慎重に様子を窺いながら本丸に迫る。

危険と判断したら潜入は一旦中止しなくてはならない。

さやかは走りながら深く長く息を吐き気持ちを落ち着かせた。

雑草についた朝露が足袋を湿らせる。

風が冷たい。

もうすぐ本格的に寒くなるわね、とさやかは心の中で呟いた。

呟いて、何故か心の内側に針を打ち込まれたような痛みを感じる。

物理的な痛みではない。

(また来たわね)

さやかは憎々しげに毒づいた。

この痛みは十数年前からさやかに取り憑いている『虚無』の仕業であり、さやかはそれを理解していた。

虚無はさやかを無常の世界に引き込もうとする。

おまえが生きる世界には苦しみしかないのだ、と絶望の淵に誘う。

兄が殺されて以降のさやかにとって、死の誘惑は抗いがたい蠱惑的なものであった。

兄が死んだなら自分も死んでいるようなものだ。

兄のような素晴らしい人間が志半ばで殺されるような世界にどれほどの価値があろうか。

兄がいない世界に生きていても仕方ない。

ならばいっそ。


そんなさやかをぎりぎりの所で踏みとどまらせているのは宿敵、幻龍イバラキの存在であった。

兄のかたきを討つまでは死ぬわけにはいかぬ。

それまでの我慢だ。

奴を討ち、心置きなく現世に別れを告げよう。

そう思っていた。

だが今は、

何故か音駒の笑顔が心に引っ掛かっていた。

音駒は今日も病人達の為に歩いているのだろうか。

早く会いたい、と思いかけてさやかはかぶりを振った。

そんな事を考えている場合ではないのだ。

さやかと心太郎は闇の中、畔を走り抜けている。

ようやく人が暮らしている景色が見えてきた。

ここにも見張りの気配はないが、これから先は特に気を付けなければなるまい。

余計な思考に囚われては幽かな気配を読み損なうかもしれない。

なぜ音駒の事なんか思い出したのか。

きっと寒さのせいだわ。

さやかは心の中で言い訳をした。

身体が冷えると人は温もりを求める。

冷えた身体は心を冷やし、心もまた温もりを求める。

心が求める温もりとは人の温もりだ。

だから冬は人恋しくなる。

だから冬は寂しくなる。

『さやか殿』

心太郎の声でさやかは我に返った。

そして、結局は余計な思考から逃れられていなかった自分をこっそり恥じた。

さやかが立ち止まる。

心太郎も立ち止まる。

二人の眼前に、墨のような空と同化した鳥飼城が見えた。

もうすぐ城下に入る。

ますます用心せねば。

二人は顔を見合わせて小さくうなずき、城に向かって走り出した。
スポンサーサイト

trackback url


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

trackback

まとめtyaiました【小説・さやか見参!(160)】

さやかと心太郎は夜明け前の闇に紛れて鳥飼に戻った。辺りに人の姿はない。民家すら見当たらない寂しい場所だ。目的の鳥飼城まではけっこう距離がある。敢えて遠回りしてこの場所から藩内に入ったのは謎の監視集団を警戒しての事だ。先日の感じだと城下町はかなり厳しく見...

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

くのいち・山吹さやかが活躍する『忍者ライブショー さやか見参!』、新シリーズ『ギルティー!!』も展開中!!

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード