2012-04-17(Tue)
小説・さやか見参!(159)
『なんかさー、聞いててツラくなっちゃったわよ』
さやかは溜め息をついた。
金丸の領地に戻って心太郎と合流したさやかは、先程のゆりと父親の話をしていたのだ。
『変わっちまったのは富男だけじゃねぇ、鳥飼全体が変わっちまったんだ』
そう言って父親が語ったのは次のような内容だった。
ゆりの許婚である富男は、ある日を境に急に冷たくなった。
ゆりは戸惑ったが、虫の居所が悪い時もあるだろうとそれまで通りに接していたそうである。
しかし日を追う毎に富男の態度は冷たく、
いや、冷たい等というものではない、
まるでかたきを見るような目でゆりを見るようになった。
話しかけても愛想なく、極力言葉を交わすのを避けているような反応だった。
ゆりは何か落ち度はなかったかと自分を責めた。
富男に別の想い人が出来たのかとも考えた。
しかしそれは違うようだった。
富男はゆりだけではなく、全ての人々に敵意を向けていたからだ。
そこでゆりは気が付いた。
富男だけではない。
これまで家族のように接していた店の者達も全ておかしくなっている。
丁稚も番頭もおかみも大旦那も、皆が猜疑の目を向け合っていた。
自分の知らない所で何かあったのだろうか?
しかしそれは店の中だけにとどまらず、客も、取引先も、町を行き交う人達も、つまるところ鳥飼全てがおかしくなっていたのだ。
富男の態度の豹変にゆりは心を痛め、やがて精神を病んだ。
当然である。
それまで愛し愛されていた者が突然変わってしまったのだから。
心を病み働けなくなったゆりに店は暇を出した。
事実上の解雇である。
最後の奉公の日、ゆりは富男の気持ちを確認しようと思っていた。
まだ自分と夫婦になる気持ちがあるのかどうか。
もう気持ちが離れているのならそれでも仕方ない。
だが富男の気持ちだけは知りたかった。
しかし、
暇を言い渡してから富男は一度もゆりの前に顔を出さなかった。
結局、ゆりは訳も分からぬまま富男に捨てられてしまったのだ。
話を聞いた父親は何度も富男に会いに行った。
結婚の意思があるのかないのか教えてくれ、
もしないのならそれでもいい、理由だけでも聞かせてくれ、
そう伝えたかったのだが門前払いを受けるばかりで富男に会う事は一度も出来なかった。
ゆりは自ら婚約を破棄するしかなかった。
それからのゆりは気塞ぎの病を重くするばかりで、毎日泣いて泣いて、口にするのは『死にたい』の一言だけだったそうだ。
そこまで聞いて心太郎はさやかの心情を慮った。
状況は違えど、大切な者を失った喪失感は、さやかも兄を殺された時に味わっているからだ。
『それで富男さんや鳥飼の人達が変わってしまった原因は分かったっシュか?』
心太郎が気遣いながら尋ねる。
さやかは心太郎の優しさに気付いて心の中で感謝した。
『どうやら原因はね、ある日鳥飼藩主から出されたお触れみたいなの』
『お触れ?』
『そう。お触れ』
さやかは顔を上げた。
金丸の城に緋色の月がかかっていた。
さやかは溜め息をついた。
金丸の領地に戻って心太郎と合流したさやかは、先程のゆりと父親の話をしていたのだ。
『変わっちまったのは富男だけじゃねぇ、鳥飼全体が変わっちまったんだ』
そう言って父親が語ったのは次のような内容だった。
ゆりの許婚である富男は、ある日を境に急に冷たくなった。
ゆりは戸惑ったが、虫の居所が悪い時もあるだろうとそれまで通りに接していたそうである。
しかし日を追う毎に富男の態度は冷たく、
いや、冷たい等というものではない、
まるでかたきを見るような目でゆりを見るようになった。
話しかけても愛想なく、極力言葉を交わすのを避けているような反応だった。
ゆりは何か落ち度はなかったかと自分を責めた。
富男に別の想い人が出来たのかとも考えた。
しかしそれは違うようだった。
富男はゆりだけではなく、全ての人々に敵意を向けていたからだ。
そこでゆりは気が付いた。
富男だけではない。
これまで家族のように接していた店の者達も全ておかしくなっている。
丁稚も番頭もおかみも大旦那も、皆が猜疑の目を向け合っていた。
自分の知らない所で何かあったのだろうか?
しかしそれは店の中だけにとどまらず、客も、取引先も、町を行き交う人達も、つまるところ鳥飼全てがおかしくなっていたのだ。
富男の態度の豹変にゆりは心を痛め、やがて精神を病んだ。
当然である。
それまで愛し愛されていた者が突然変わってしまったのだから。
心を病み働けなくなったゆりに店は暇を出した。
事実上の解雇である。
最後の奉公の日、ゆりは富男の気持ちを確認しようと思っていた。
まだ自分と夫婦になる気持ちがあるのかどうか。
もう気持ちが離れているのならそれでも仕方ない。
だが富男の気持ちだけは知りたかった。
しかし、
暇を言い渡してから富男は一度もゆりの前に顔を出さなかった。
結局、ゆりは訳も分からぬまま富男に捨てられてしまったのだ。
話を聞いた父親は何度も富男に会いに行った。
結婚の意思があるのかないのか教えてくれ、
もしないのならそれでもいい、理由だけでも聞かせてくれ、
そう伝えたかったのだが門前払いを受けるばかりで富男に会う事は一度も出来なかった。
ゆりは自ら婚約を破棄するしかなかった。
それからのゆりは気塞ぎの病を重くするばかりで、毎日泣いて泣いて、口にするのは『死にたい』の一言だけだったそうだ。
そこまで聞いて心太郎はさやかの心情を慮った。
状況は違えど、大切な者を失った喪失感は、さやかも兄を殺された時に味わっているからだ。
『それで富男さんや鳥飼の人達が変わってしまった原因は分かったっシュか?』
心太郎が気遣いながら尋ねる。
さやかは心太郎の優しさに気付いて心の中で感謝した。
『どうやら原因はね、ある日鳥飼藩主から出されたお触れみたいなの』
『お触れ?』
『そう。お触れ』
さやかは顔を上げた。
金丸の城に緋色の月がかかっていた。
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