2012-04-16(Mon)
小説・さやか見参!(158)
『おら、おとうの事を探してるだけだで、余所の事情を根掘り葉掘り訊くつもりはねぇ』
とりあえず家の中に通されたさやかはそう言った。
家はわりと広く、なかなか立派な造りである。
それなりの由緒がある家系ではないかとさやかは思った。
表は店になっているようでなにかしらの商いをやっている形跡はあるが、今は人気なく静まりかえっている。
もしかするとしばらく休んでいるのかもしれない。
娘の様子がおかしい事と関係があるのだろうか。
さやかは目まぐるしく回転する思考を表情に出さず、ぶっきらぼうにまくしたてた。
『出稼ぎのおとうが金丸から戻らねぇもんで、おら探しに来たんだけど…金丸で話を聞いたら鳥飼の方に行ったって…そんでおらも鳥飼に行ったら…』
ゆりが美しくもやつれた表情で口を挟む。
『町の様子がおかしかったんですね?』
さやかがゆりの目を見てうなずく。
『町だけじゃねぇ、小さな村から山ん中まで、鳥飼の人達はみんなおかしかった…』
『やっぱり…』
ゆりが不安げに呟く。
『みんな冷たくてとげとげしてて、あれじゃおとうの事なんて聞けやしねぇ。あそこは昔からああなのか?』
『そんな事ありません…』
か細く答えたゆりは、急に父親の方を向き、
『父ちゃん、やっぱりそうだ!富男さんだけが変わったわけじゃなかったんだ!』
と声を荒げた。
父親は框に腰掛けたまま
『ああそうだ。だからといって今さらどうしようもねぇ。全部終わっちまったんだ!』
と怒鳴った。
ゆりは髪を振り乱して父親にすがりつき、
『どうして、どうして急にこんな事になったのか、分からないままじゃ、私…』
と泣き崩れた。
ここには口を挟まぬが賢明であろう。
さやかは黙っている。
しばらくの間、ゆりの嗚咽だけが空間を満たしていた。
やがて、
その空気に耐えられなくなったのであろう父親が、誰にともなく語り始めた。
『富男ってのは、ゆりの許婚だった男だ』
声に力がない。
『ゆりの奉公先の大店の若旦那でな。身分違いにも娘を見初めてくれて』
話しながら、ちらとゆりを見る。
本当は触れたくない話題なのだろう。
『春には鳥飼に嫁ぐ事になっとった』
父親の言葉が滞ったのでさやかが独り言のように口を開いた。
『へぇ、身分違いかぁ。ここも立派なお屋敷だけんどなぁ。その大店はよっぽど大きな所なんだなぁ』
『今は寂れちまったが、先代の頃はまだこの店も流行ってたんだ。その頃の付き合いもあったんで先方もゆりの奉公を引き受けてくれたんだが…』
男はちらりと娘を見た。
娘は顔を伏せて静かにすすり泣いている。
しばし逡巡した後…
父親は意を決して
『確かに、富男はある時期からすっかり変わっちまった。いや、富男だけじゃねぇ、おめぇの言う通り、鳥飼全体が変わっちまったんだ』
と話し始めた。
とりあえず家の中に通されたさやかはそう言った。
家はわりと広く、なかなか立派な造りである。
それなりの由緒がある家系ではないかとさやかは思った。
表は店になっているようでなにかしらの商いをやっている形跡はあるが、今は人気なく静まりかえっている。
もしかするとしばらく休んでいるのかもしれない。
娘の様子がおかしい事と関係があるのだろうか。
さやかは目まぐるしく回転する思考を表情に出さず、ぶっきらぼうにまくしたてた。
『出稼ぎのおとうが金丸から戻らねぇもんで、おら探しに来たんだけど…金丸で話を聞いたら鳥飼の方に行ったって…そんでおらも鳥飼に行ったら…』
ゆりが美しくもやつれた表情で口を挟む。
『町の様子がおかしかったんですね?』
さやかがゆりの目を見てうなずく。
『町だけじゃねぇ、小さな村から山ん中まで、鳥飼の人達はみんなおかしかった…』
『やっぱり…』
ゆりが不安げに呟く。
『みんな冷たくてとげとげしてて、あれじゃおとうの事なんて聞けやしねぇ。あそこは昔からああなのか?』
『そんな事ありません…』
か細く答えたゆりは、急に父親の方を向き、
『父ちゃん、やっぱりそうだ!富男さんだけが変わったわけじゃなかったんだ!』
と声を荒げた。
父親は框に腰掛けたまま
『ああそうだ。だからといって今さらどうしようもねぇ。全部終わっちまったんだ!』
と怒鳴った。
ゆりは髪を振り乱して父親にすがりつき、
『どうして、どうして急にこんな事になったのか、分からないままじゃ、私…』
と泣き崩れた。
ここには口を挟まぬが賢明であろう。
さやかは黙っている。
しばらくの間、ゆりの嗚咽だけが空間を満たしていた。
やがて、
その空気に耐えられなくなったのであろう父親が、誰にともなく語り始めた。
『富男ってのは、ゆりの許婚だった男だ』
声に力がない。
『ゆりの奉公先の大店の若旦那でな。身分違いにも娘を見初めてくれて』
話しながら、ちらとゆりを見る。
本当は触れたくない話題なのだろう。
『春には鳥飼に嫁ぐ事になっとった』
父親の言葉が滞ったのでさやかが独り言のように口を開いた。
『へぇ、身分違いかぁ。ここも立派なお屋敷だけんどなぁ。その大店はよっぽど大きな所なんだなぁ』
『今は寂れちまったが、先代の頃はまだこの店も流行ってたんだ。その頃の付き合いもあったんで先方もゆりの奉公を引き受けてくれたんだが…』
男はちらりと娘を見た。
娘は顔を伏せて静かにすすり泣いている。
しばし逡巡した後…
父親は意を決して
『確かに、富男はある時期からすっかり変わっちまった。いや、富男だけじゃねぇ、おめぇの言う通り、鳥飼全体が変わっちまったんだ』
と話し始めた。
スポンサーサイト