2012-03-24(Sat)
小説・さやか見参!(155)
鳥飼の様子は確かにおかしかった。
さやかと心太郎は自分達を、行商に出た父を探しにきた兄弟という事にして人々に話しかけてみたのだが、その誰もが二人を邪険に扱った。
唯一の例外もなく、である。
特に何かをするわけではないが、邪魔者を見るような目で二人を見た。
最小限の事しか話さず、出来るだけ早く厄介払いをしたいという態度が見て取れた。
もしかすると余所者に対し排他的な土地柄なのかとも思ったが、どうやら違うようである。
同じ町の中、同じ村の中でも、
いや、同じ家に住む家族同士であっても互いの態度は変わらなかった。
自分以外の者は全て敵であるかのような、そんな雰囲気が藩全体を支配していたのだ。
『嫌~な雰囲気っシュね』
眉間に皺を寄せる心太郎に、男装のさやかが答える。
『ほんとね。金丸侯の話だとちょっと前まではこんなじゃなかったみたいだけど…一体何があったのかしら』
話している二人の前を、人の良さそうな老人が通り掛かった。
心太郎が駆け寄る。
『あの~、おいら達おとうを探してあの山の向こうから来たんシュけど…』
話しかけると、老人は心太郎の言葉を遮るように
『知らん』
と短く言った。
『そんなぁ。もっとちゃんと聞いてくれても…』
『しばらく余所者は見とらん』
『おとうが仕事に出たのは半年ほど前っシュ』
『見とらんと言うたら見とらん。この半年の間に見た余所者はおまえ達だけじゃ。分かったらさっさと行ってくれ』
老人はまるで犬でも追い払うように手を振った。
心太郎は頭を下げると
『分かったっシュ。ありがとうっシュ』
と言って、さやかと共にその場を立ち去った。
『やっぱりっシュね』
『そうね…』
さやかはしばらく考えてから
『ねぇ、城下に行ってみようか』
城の周りなら藩士がいる。
この状況で体制側がどうなっているのかを見てみたかった。
そうして二人はお城を目指して歩いた。
鳥飼の城は領地のちょうど真ん中辺りにあるので、さやかと心太郎がその姿を見つけるまでさほど時間はかからなかった。
『あそこに金丸侯の兄上がいるっシュね』
金丸の城も大きくはなかったが、こちらは支藩に相応しく更に質素な印象だ。
あの中で一体なにが起きたんだろう。
さやかは考える。
善政をもって知られる金丸侯が慕う兄。
すぐれた才覚と人徳を併せ持つ男。
その兄が変わってしまったと金丸侯は言う。
ならばこの藩の異様な雰囲気も、藩主の変化に端を発しているのかもしれない。
段々と城の姿が大きくなり、行き交う人達の数も増えてきた。
ぐるりと見回した心太郎の目には、様々な身分、様々な立場の者達が映っている。
『けっこう人出があるっシュね!』
侍、町人、町娘。
露店もあれば荷を引いて商売している者もある。
一見、普通の光景だ。
だが…
『でも…これは“賑わってる”とは違うっシュよね…?』
心太郎は困惑しているようだ。
確かに人の姿は多い。
物の売り買いもあれば茶店に客もいる。
しかしその誰もがほとんど口を開かないのだ。
常に周囲を警戒し、目の前の相手を敵視しているような、
そう。
現在この藩を支配している殺伐とした空気は城下町とて例外ではなかったのである。
十手持ちや藩士達は明らかに町の人々を監視していた。
しかし監視している者同士とて互いを警戒している事に変わりはないようだ。
『さやか殿、これは…』
異様な雰囲気に耐え兼ねて心太郎が呟いた。
『シッ』
さやかが制する。
心太郎は言葉の続きを飲み込んだ。
『ここからは慎重に行きましょ』
さやかは何気ない顔で、口を全く動かさずに喋った。
隣の心太郎にだけ聞こえるぐらいの小さな声だ。
『姿は見えないけど、この町を更に監視してる連中がいる。しかもけっこうな数』
『えっ』
心太郎も表情を変えず周りの気配を探ってみた。
言われてみれば確かにうっすらと気配を感じる。
さやかと行動を共にしているせいで低く見られがちだが、心太郎は忍びとしてかなりの手練れである。
その心太郎に気配を感じさせなかったのだから、町を監視している連中がただ者でない事は明らかだ。
『さやか殿』
さやかにしか聞こえない声で囁く。
『もしかすると、忍び…』
さやかは注意を払いながら、敢えて心太郎から顔を背けて
『かもね』
とだけ答えた。
さやかと心太郎は自分達を、行商に出た父を探しにきた兄弟という事にして人々に話しかけてみたのだが、その誰もが二人を邪険に扱った。
唯一の例外もなく、である。
特に何かをするわけではないが、邪魔者を見るような目で二人を見た。
最小限の事しか話さず、出来るだけ早く厄介払いをしたいという態度が見て取れた。
もしかすると余所者に対し排他的な土地柄なのかとも思ったが、どうやら違うようである。
同じ町の中、同じ村の中でも、
いや、同じ家に住む家族同士であっても互いの態度は変わらなかった。
自分以外の者は全て敵であるかのような、そんな雰囲気が藩全体を支配していたのだ。
『嫌~な雰囲気っシュね』
眉間に皺を寄せる心太郎に、男装のさやかが答える。
『ほんとね。金丸侯の話だとちょっと前まではこんなじゃなかったみたいだけど…一体何があったのかしら』
話している二人の前を、人の良さそうな老人が通り掛かった。
心太郎が駆け寄る。
『あの~、おいら達おとうを探してあの山の向こうから来たんシュけど…』
話しかけると、老人は心太郎の言葉を遮るように
『知らん』
と短く言った。
『そんなぁ。もっとちゃんと聞いてくれても…』
『しばらく余所者は見とらん』
『おとうが仕事に出たのは半年ほど前っシュ』
『見とらんと言うたら見とらん。この半年の間に見た余所者はおまえ達だけじゃ。分かったらさっさと行ってくれ』
老人はまるで犬でも追い払うように手を振った。
心太郎は頭を下げると
『分かったっシュ。ありがとうっシュ』
と言って、さやかと共にその場を立ち去った。
『やっぱりっシュね』
『そうね…』
さやかはしばらく考えてから
『ねぇ、城下に行ってみようか』
城の周りなら藩士がいる。
この状況で体制側がどうなっているのかを見てみたかった。
そうして二人はお城を目指して歩いた。
鳥飼の城は領地のちょうど真ん中辺りにあるので、さやかと心太郎がその姿を見つけるまでさほど時間はかからなかった。
『あそこに金丸侯の兄上がいるっシュね』
金丸の城も大きくはなかったが、こちらは支藩に相応しく更に質素な印象だ。
あの中で一体なにが起きたんだろう。
さやかは考える。
善政をもって知られる金丸侯が慕う兄。
すぐれた才覚と人徳を併せ持つ男。
その兄が変わってしまったと金丸侯は言う。
ならばこの藩の異様な雰囲気も、藩主の変化に端を発しているのかもしれない。
段々と城の姿が大きくなり、行き交う人達の数も増えてきた。
ぐるりと見回した心太郎の目には、様々な身分、様々な立場の者達が映っている。
『けっこう人出があるっシュね!』
侍、町人、町娘。
露店もあれば荷を引いて商売している者もある。
一見、普通の光景だ。
だが…
『でも…これは“賑わってる”とは違うっシュよね…?』
心太郎は困惑しているようだ。
確かに人の姿は多い。
物の売り買いもあれば茶店に客もいる。
しかしその誰もがほとんど口を開かないのだ。
常に周囲を警戒し、目の前の相手を敵視しているような、
そう。
現在この藩を支配している殺伐とした空気は城下町とて例外ではなかったのである。
十手持ちや藩士達は明らかに町の人々を監視していた。
しかし監視している者同士とて互いを警戒している事に変わりはないようだ。
『さやか殿、これは…』
異様な雰囲気に耐え兼ねて心太郎が呟いた。
『シッ』
さやかが制する。
心太郎は言葉の続きを飲み込んだ。
『ここからは慎重に行きましょ』
さやかは何気ない顔で、口を全く動かさずに喋った。
隣の心太郎にだけ聞こえるぐらいの小さな声だ。
『姿は見えないけど、この町を更に監視してる連中がいる。しかもけっこうな数』
『えっ』
心太郎も表情を変えず周りの気配を探ってみた。
言われてみれば確かにうっすらと気配を感じる。
さやかと行動を共にしているせいで低く見られがちだが、心太郎は忍びとしてかなりの手練れである。
その心太郎に気配を感じさせなかったのだから、町を監視している連中がただ者でない事は明らかだ。
『さやか殿』
さやかにしか聞こえない声で囁く。
『もしかすると、忍び…』
さやかは注意を払いながら、敢えて心太郎から顔を背けて
『かもね』
とだけ答えた。
スポンサーサイト