2012-03-20(Tue)
小説・さやか見参!(154)
『はぁぁ~っ』
さやかが深い溜め息をついた。
『どうしたっシュ?金丸藩の件も落着したっていうのに』
『何でもないわよ』
『変なさやか殿』
心太郎が呆れたような態度でさやかを追い抜いて歩いた。
二人は鳥飼藩へと向かっている。
『はぁ、まさかこんな事になるなんてね』
『藩主様直々に頼まれたら断れないっシュよね。こっちの頼みも聞いてもらったし』
『それは当然の報酬でしょ。私達は金丸を騒がせてた犯人を捕まえた上に伝説のお宝まで見つけてあげたのよ』
『まぁそれはそうっシュけど』
『はぁっ…』
さやかは再び溜め息をついた。
『もうっ。そんなに嫌なら断れば良かったっシュよ』
『だって…藩主様直々に頼まれたら断れないじゃないのよ』
『だから、さっきそれ言ったじゃないっシュか』
金丸侯は、鉱夫達の保護と焼かれた村の再建をさやか達に約束した後、人払いをしてこう話し始めた。
『偵察、という程でもないのだが…この金丸の隣、東の鳥飼の様子を見て来てはもらえないだろうか』
『鳥飼の?』
『うむ。…いや、これは命令ではないぞ。その方らは私に仕えておるわけではないからな。あくまで個人的な頼み事として聞いてくれ。もちろん断ってもかまわん』
『とりあえず、お聞きします』
『すまんな』
藩主はさやかと心太郎の近くに座り話し始めた。
金丸の東隣に位置する鳥飼は、金丸の支藩だそうである。
その藩主は金丸侯の腹違いの兄なのだそうだ。
『父は違えど、同じ母を持つ兄弟なのだ』
そう話す金丸侯はどこか嬉しそうだった。
きっと兄の事が好きなのだろう。
さやかは少し、たけるの事を思い出した。
『兄は優秀な男だったが、父の血を引く私が生まれた以上この藩を継ぐ事は出来ぬ。
哀れに思った父は領地を広げた際、兄の為に支藩を設けた。それが鳥飼なのだ』
『それを偵察って…どういう事っシュか?』
『まぁもう少し聞いてくれ』
心太郎が姿勢を正す。
この後の話によると、金丸侯の兄は人格・才覚ともに優れた人物で、金丸の安寧にも貢献していたそうである。
町で暮らす者と山に暮らす者の生活格差を考慮した年貢徴収を考案したり、従来行なわれていなかった産業を興してみたり、とかく私利私欲のない人物であった、と腹違いの弟は褒めちぎった。
『当然その兄が治める鳥飼も、この金丸に負けぬほどの素晴らしい藩であった。
…少なくとも半年前までは』
『半年前、まで?』
『何かあったのですか』
藩主は顔をしかめた。
『いや、ここからは確証のない話なのだが…』
歯切れ悪く言いよどむ。
よほど話し難い内容なのか。
『金丸と鳥飼はまさに兄弟同然の交流があったのだが、半年ほど前から、何やら兄の様子が変わった気がしてな。私が会いに行っても不在を理由に追い返される事が多くなった』
『本当に出かけてるんじゃないっシュか?』
『そうかもしれん。だが時折面会叶う事があっても態度がよそよそしいのだ。私の話に素っ気なく相槌を打つばかりで、肝心な話など何も出来ぬ』
『お身体の調子がよろしくないとか』
『兄の様子がおかしいだけならそうかもしれん。だが、家臣や藩士、果ては町民村人までが皆そうなのだ。藩の者達がこぞっておかしくなる偶然などあるだろうか』
『確かに…それは不自然かも…』
さやかがちらりと見ると心太郎もうなずいている。
『鳥飼の者達は皆、警戒しているというか、疑心暗鬼に囚われているというか、とにかく敵意に満ちた目をしている。そのおかげで今の鳥飼には殺伐とした空気が漂っておるのだ。このままにしておけば治安が乱れ良くない事が起きるやもしれん。しかし原因が分からなければ手の打ちようがない』
藩主はさやかと心太郎に膝を寄せた。
『そこでだ、鳥飼の様子をその方らに見て来てほしいのだ。手練れの忍びなら何か掴む事も出来よう。さやか、心太郎、頼む』
『いや、それは…』
さやかと心太郎は戸惑った。
いきなりそんな事を頼まれても、話を聞いただけでは自分達に何が出来るか分からない。
『それは、とりあえず実際に見てみないと…』
さやかが呟くと、金丸藩主の表情がパァッと明るくなった。
『そうか!行ってくれるか!かたじけない!』
さやかは内心(しまった)と思った。
うかつな返事をしてしまった。
『かたじけない!恩に着る!』
もう今さら断れない。
『何か必要なものがあったら何でも申し付けてくれ』
さやかは自分に呆れたが、それを表に出さず、
『かしこまりました。金丸侯、お任せ下さい。すぐにでも発ちますので、幾許かの金子を用立てていただけますか』
と言った。
『おぉ、容易い事じゃ』
こうして二人は鳥飼に向かったのだ。
つまり心太郎が言うように、さやかは溜め息なんかつける立場ではないのだ。
だがやはりさやかは
『はぁぁ~っ』
と気乗りしない様子である。
『さやか殿、そんなに溜め息つくほどの仕事でもないっシュよ』
『分かってるわよ』
さやかはとぼとぼと歩いた。
さやかの頭に引っ掛かっているのは、再会を約束した音駒の事であった。
こうしている間にも音駒は林の先に住む患者の治療を終えてしまうかもしれない。
そうすればもう、約束の場所であるあの林付近を音駒が通る事はないだろう。
そうなれば…
(約束を破った私を音駒さんは軽蔑するかもしれない)
さやかはうつむいた。
このまま会えなかったら音駒に嫌われてしまうかもしれないという不安がさやかに溜め息をつかせていたのだ。
さやかが深い溜め息をついた。
『どうしたっシュ?金丸藩の件も落着したっていうのに』
『何でもないわよ』
『変なさやか殿』
心太郎が呆れたような態度でさやかを追い抜いて歩いた。
二人は鳥飼藩へと向かっている。
『はぁ、まさかこんな事になるなんてね』
『藩主様直々に頼まれたら断れないっシュよね。こっちの頼みも聞いてもらったし』
『それは当然の報酬でしょ。私達は金丸を騒がせてた犯人を捕まえた上に伝説のお宝まで見つけてあげたのよ』
『まぁそれはそうっシュけど』
『はぁっ…』
さやかは再び溜め息をついた。
『もうっ。そんなに嫌なら断れば良かったっシュよ』
『だって…藩主様直々に頼まれたら断れないじゃないのよ』
『だから、さっきそれ言ったじゃないっシュか』
金丸侯は、鉱夫達の保護と焼かれた村の再建をさやか達に約束した後、人払いをしてこう話し始めた。
『偵察、という程でもないのだが…この金丸の隣、東の鳥飼の様子を見て来てはもらえないだろうか』
『鳥飼の?』
『うむ。…いや、これは命令ではないぞ。その方らは私に仕えておるわけではないからな。あくまで個人的な頼み事として聞いてくれ。もちろん断ってもかまわん』
『とりあえず、お聞きします』
『すまんな』
藩主はさやかと心太郎の近くに座り話し始めた。
金丸の東隣に位置する鳥飼は、金丸の支藩だそうである。
その藩主は金丸侯の腹違いの兄なのだそうだ。
『父は違えど、同じ母を持つ兄弟なのだ』
そう話す金丸侯はどこか嬉しそうだった。
きっと兄の事が好きなのだろう。
さやかは少し、たけるの事を思い出した。
『兄は優秀な男だったが、父の血を引く私が生まれた以上この藩を継ぐ事は出来ぬ。
哀れに思った父は領地を広げた際、兄の為に支藩を設けた。それが鳥飼なのだ』
『それを偵察って…どういう事っシュか?』
『まぁもう少し聞いてくれ』
心太郎が姿勢を正す。
この後の話によると、金丸侯の兄は人格・才覚ともに優れた人物で、金丸の安寧にも貢献していたそうである。
町で暮らす者と山に暮らす者の生活格差を考慮した年貢徴収を考案したり、従来行なわれていなかった産業を興してみたり、とかく私利私欲のない人物であった、と腹違いの弟は褒めちぎった。
『当然その兄が治める鳥飼も、この金丸に負けぬほどの素晴らしい藩であった。
…少なくとも半年前までは』
『半年前、まで?』
『何かあったのですか』
藩主は顔をしかめた。
『いや、ここからは確証のない話なのだが…』
歯切れ悪く言いよどむ。
よほど話し難い内容なのか。
『金丸と鳥飼はまさに兄弟同然の交流があったのだが、半年ほど前から、何やら兄の様子が変わった気がしてな。私が会いに行っても不在を理由に追い返される事が多くなった』
『本当に出かけてるんじゃないっシュか?』
『そうかもしれん。だが時折面会叶う事があっても態度がよそよそしいのだ。私の話に素っ気なく相槌を打つばかりで、肝心な話など何も出来ぬ』
『お身体の調子がよろしくないとか』
『兄の様子がおかしいだけならそうかもしれん。だが、家臣や藩士、果ては町民村人までが皆そうなのだ。藩の者達がこぞっておかしくなる偶然などあるだろうか』
『確かに…それは不自然かも…』
さやかがちらりと見ると心太郎もうなずいている。
『鳥飼の者達は皆、警戒しているというか、疑心暗鬼に囚われているというか、とにかく敵意に満ちた目をしている。そのおかげで今の鳥飼には殺伐とした空気が漂っておるのだ。このままにしておけば治安が乱れ良くない事が起きるやもしれん。しかし原因が分からなければ手の打ちようがない』
藩主はさやかと心太郎に膝を寄せた。
『そこでだ、鳥飼の様子をその方らに見て来てほしいのだ。手練れの忍びなら何か掴む事も出来よう。さやか、心太郎、頼む』
『いや、それは…』
さやかと心太郎は戸惑った。
いきなりそんな事を頼まれても、話を聞いただけでは自分達に何が出来るか分からない。
『それは、とりあえず実際に見てみないと…』
さやかが呟くと、金丸藩主の表情がパァッと明るくなった。
『そうか!行ってくれるか!かたじけない!』
さやかは内心(しまった)と思った。
うかつな返事をしてしまった。
『かたじけない!恩に着る!』
もう今さら断れない。
『何か必要なものがあったら何でも申し付けてくれ』
さやかは自分に呆れたが、それを表に出さず、
『かしこまりました。金丸侯、お任せ下さい。すぐにでも発ちますので、幾許かの金子を用立てていただけますか』
と言った。
『おぉ、容易い事じゃ』
こうして二人は鳥飼に向かったのだ。
つまり心太郎が言うように、さやかは溜め息なんかつける立場ではないのだ。
だがやはりさやかは
『はぁぁ~っ』
と気乗りしない様子である。
『さやか殿、そんなに溜め息つくほどの仕事でもないっシュよ』
『分かってるわよ』
さやかはとぼとぼと歩いた。
さやかの頭に引っ掛かっているのは、再会を約束した音駒の事であった。
こうしている間にも音駒は林の先に住む患者の治療を終えてしまうかもしれない。
そうすればもう、約束の場所であるあの林付近を音駒が通る事はないだろう。
そうなれば…
(約束を破った私を音駒さんは軽蔑するかもしれない)
さやかはうつむいた。
このまま会えなかったら音駒に嫌われてしまうかもしれないという不安がさやかに溜め息をつかせていたのだ。
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