2012-03-15(Thu)
小説・さやか見参!(151)
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
すでに辺りは火の海と化していた。
炎はごうごうと音を立てている。
その中で、村人達の悲鳴と、炎丸の悲鳴と、そしてさやかの唱える真言が混じり合っていた。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
真言とはただの言葉ではない。
神そのものだ。
それを知るものが唱えた時、神はその大威力を現すのだと、幼き頃よりさやかは聞かされていた。
そして、今のさやかは、まさにそれを具現化しようとしていた。
タオの鏡が激しく光を放つ。
選ばれし者に不思議な力を与えてくれる鏡が。
さやかの瞳がカッと開いた。
炎を映すそれはまさに、
龍神の瞳であった。
突風。
轟音。
川の下流から何か巨大なものが迫ってくる。
さやかからは見えていない。
火の手に包まれた炎丸や村人達からも見えていない。
だが確かに、長い身体でとぐろを巻き、ものすごい速さで迫って来るものがあったのだ。
龍。
もしその姿を見た者があればそう表現しただろう。
巨大な龍は、海上より姿を現し、川に沿って飛来して来る。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
龍神の瞳で真言を唱えるさやかの背後で、龍はその身体を天に向かって高く伸ばした。
そして、炎に包まれた村の上空に鎌首をもたげると、
ふ
と姿を消した。
その瞬間である。
村を焼く炎に向かって、天から何かが落下した。
ずうぅんっ!
大地が揺れる。
さやかの、炎丸の、村人達の鼓膜がびりびりと痺れた。
そして、
気が付くと火の手は収まっていた。
空から降ってきたのは巨大な水のかたまりだったのである。
龍が、
龍神が雨を降らせた。
これは山吹武双がかつて起こしたという奇跡の再来であった。
さやかは村人達の所へ走る。
その目は正気に戻った少女のものであった。
何が起きたかは分からない。
だが火の手が弱くなったのは分かる。
村人達を助けるなら今しかない。
大勢をぐるりと囲んでいた炎もあちこちが消えている。
不思議な事に、これだけの規模を濡らしておきながら、落下した水の直撃を受けた者はいないようであった。
そういえばさやかも濡れていない。
さやかは残り火の間を縫って村人達を避難させた。
多少の火傷を負った者や煙を吸ってしまった者はいるが、全員軽傷と言えるだろう。
ようやく安全な場所まで移動させると、全員が疲労と安堵でへたりこんだ。
水と薬草を取りに行こうとさやかが立ち上がった時、遠くから走ってくる小さな影が見えた。
『さやか殿~!』
心太郎だ。
『心太郎!鉱山の人達は!?』
心太郎がさやかの前で立ち止まる。
『怪我は酷かったっシュけど、全員手当てしてきたっシュ。それよりこれ』
心太郎は背中の包みを下ろした。
その中身を見てさやかが驚く。
包みの中には大量の竹水筒と薬草が入っていたのだ。
『心太郎、これ』
『さやか殿が何を必要としてるかは分かってるっシュよ!さやか殿を守るのがおいらの役目っシュからね!』
『あんた…三流忍者のくせに、なかなかやるじゃない!』
嬉しくても素直に褒める事が出来ない、損な性格のさやかであった。
『微妙な褒め言葉っシュね…それよりさやか殿、みんなの手当てはおいらに任せて炎丸を』
『分かったわ。ありがとう』
さやかが立ち去ろうとすると、村人達は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。
『あんたは何者だ』
『何が起きたんだ』
『これからどうしたらいいんだ』
と。
さやかは返答に困って
『詳しい話は後で』
と言葉を濁して踵を返す。
そこへ
子供達が駆け寄ってきた。
『おねぇちゃんありがとう』
『助けてくれてありがとう』
あちこちに小さな火傷を負った子供達が、知っている限りの言葉でさやかに感謝を伝えようとしている。
どの顔も、屈託ない笑顔であった。
『良かった…』
さやかは幼い少女を抱き締めて、心から安堵した。
そして、自分が本当にやるべき事を理解した気がした。
少女の身体に回した腕を解いたさやかは、自分を囲む子供達に
『私、みんなが笑って暮らせるように頑張るからね。みんなが怖い目に合わなくていいように頑張るからね』
と微笑んだ。
すでに辺りは火の海と化していた。
炎はごうごうと音を立てている。
その中で、村人達の悲鳴と、炎丸の悲鳴と、そしてさやかの唱える真言が混じり合っていた。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
真言とはただの言葉ではない。
神そのものだ。
それを知るものが唱えた時、神はその大威力を現すのだと、幼き頃よりさやかは聞かされていた。
そして、今のさやかは、まさにそれを具現化しようとしていた。
タオの鏡が激しく光を放つ。
選ばれし者に不思議な力を与えてくれる鏡が。
さやかの瞳がカッと開いた。
炎を映すそれはまさに、
龍神の瞳であった。
突風。
轟音。
川の下流から何か巨大なものが迫ってくる。
さやかからは見えていない。
火の手に包まれた炎丸や村人達からも見えていない。
だが確かに、長い身体でとぐろを巻き、ものすごい速さで迫って来るものがあったのだ。
龍。
もしその姿を見た者があればそう表現しただろう。
巨大な龍は、海上より姿を現し、川に沿って飛来して来る。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
龍神の瞳で真言を唱えるさやかの背後で、龍はその身体を天に向かって高く伸ばした。
そして、炎に包まれた村の上空に鎌首をもたげると、
ふ
と姿を消した。
その瞬間である。
村を焼く炎に向かって、天から何かが落下した。
ずうぅんっ!
大地が揺れる。
さやかの、炎丸の、村人達の鼓膜がびりびりと痺れた。
そして、
気が付くと火の手は収まっていた。
空から降ってきたのは巨大な水のかたまりだったのである。
龍が、
龍神が雨を降らせた。
これは山吹武双がかつて起こしたという奇跡の再来であった。
さやかは村人達の所へ走る。
その目は正気に戻った少女のものであった。
何が起きたかは分からない。
だが火の手が弱くなったのは分かる。
村人達を助けるなら今しかない。
大勢をぐるりと囲んでいた炎もあちこちが消えている。
不思議な事に、これだけの規模を濡らしておきながら、落下した水の直撃を受けた者はいないようであった。
そういえばさやかも濡れていない。
さやかは残り火の間を縫って村人達を避難させた。
多少の火傷を負った者や煙を吸ってしまった者はいるが、全員軽傷と言えるだろう。
ようやく安全な場所まで移動させると、全員が疲労と安堵でへたりこんだ。
水と薬草を取りに行こうとさやかが立ち上がった時、遠くから走ってくる小さな影が見えた。
『さやか殿~!』
心太郎だ。
『心太郎!鉱山の人達は!?』
心太郎がさやかの前で立ち止まる。
『怪我は酷かったっシュけど、全員手当てしてきたっシュ。それよりこれ』
心太郎は背中の包みを下ろした。
その中身を見てさやかが驚く。
包みの中には大量の竹水筒と薬草が入っていたのだ。
『心太郎、これ』
『さやか殿が何を必要としてるかは分かってるっシュよ!さやか殿を守るのがおいらの役目っシュからね!』
『あんた…三流忍者のくせに、なかなかやるじゃない!』
嬉しくても素直に褒める事が出来ない、損な性格のさやかであった。
『微妙な褒め言葉っシュね…それよりさやか殿、みんなの手当てはおいらに任せて炎丸を』
『分かったわ。ありがとう』
さやかが立ち去ろうとすると、村人達は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。
『あんたは何者だ』
『何が起きたんだ』
『これからどうしたらいいんだ』
と。
さやかは返答に困って
『詳しい話は後で』
と言葉を濁して踵を返す。
そこへ
子供達が駆け寄ってきた。
『おねぇちゃんありがとう』
『助けてくれてありがとう』
あちこちに小さな火傷を負った子供達が、知っている限りの言葉でさやかに感謝を伝えようとしている。
どの顔も、屈託ない笑顔であった。
『良かった…』
さやかは幼い少女を抱き締めて、心から安堵した。
そして、自分が本当にやるべき事を理解した気がした。
少女の身体に回した腕を解いたさやかは、自分を囲む子供達に
『私、みんなが笑って暮らせるように頑張るからね。みんなが怖い目に合わなくていいように頑張るからね』
と微笑んだ。
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