2012-02-28(Tue)
小説・さやか見参!(144)
南の山を越えたさやかと心太郎は、のんびりと半日かけて北の鉱山へ辿り着いた。
移動に時間をかけたのは金丸という土地と、そこに暮らす人々を見ておきたかったからだ。
いざ有事の際、天の利、地の利、人の利というものは殊の外運命を左右する。
そして忍びとは、常に有事を視野に入れて行動する。
何の知識もなく金丸に入ったさやかは、少しでもこの土地の事を知っておきたかった。
『ほんとね。南と北じゃ全然違う』
山中にあって田畑に恵まれている南の山と、固い岩盤ばかりの北の山では風景ばかりか空気まで違う気がする。
『でもおいら、こっちの山も嫌いじゃないっシュ』
『そうね。私も嫌いじゃないわ。っていうか、けっこう好きよ。まだ町の方は分からないけど』
さやかと心太郎は南の山から平地を縦断し北の鉱山にやってきたのだが、その間に目にした風景には常に人々の普通の営みがあった。
農民や樵、猟師、みんなが穏やかに自分達の仕事に取り組んでいた。
子供達は遊び回り、子守りや洗濯をし、時に母親に叱られて泣いている。
そんな光景にさやかはほっとしていた。
この殺風景な鉱山とて例外ではない。
ここでは岩を砕き鉄を製する職人達が集落を作っていた。
言葉は荒々しいが殺伐としたものではない。
人々が普通に暮らせる世界、
これが平和というものなのだろう。
だとしたら、兄・山吹たけるが願った世界とはこういうものなのだろう。
(自分達が一生懸命に、死ぬまで戦い続ければ、世界を変える事が出来る)
そんな兄の言葉を思い出し、さやかは少し涙ぐんだ。
普通の人々が普通に暮らす、
そんな当たり前の事さえ、命を捨てねば叶わない世界なのだ。
自身の権力に執着する者、
財力・物欲に溺れる者、
力を誇示したがる者、
そんな連中がいる限り本当の平和は訪れない。
いつか必ず、兄が求めた世界を実現させる。
さやかは改めて誓った。
だが…
いつの時代も、どんな世界でも、他者を虐げ自己を満足させようとする輩は存在する。
それを、たかだか自分の命で変える事が出来るのか?
さやかは不安になった。
そして道中で見た金丸の子供達を思い出す。
笑顔で走り回っていた。
一生懸命に親の手伝いをしていた。
叱られてわんわん泣いていた。
笑っていても泣いていても、それは幸せな生活の範疇だった。
もし、あの子供達が、本当の悲しみの中で涙を流すような世界になったなら、
あの子達が理不尽に命を落とし、両親が絶望する世界になったなら、
さやかは強い重圧を感じた。
出来るのか?自分に。
『みんなが笑顔で暮らせる世界を作る』
そんな大きな目標を、
『その為に一生懸命、死ぬまで戦い続ける』
それだけで叶える事が??
(お兄ちゃんは何て大きな理想を掲げていたのだろう)
さやかは亡き兄に思いを馳せた。
兄もこんな重圧を感じていたんだろうか。
そして
(そんな大きな目標を、私は何て簡単に引き継いでしまったんだろう)
と思った。
後悔ではない。
後悔ではないのだが…
さやかはちらりと心太郎を見た。
何故か心太郎の意見を聞いてみたくなったのだ。
さやかが口を開こうとした瞬間、心太郎が振り返った。
『さやか殿』
『えっ?』
心太郎が耳をすました。
さやかも意識を集中する。
おおおおおん
かすかにだが山が唸り、空気を震わせていた。
『なんシュかね』
心太郎がゆっくりと辺りを見回す。
『この音は、爆発よ』
そう言うが早いか、さやかは走り出した。
一直線に、
山の麓に向かって。
移動に時間をかけたのは金丸という土地と、そこに暮らす人々を見ておきたかったからだ。
いざ有事の際、天の利、地の利、人の利というものは殊の外運命を左右する。
そして忍びとは、常に有事を視野に入れて行動する。
何の知識もなく金丸に入ったさやかは、少しでもこの土地の事を知っておきたかった。
『ほんとね。南と北じゃ全然違う』
山中にあって田畑に恵まれている南の山と、固い岩盤ばかりの北の山では風景ばかりか空気まで違う気がする。
『でもおいら、こっちの山も嫌いじゃないっシュ』
『そうね。私も嫌いじゃないわ。っていうか、けっこう好きよ。まだ町の方は分からないけど』
さやかと心太郎は南の山から平地を縦断し北の鉱山にやってきたのだが、その間に目にした風景には常に人々の普通の営みがあった。
農民や樵、猟師、みんなが穏やかに自分達の仕事に取り組んでいた。
子供達は遊び回り、子守りや洗濯をし、時に母親に叱られて泣いている。
そんな光景にさやかはほっとしていた。
この殺風景な鉱山とて例外ではない。
ここでは岩を砕き鉄を製する職人達が集落を作っていた。
言葉は荒々しいが殺伐としたものではない。
人々が普通に暮らせる世界、
これが平和というものなのだろう。
だとしたら、兄・山吹たけるが願った世界とはこういうものなのだろう。
(自分達が一生懸命に、死ぬまで戦い続ければ、世界を変える事が出来る)
そんな兄の言葉を思い出し、さやかは少し涙ぐんだ。
普通の人々が普通に暮らす、
そんな当たり前の事さえ、命を捨てねば叶わない世界なのだ。
自身の権力に執着する者、
財力・物欲に溺れる者、
力を誇示したがる者、
そんな連中がいる限り本当の平和は訪れない。
いつか必ず、兄が求めた世界を実現させる。
さやかは改めて誓った。
だが…
いつの時代も、どんな世界でも、他者を虐げ自己を満足させようとする輩は存在する。
それを、たかだか自分の命で変える事が出来るのか?
さやかは不安になった。
そして道中で見た金丸の子供達を思い出す。
笑顔で走り回っていた。
一生懸命に親の手伝いをしていた。
叱られてわんわん泣いていた。
笑っていても泣いていても、それは幸せな生活の範疇だった。
もし、あの子供達が、本当の悲しみの中で涙を流すような世界になったなら、
あの子達が理不尽に命を落とし、両親が絶望する世界になったなら、
さやかは強い重圧を感じた。
出来るのか?自分に。
『みんなが笑顔で暮らせる世界を作る』
そんな大きな目標を、
『その為に一生懸命、死ぬまで戦い続ける』
それだけで叶える事が??
(お兄ちゃんは何て大きな理想を掲げていたのだろう)
さやかは亡き兄に思いを馳せた。
兄もこんな重圧を感じていたんだろうか。
そして
(そんな大きな目標を、私は何て簡単に引き継いでしまったんだろう)
と思った。
後悔ではない。
後悔ではないのだが…
さやかはちらりと心太郎を見た。
何故か心太郎の意見を聞いてみたくなったのだ。
さやかが口を開こうとした瞬間、心太郎が振り返った。
『さやか殿』
『えっ?』
心太郎が耳をすました。
さやかも意識を集中する。
おおおおおん
かすかにだが山が唸り、空気を震わせていた。
『なんシュかね』
心太郎がゆっくりと辺りを見回す。
『この音は、爆発よ』
そう言うが早いか、さやかは走り出した。
一直線に、
山の麓に向かって。
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