2012-02-22(Wed)
小説・さやか見参!(141)
数日後、
傷が癒えたさやかは心太郎と共に不問の屋敷を出る事にした。
『すっかり長居してしまって、不問様にはご迷惑をかけてしまいました』
深々と頭を下げるさやかに、不問は相変わらず軽く笑った。
『何度も言うが、全然迷惑などしておらんぞ。怪我をした姪っ子の手当てをするのが何の迷惑なものか』
『しかし、山吹の忍びとして…』
言いかけたさやかを不問は笑いながら一喝する。
『馬鹿者。忍びだからこそ怪我もするんだろうが。そこらで畑仕事をしてる普通の娘が度々大怪我しておったらそっちの方が不思議だ』
心太郎が間抜けな声で
『なるほど』
と相槌を打つ。
『さやか』
突然呼ばれて、うつむいていたさやかは顔を上げる。
『は、はい?』
『おまえ、珍しく緊張していないようだね』
『え?』
『たけるが死んでからこれまで、おまえは私と会う度に緊張していただろう。ところが今は緊張してる様子がない』
さやかは呆気に取られた。
そんな事、今は全く考えていなかったからだ。
確かに、これまでは不問に会う度に緊張していた。
どう接していいか分からなかったからだ。
父・武双や、もう1人の叔父・錬武の持つ張り詰めた空気。
それを持たない不問はどちらかと言うと苦手だった。
さやかは自分の心を探ってみる。
言われてみれば本当に緊張の色は見られない。
驚いて顔を上げたさやかに不問はにんまりと笑顔を作った。
『おまえはね、たけるが殺されてから、ずーーっとぴりぴりしてたんだよ。山吹を継がなきゃいけない、かたきを討たなきゃいけない、だから気を抜いちゃいけないって』
そうかもしれない。
『ぴりぴりしていたいから兄上達みたいな厳粛な人達といると落ち着くんだな。嫌でもぴりぴりするから』
そうかもしれない。
『ところが私ときたらこの調子だからね。ぴりぴりの“ぴ”の字もない。さぞや付き合いづらかった事だろう』
『そ、そんな事は』
『いいんだよ本当の事なんだから。でもね、今のさやかはぴりぴりしてない。だから私といても緊張しないし心太郎とも仲直り出来たんだよ』
さやかと心太郎が気まずかった事を何故知っているのか。
さやかは心太郎を見る。
心太郎は首を横に振った。
(おいらは言ってないっシュ)
という事だろう。
どうして、と言いかけたさやかに不問は
『ここに来る道中、何か良い事があったんだね。心を解きほぐすような何かが』
と言った。
さやかの脳裏には、音駒の屈託ない笑顔が浮かんだ。
はっと気付くと、不問はにやにやしながらさやかの顔を見ている。
脳裏の音駒を覗かれた気がしてさやかは赤面した。
『何があったかは別にいいさ』
追求されないと逆に全て見透かされてる気がしてしまう。
『さやか、おまえはこれから山吹を継ぎ、厳しい任務をこなしていかなければならない。その中ではぴりぴりする事の方が多いと思う。おまえは私と違って真面目だからね。でもね、今みたいな緩やかな気持ちも大切にしなさい。自分の中にはこんな穏やかな感情もあるんだって忘れないようにしなさい。分かったね』
不問は優しく、そして珍しく真面目な口調だった。
『はい』
さやかも素直に真っ直ぐに答える。
『道中気をつけてな。兄上や里の者達にもよろしく』
そう言って立ち去る不問に、さやかと心太郎は頭を下げた。
傷が癒えたさやかは心太郎と共に不問の屋敷を出る事にした。
『すっかり長居してしまって、不問様にはご迷惑をかけてしまいました』
深々と頭を下げるさやかに、不問は相変わらず軽く笑った。
『何度も言うが、全然迷惑などしておらんぞ。怪我をした姪っ子の手当てをするのが何の迷惑なものか』
『しかし、山吹の忍びとして…』
言いかけたさやかを不問は笑いながら一喝する。
『馬鹿者。忍びだからこそ怪我もするんだろうが。そこらで畑仕事をしてる普通の娘が度々大怪我しておったらそっちの方が不思議だ』
心太郎が間抜けな声で
『なるほど』
と相槌を打つ。
『さやか』
突然呼ばれて、うつむいていたさやかは顔を上げる。
『は、はい?』
『おまえ、珍しく緊張していないようだね』
『え?』
『たけるが死んでからこれまで、おまえは私と会う度に緊張していただろう。ところが今は緊張してる様子がない』
さやかは呆気に取られた。
そんな事、今は全く考えていなかったからだ。
確かに、これまでは不問に会う度に緊張していた。
どう接していいか分からなかったからだ。
父・武双や、もう1人の叔父・錬武の持つ張り詰めた空気。
それを持たない不問はどちらかと言うと苦手だった。
さやかは自分の心を探ってみる。
言われてみれば本当に緊張の色は見られない。
驚いて顔を上げたさやかに不問はにんまりと笑顔を作った。
『おまえはね、たけるが殺されてから、ずーーっとぴりぴりしてたんだよ。山吹を継がなきゃいけない、かたきを討たなきゃいけない、だから気を抜いちゃいけないって』
そうかもしれない。
『ぴりぴりしていたいから兄上達みたいな厳粛な人達といると落ち着くんだな。嫌でもぴりぴりするから』
そうかもしれない。
『ところが私ときたらこの調子だからね。ぴりぴりの“ぴ”の字もない。さぞや付き合いづらかった事だろう』
『そ、そんな事は』
『いいんだよ本当の事なんだから。でもね、今のさやかはぴりぴりしてない。だから私といても緊張しないし心太郎とも仲直り出来たんだよ』
さやかと心太郎が気まずかった事を何故知っているのか。
さやかは心太郎を見る。
心太郎は首を横に振った。
(おいらは言ってないっシュ)
という事だろう。
どうして、と言いかけたさやかに不問は
『ここに来る道中、何か良い事があったんだね。心を解きほぐすような何かが』
と言った。
さやかの脳裏には、音駒の屈託ない笑顔が浮かんだ。
はっと気付くと、不問はにやにやしながらさやかの顔を見ている。
脳裏の音駒を覗かれた気がしてさやかは赤面した。
『何があったかは別にいいさ』
追求されないと逆に全て見透かされてる気がしてしまう。
『さやか、おまえはこれから山吹を継ぎ、厳しい任務をこなしていかなければならない。その中ではぴりぴりする事の方が多いと思う。おまえは私と違って真面目だからね。でもね、今みたいな緩やかな気持ちも大切にしなさい。自分の中にはこんな穏やかな感情もあるんだって忘れないようにしなさい。分かったね』
不問は優しく、そして珍しく真面目な口調だった。
『はい』
さやかも素直に真っ直ぐに答える。
『道中気をつけてな。兄上や里の者達にもよろしく』
そう言って立ち去る不問に、さやかと心太郎は頭を下げた。
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