2012-02-02(Thu)
小説・さやか見参!(134)
ようやく辿り着いた小屋は思ったよりもしっかりした作りだった。
『意外に隙間風も少ないでしょう』
燭台に蝋燭を立て火を灯した音駒がちょっと得意気に言う。
元々何の為に作られたのか、明かり取りの窓もなく、床は土が剥き出し。
だが木材の組み方は丁寧で、音駒の言う通り風はほとんど吹き込まない。
『半年ぐらい見てますけど誰も使ってないみたいなんで、雨を凌ぐのに時々』
そう言いながら背中の行李も下ろさず、立て掛けてある筵を敷く。
『ちょっと待ってて下さいね』
音駒はさやかを残し外に出ると、すぐにたくさんの藁を抱えて戻ってきた。
『藁だけは大量にあるんですよ。納屋を確認しておいて良かった』
筵の上にどさりと落とす。
『少しは寒さをしのげるといいですけど』
そう言って運んで来たもうひと抱えを地面に置き、丁寧に広げる。
『休む前に痛み止めを飲んでおきましょう。身体を温める薬草も煎じてますんでそれも』
身体を支えられながらさやかは藁の上に腰を下ろした。
厚めに敷かれた藁は思ったより柔らかく、土の冷たさを緩和している。
薬を飲み、音駒の手を借りて背中の鞘を外し、さやかは仰向けに身体を伸ばした。
音駒は横になったさやかの身体にもう1枚の筵をかけて、更に運んできた藁を乗せていく。
最後のひと抱えを運んできた音駒にさやかは
『刀が…』
と呟いた。
さやかの視線の先には先ほど外した鞘が置いてあり、その鯉口は中の空洞を覗かせている。
イバラキとの戦いで刀を落としたまま現在に至るのだ。
『今はどこに?』
『あの林の中…』
奪われていなければ、の話だ。
『うーん、しばらくは近付かない方がいいと思うんですけど…まだ連中がいるかもしれないし、さやかさんの怪我も酷いし…』
『でも大切なものだから。明日、探しに行きます。大丈夫だから音駒さんは気にせず治療に行って下さい』
『それは駄目ですよ!』
音駒が語気を荒げたのでさやかは少し驚いた。
『怪我人を一人危険な場所に行かせるなんて出来ません!だったら私も一緒に行きます!』
『でも音駒さんは…』
『もし何かあっても、怪我人のさやかさんより私の方が動けますよ。今日だって無事に逃げきったでしょう?』
追手が来なかったのには何か理由があるはずだが、分からないのでさやかはただ、
『音駒さんが怖い目に遭うのが心配です』
と言った。
すると音駒は、いつになく自信たっぷりな表情で、
『私はね、こう見えて、意外に肝が据わってるんですよ』
と笑顔を見せた。
さやかは心の中で笑った。
昨夜、林の中で百姓姿のさやかと鉢合わせして腰を抜かしたのは何だというのか。
安心させる為の見え見えの強がり、そんな子供染みた気遣いに、さやかは何だか安らぎのようなものを感じた。
『分かりました。とりあえず、今日はおとなしく寝ます。刀の事は目が覚めてから考えます』
『それがいいですね。そうしましょう。それじゃ私もそろそろ』
音駒は立ち上がった。
『納屋で寝るんですか?』
『ええ。ここよりは狭いですけど寝るには差し支えないし、藁もたくさんあって暖かいですからね』
『それならいいんですけど…』
不安気なさやかを余所に音駒は笑顔を絶やさない。
『もし夜中に痛みがあったりしたら遠慮なく呼んで下さい。壁が薄くてよく聞こえますから』
『音駒さん』
『はい?』
『本当に、ありがとうございます』
音駒は微笑んで応えた。
そして、合掌してゆっくりと目を閉じた。
さやかは無言でそれを見る。
静かな時間が流れる。
しばらくして目を開いた音駒はやはり笑顔で、
『明日には今日より元気になりますように。さやかさん、おやすみなさい』
そう言って、行李を担ぎ、蝋燭の火を消して小屋を出て行った。
『意外に隙間風も少ないでしょう』
燭台に蝋燭を立て火を灯した音駒がちょっと得意気に言う。
元々何の為に作られたのか、明かり取りの窓もなく、床は土が剥き出し。
だが木材の組み方は丁寧で、音駒の言う通り風はほとんど吹き込まない。
『半年ぐらい見てますけど誰も使ってないみたいなんで、雨を凌ぐのに時々』
そう言いながら背中の行李も下ろさず、立て掛けてある筵を敷く。
『ちょっと待ってて下さいね』
音駒はさやかを残し外に出ると、すぐにたくさんの藁を抱えて戻ってきた。
『藁だけは大量にあるんですよ。納屋を確認しておいて良かった』
筵の上にどさりと落とす。
『少しは寒さをしのげるといいですけど』
そう言って運んで来たもうひと抱えを地面に置き、丁寧に広げる。
『休む前に痛み止めを飲んでおきましょう。身体を温める薬草も煎じてますんでそれも』
身体を支えられながらさやかは藁の上に腰を下ろした。
厚めに敷かれた藁は思ったより柔らかく、土の冷たさを緩和している。
薬を飲み、音駒の手を借りて背中の鞘を外し、さやかは仰向けに身体を伸ばした。
音駒は横になったさやかの身体にもう1枚の筵をかけて、更に運んできた藁を乗せていく。
最後のひと抱えを運んできた音駒にさやかは
『刀が…』
と呟いた。
さやかの視線の先には先ほど外した鞘が置いてあり、その鯉口は中の空洞を覗かせている。
イバラキとの戦いで刀を落としたまま現在に至るのだ。
『今はどこに?』
『あの林の中…』
奪われていなければ、の話だ。
『うーん、しばらくは近付かない方がいいと思うんですけど…まだ連中がいるかもしれないし、さやかさんの怪我も酷いし…』
『でも大切なものだから。明日、探しに行きます。大丈夫だから音駒さんは気にせず治療に行って下さい』
『それは駄目ですよ!』
音駒が語気を荒げたのでさやかは少し驚いた。
『怪我人を一人危険な場所に行かせるなんて出来ません!だったら私も一緒に行きます!』
『でも音駒さんは…』
『もし何かあっても、怪我人のさやかさんより私の方が動けますよ。今日だって無事に逃げきったでしょう?』
追手が来なかったのには何か理由があるはずだが、分からないのでさやかはただ、
『音駒さんが怖い目に遭うのが心配です』
と言った。
すると音駒は、いつになく自信たっぷりな表情で、
『私はね、こう見えて、意外に肝が据わってるんですよ』
と笑顔を見せた。
さやかは心の中で笑った。
昨夜、林の中で百姓姿のさやかと鉢合わせして腰を抜かしたのは何だというのか。
安心させる為の見え見えの強がり、そんな子供染みた気遣いに、さやかは何だか安らぎのようなものを感じた。
『分かりました。とりあえず、今日はおとなしく寝ます。刀の事は目が覚めてから考えます』
『それがいいですね。そうしましょう。それじゃ私もそろそろ』
音駒は立ち上がった。
『納屋で寝るんですか?』
『ええ。ここよりは狭いですけど寝るには差し支えないし、藁もたくさんあって暖かいですからね』
『それならいいんですけど…』
不安気なさやかを余所に音駒は笑顔を絶やさない。
『もし夜中に痛みがあったりしたら遠慮なく呼んで下さい。壁が薄くてよく聞こえますから』
『音駒さん』
『はい?』
『本当に、ありがとうございます』
音駒は微笑んで応えた。
そして、合掌してゆっくりと目を閉じた。
さやかは無言でそれを見る。
静かな時間が流れる。
しばらくして目を開いた音駒はやはり笑顔で、
『明日には今日より元気になりますように。さやかさん、おやすみなさい』
そう言って、行李を担ぎ、蝋燭の火を消して小屋を出て行った。
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