2012-01-30(Mon)
小説・さやか見参!(132)
さやかはゆっくりと上半身を起こした。
音駒が慌てて支える。
身体にかけられていた筵が落ち、そこでようやく全身の痛みを思い出す。
『つぅっ!!』
『身体中傷だらけなんですから!無理しないで!』
音駒が背に当てた手をゆっくり下ろし、さやかは再び仰向けになった。
腰に手をやる。
巻き物は無事なようだ。
さやかはホッとした。
『ねこ…』
音駒の名を呼びかけて息を飲む。
さやかが音駒の名を知っていてはおかしい。
昨夜会った時、さやかは百姓の青年に化けていたのである。
山吹さやかとしては初対面なのだ。
『ん?』
音駒が首をかしげる。
『猫…ウチに住み着いてる猫…しばらく餌あげてなかったけど大丈夫かしら…』
独り言のように呟く。
誤魔化すにしては苦しい。
だが音駒は屈託のない笑顔で、
『へぇ、猫を飼ってるんですか?奇遇ですね。僕は猫は飼ってないんですけど、音駒っていいます。医者の卵です』
と自己紹介した。
そして多少慌てた素振りで
『あ、一応医者なんで、あの…』
とさやかから目を逸らした。
そこでさやかは初めて自分の怪我が手当てされている事に気付いたのだ。
手裏剣で打たれた肩と太ももには、黒い襦袢の下で包帯が巻かれているようだった。
要するに、首から足首までを覆う襦袢は一度脱がされた事になる。
『そ、袖と裾をまくろうとしたんですが肌にぴったりと張り付いていて、患部の所だけ切ろうにも私の小刀じゃ切れなくて、やむなく』
言い訳がましいが邪心は感じられない。
さやかの嫌いな好色の類ではないようである。
『いいんですよ。気にしないで下さい。本当にありがとうございます』
頭を下げる代わりに軽く目を閉じた。
この襦袢はたけるが特別に拵えてくれたものである。
なまなかな刃物は通さないほど強く、動きを遮らぬ伸縮性を持っている。
音駒が脱がせるしかなかったのも仕様のない話だ。
しかしどうやら鋭い刃先による点での攻撃には弱いようだ。
手裏剣やクナイ、刀による突きなどには今後一層気をつけなければ…
さやかが考えに耽っていると、音駒が薬草などを行李にしまいながら話し始めた。
『驚きましたよ。手当てが済んでしばらくして目を開けたんですが、それからも意識が戻らないみたいで』
そうか、
森に入ったのは中天の頃だった。
今はもう日が暮れかけている。
かなり昏睡していたのだろう。
『目を開けたんで何度も呼び掛けてみたんですが、空を見たまま笑ったり泣いたり。どうしようかと思いました』
明るく笑う。
『音駒さん』
『はい?』
『私…何か言ってました?』
確か自分は幻の兄に向かって語りかけていたはずだ。
『言ってましたよ、ずっと。おにいちゃん、死なないで、私も連れてって、って』
やはり声に出していたか。
これまで山吹の仲間にも隠していた心中を、昨夜初めて会ったこの男に知られてしまった。
『よっぽど大好きなお兄さんだったんですね』
そう言ってさやかの隣りに腰を下ろす。
『この格好といい、さっきの戦いっぷりといい、どうも私達とは住む世界が違う方のようだ』
さやかは首をあげて自分の身体を見た。
桜色の装束に空の鞘、普通の者でない事は一目瞭然である。
『お名前は何というんです?名前を知らないから先ほど呼び掛ける時にすごく困りました』
音駒はもう一度笑った。
さやかは名乗るべきかどうか迷った。
しかし…
この青年には戦いも見られているし命も助けられている。
今さら誤魔化すのもどうかと思った。
それに何となく、
さやかは音駒に、親近感のようなものを感じていた。
『わたし…』
痛みを堪えてさやかが身体を起こす。
口の中に鉄の味がする。
痛み止めの薬草の匂いが鼻腔をくすぐる。
『私さやか。山吹さやかよ』
音駒が慌てて支える。
身体にかけられていた筵が落ち、そこでようやく全身の痛みを思い出す。
『つぅっ!!』
『身体中傷だらけなんですから!無理しないで!』
音駒が背に当てた手をゆっくり下ろし、さやかは再び仰向けになった。
腰に手をやる。
巻き物は無事なようだ。
さやかはホッとした。
『ねこ…』
音駒の名を呼びかけて息を飲む。
さやかが音駒の名を知っていてはおかしい。
昨夜会った時、さやかは百姓の青年に化けていたのである。
山吹さやかとしては初対面なのだ。
『ん?』
音駒が首をかしげる。
『猫…ウチに住み着いてる猫…しばらく餌あげてなかったけど大丈夫かしら…』
独り言のように呟く。
誤魔化すにしては苦しい。
だが音駒は屈託のない笑顔で、
『へぇ、猫を飼ってるんですか?奇遇ですね。僕は猫は飼ってないんですけど、音駒っていいます。医者の卵です』
と自己紹介した。
そして多少慌てた素振りで
『あ、一応医者なんで、あの…』
とさやかから目を逸らした。
そこでさやかは初めて自分の怪我が手当てされている事に気付いたのだ。
手裏剣で打たれた肩と太ももには、黒い襦袢の下で包帯が巻かれているようだった。
要するに、首から足首までを覆う襦袢は一度脱がされた事になる。
『そ、袖と裾をまくろうとしたんですが肌にぴったりと張り付いていて、患部の所だけ切ろうにも私の小刀じゃ切れなくて、やむなく』
言い訳がましいが邪心は感じられない。
さやかの嫌いな好色の類ではないようである。
『いいんですよ。気にしないで下さい。本当にありがとうございます』
頭を下げる代わりに軽く目を閉じた。
この襦袢はたけるが特別に拵えてくれたものである。
なまなかな刃物は通さないほど強く、動きを遮らぬ伸縮性を持っている。
音駒が脱がせるしかなかったのも仕様のない話だ。
しかしどうやら鋭い刃先による点での攻撃には弱いようだ。
手裏剣やクナイ、刀による突きなどには今後一層気をつけなければ…
さやかが考えに耽っていると、音駒が薬草などを行李にしまいながら話し始めた。
『驚きましたよ。手当てが済んでしばらくして目を開けたんですが、それからも意識が戻らないみたいで』
そうか、
森に入ったのは中天の頃だった。
今はもう日が暮れかけている。
かなり昏睡していたのだろう。
『目を開けたんで何度も呼び掛けてみたんですが、空を見たまま笑ったり泣いたり。どうしようかと思いました』
明るく笑う。
『音駒さん』
『はい?』
『私…何か言ってました?』
確か自分は幻の兄に向かって語りかけていたはずだ。
『言ってましたよ、ずっと。おにいちゃん、死なないで、私も連れてって、って』
やはり声に出していたか。
これまで山吹の仲間にも隠していた心中を、昨夜初めて会ったこの男に知られてしまった。
『よっぽど大好きなお兄さんだったんですね』
そう言ってさやかの隣りに腰を下ろす。
『この格好といい、さっきの戦いっぷりといい、どうも私達とは住む世界が違う方のようだ』
さやかは首をあげて自分の身体を見た。
桜色の装束に空の鞘、普通の者でない事は一目瞭然である。
『お名前は何というんです?名前を知らないから先ほど呼び掛ける時にすごく困りました』
音駒はもう一度笑った。
さやかは名乗るべきかどうか迷った。
しかし…
この青年には戦いも見られているし命も助けられている。
今さら誤魔化すのもどうかと思った。
それに何となく、
さやかは音駒に、親近感のようなものを感じていた。
『わたし…』
痛みを堪えてさやかが身体を起こす。
口の中に鉄の味がする。
痛み止めの薬草の匂いが鼻腔をくすぐる。
『私さやか。山吹さやかよ』
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