小説・さやか見参!(276)
最初こそ談笑しながら、まるで野良仕事に向かうかのような雰囲気であったが、森を抜け山に差し掛かるととても話が出来るような状況ではなくなり、皆必死に足を進めた。
老人や子供が登るにはけっこうな傾斜である。
おまけに太陽が高くなり気温も上がってきた。
各々杖にしがみつくようにして歩いているのが見える。
『うはぁ、これを月に一度やってんシュか。庚申教も大変っシュね~』
心太郎が呆れたように呟いた。
『元は山岳信仰なのかしら。そういえば教祖は山伏だって話もあったわね』
さやかは冷静に答える。
軽口を叩けるほどさやかと心太郎には何の苦もない道程なのだ。
しかしながら先を進む人々も、体力的にはきつそうだが決してつらそうだったり厭そうだったりではない。
後方から時折見える表情が充実していた。
皆この険しい道のりを自発的に歩んでいるのだ。
信仰とはそういったものなのだろう。
やがて陽が中天から傾いた頃、全員が山頂に到着した。
最後は若者達が老人や女子供に手を貸しながらの登頂であった。
そして庚申教の信者達は、休憩するよりも先に、西の方角に向かって祈りを捧げた。
『西ね。庚申山がある方角だわ』
『じゃあやっぱり』
『ええ。ここでの謎を解いたら今度は西へ向かいましょ』
さやかが様子を伺いながらそう言うと心太郎が小さくうなずいた。
それから人々は、しばしの休憩のあと今度は同じ経路を辿って山を下った。
『参拝…礼拝?…どっちか分かんないっシュけど、それ以外は特に何もしないっシュね』
『ほんとね。教主とかそーゆー人が来るのかと思ってた』
二人は肩透かしをくらって若干気落ちしたまま後について山を下りた。
夕暮れになり人々が山から森に差し掛かるとさやかの気落ちが諦めに変わった。
ここで得られる情報は特にない、
無駄足、無駄な時間だった、
そう思ったその時だった。
森を包む空気が変わったのは。